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高度情報化社会にむけて

情報処理の障害(コミュニケーション)

江田裕介

 人間はコミュニケーションのために様々な情報の媒体(メディアム)を利用しています。その代表的なものは音声と文字です。日本語、英語、フランス語など、母国語の違いはあっても、音声と文字を介してコミュニケーションを行っている点は世界で共通しています。

 ところが、身体の感覚や運動に障害があると、これらの情報を十分に利用できなくなります。例えば、聴覚に障害があると音声で発せられた情報をうまく受け取ることができません。視覚に障害があると文字を読めません。また、上肢の運動にまひがあれば文字を書くことが難しく、発音に障害があると音声のコミュニケーションが困難になります。それぞれ障害の部位が異なっていても、その障害が情報処理の問題へつながることは似ています。

 図1で示すように、音声や文字などの情報は、各々に特定の伝達の経路を有しています。例えば、音声は「口」で発して「耳」で聞く、文字は「手」で書き「目」で読むという具合に、情報を発信する運動器官と、それを受信する感覚器官は決まっています。身体の機能の一部を失うと、特定の経路が閉ざされ、これらの情報を処理する能力に偏りが生じるのです。当たり前のことですが、この図式は障害者のコミュニケーションの問題を理解する上で重要です。

 図1 コミュニケーションのチャンネル
 (運動や感覚に障害があると特定の経路が閉ざされる)

図1 コミュニケーションのチャンネル

 情報の経路が、テレビのチャンネルを切り替えるように、必要に応じて変更できるならば、障害者のコミュニケーションの問題を解決することができます。しかし、通常は音声を目で見たり、文字を耳で聞いたりすることはできません。

 そこで、聴覚障害者は、手話や指文字を用いたり、相手の口の動きを見て発音を理解する読話の技術を身につけたりします。つまり、視覚的なコミュニケーションのチャンネルを強化することで、聴覚の情報の経路が閉ざされている問題を補っています。また、視覚障害者は、点字によって、本来は視覚的な情報の媒体である文字を触覚で受信できるように変換しています。

 ところが、世の中には、1つの決まった経路でしか得られない情報がたくさんあります。聴覚障害者は、音声だけを放送しているラジオの情報を知ることができません。また、電話の利用も困難です。これに対して、視覚障害者は新聞のニュースを読めず、ファクシミリを利用することもできません。したがって、①外部から情報を得ることと、②自分から情報を発することの両面で、あらゆるメディアを利用できる健常者に比して、やはり大きなハンディキャップを負っているのです。

 肢体不自由者や言語の障害者においても、同じように情報の処理能力に偏りが生じます。相手の話を聞いたり、手紙を読んだりすることはできても、自分から話したり書いたりすることが難しいからです。重度の脳性マヒ者のように、肢体の運動と言語に重複した障害を有する人は、話すことと書くことの両方が困難です。つまり情報を受信することが可能でも、自ら発信するときには制限があります。

 こうした障害者のコミュニケーションの問題は、社会の情報化が進み、生活が便利になるほど大きくなります。例えば、今日では、電話の通信網が国際的なものになり、海外の人々とも簡単に対話できるようになりました。すると、これを利用できない聴覚や言語の障害者のハンディキャップは大きくなります。また、ファクシミリがビジネスの現場で急速に普及し、図表が簡単に通信できるようになったため、盲人の職場での苦労が増えました。

 高度情報化社会では、必要な情報をどれだけ早く多量に集められるか、それをいかに取捨選択して活用するかが、社会での能力差を決める要因の1つになってきます。情報の絶対量が増大する社会にあって、もともと情報処理の能力に偏りのある障害者は、ますます不利な立場に置かれてしまいます。

 また、これとは正反対の状況、つまり災害時のように、情報の入手が制限され、わずかな情報の価値が極端に大きくなるような場合においても、障害者のコミュニケーションの問題は強調されます。

 まだ記憶に新しい阪神大震災のとき、障害を有する人たちの苦労は、他の被災者よりもさらに大きなものでした。一般の被災者は、ラジオで情報を得たり、本数の限られた電話回線などを通じて外部と連絡を取り合ったりしていました。しかし、聴覚障害者は、被災直後の不安な状況で正確な情報を得ることができず、利用可能なファクシミリなどが臨時に設置されたのも時間を経てからのことです。

 視覚障害者の場合は、避難の時点から生死にかかわる問題があったわけですが、その後も地図の変わってしまった町で掲示の類も見ることができず、多くの苦労を重ねたそうです。

 さらに、重度の肢体不自由者は、自分の安否や所在を知人に伝えたり、応援を求めたりすることも難しい時期がありました。それよりも、被災した建物の中で自分の存在を知らせることができず、誰かが気づいてくれるまで長い時間閉じこめられていた人すらいるのです。

 ただし、現代社会は、少しずつ障害者に有利になっている側面もあります。それは、「コンピュータ」「ネットワーク」「マルチメディア」など、情報化社会のキー・ワードである新しい技術が、コミュニケーションの障害を改善する糸口にもなっているからです。

 このことを理解するため、先に挙げたコミュニケーションの図式にもどって考えてみましょう。コミュニケーションの障害は、特定の情報のチャンネルが閉ざされることで起こります。音声や文字など情報の媒体は、伝達の経路が固定されているからです。それならば、最初からチャンネルを固定しない情報の媒体があれば、異なる障害を有する人も共通にそれを利用できるはずです。しかし、そんなものが実際にあるのでしょうか。あります。それは、コンピュータの扱う電子情報です。

 電子情報とは、数字の0と1だけで符号化された情報です。機械は人間のことばを理解できないので、あらゆる情報を0と1だけで単純に表すコードに置き換えて処理します。コンピュータの扱う文字や数字には統一されたコードがあります。私たちがワードプロセッサーのキーボードを叩いて入力する文章も、いったん機械の中でコードに変えられ、印刷するときに再び元の文字に戻されます。

 なぜ、これが障害者に有利なのでしょうか。それは、電子情報が単純なコードに変換されているため、どのような方法でも入力できるし、どのような方法でも出力できるからです。キーボードを叩いて入力したメッセージは、紙面へ印刷するだけでなく、点字プリンターにつなげば点字で出力できるし、音声合成装置につなげば音声で読み上げさせることもできます。つまり、電子情報はコミュニケーションのチャンネルを特定しません。

 これは、たいへん画期的なことです。手で書いた文字を耳で聞いたり、音声で発した情報を目で見たりするような、従来は不可能だったメディアの変換が簡単にできるのです。また、これらを瞬時に点字にして打ち出すことも、逆に点字で入力したメッセージを音声で出力させるようなことも実現します。

 さらに、もう1つ重要なことは、現代社会のいたるところでコンピュータが利用され、あらゆる情報が電子化され始めていることです。つまり、電子情報の利用が障害者だけの特殊な情報ではなく、将来の社会の中心的なメディアの利用につながる点で、私たちは新たな展開を期待できるのです。

 次回は、こうした電子情報の利用が、障害者の世界をどのように広げるかを具体的に見ていくことにしましょう。

(えだゆうすけ 東京都立小平養護学校)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年11月号(第15巻 通巻172号) 36頁~38頁