「障害者リハビリテーション」入門
精神遅滞
飛松好子
精神遅滞とは
生まれつき知能が低下している場合を精神遅滞と呼びます。米国精神薄弱学会によれば「精神遅滞とは、一般的知的機能が有意に平均より低下し、同時に適応行動における障害を伴う状態で、それが発達期にあらわれるものをいう」(1973、文献1 略)と定義されています。
130以上 | 最優秀 | (Very Superior) |
120~129 | 優秀 | (Superior) |
110~119 | 普通の上 | (Bright Normal) |
90~109 | 普通 | (Average Normal) |
80~89 | 普通の下 | (Dull Normal) |
70~79 | 境界線 | (Border Line) |
69以下 | 精神薄弱 | (Mental Defective) |
知能とは
知能とは何かを一口にいうことは難しいことです。ウェクスラーは「知能は操作的に定義すれば各個人が目的的に行動し、合理的に思考し、かつ能率的に自分の環境を処理しうる総合的または総体的能力である」(文献2 略)と述べて、知能がいくつかの要素から成り立つことを示しました。そして現在広く使われている知能検査法であるWAIS(ウェクスラーインテリジェンススケール)を開発しました。そして知能を年齢の平均に対してどれだけの得点があるかを示すIQ(知能指数)を算出し、表1のような分類を示したのです。WAIS(現在では改訂されWAIS-Rとなっています)は十六歳以上の成人のためのものであり、5歳から16歳の人のためにはWISC-Rがあります。それ以下の年代に対しては、田中ビネー式知能検査等様々なものがありますが(表2、文献3 略)、指数化することよりも発達の遅れの程度、遅れた領域を知ることのほうが重要になります。
種別 | テスト名 | 適用 | |||
個人 | 団体 | 直接 | 間接 | ||
○ | ○ | 遠城寺式乳幼児分析的発達検査法 | 0か月~6歳 | ||
○ | ○ | 津守式乳幼児精神発達診断法 | 1か月~7歳 | ||
○ | ○ | 愛研式乳幼児簡易検査法 | 0か月~7歳 | ||
○ | ○ | MCCベビーテスト | 0か月~30か月 | ||
○ | ○ | 鈴木・Binet実際的個別的知能検査法 | 2歳以上 | ||
○ | ○ | 田研・田中・Binet式知能検査法 | 2歳以上 | ||
○ | ○ | 京都児童院式発達検査 | 0か月~10歳未満 |
精神遅滞の原因
精神遅滞には様々な原因がありますが、原因不明の場合が最も多くの割合を占めます(表3)。染色体異常としてはダウン症候群があります。脳性マヒと同様、周産期の脳の低酸素状態も脳細胞を損傷し精神遅滞の原因となります。先天性代謝異常や先天性の内分泌異常(ホルモン異常)では早期に診断し適切な処置をすれば、精神遅滞をはじめとする元々の疾患の症状を抑えることができます。出生後に新生児から血をとり代謝機能のスクリーニングを行いますが、それはこのような早期に治療することにより障害を予防できる疾患を発見するためです。
1. 出生前 | 先天性代謝異常、遺伝子異常、染色体異常(転位、トリソミー、脆弱X症候群)、胎内感染など |
2. 周産期 | 未熟産、仮死、外傷など |
3. 出生後 | 外傷、中枢神経系感染症、中毒 |
4. 原因不明 |
(Schor, 1987. 一部改変)
精神遅滞の徴候と早期発見
精神遅滞の赤ちゃんは発達が遅れます。発達の指標には日本版デンバー式発達スクリーニング検査がよく使われます(図、文献3 略)。同じように発達の遅れが問題となる疾患に脳性マヒがあります。脳性マヒとの違いは、姿勢の異常や運動の異常がないことです。つまり発達は遅れますが、特殊な姿勢をとることが多いとか、手足が動かない、あるいは異常な運動があるというようなことはありません。ただし、身体が柔らかく、フロッピーチャイルドといわれる一群に入れられたり、あるいは良性筋緊張低下といわれる群に入れられることもあります。このように生まれたときは身体が柔らかいことが多いのですが、神経筋疾患の場合ほどではありません。
図 日本版DDST用紙
拡大図
身体機能の発達は遅れますが、麻痺はなく、遅れはあっても必ず歩くようになるといわれています。言葉が出てくる頃には言語の発達も遅れます。そのために難聴と間違えられたり、逆に難聴児を精神遅滞と誤診してしまうこともあります。精神遅滞と難聴が合併することもあり、言葉に対する反応の悪さを、一方のみを原因として考えて見逃すことのないようにせねばなりません。私の苦い経験では、ダウン症に慢性滲出性中耳炎による難聴が合併して言葉の発達が遅れたことがあります。ダウン症の場合には言葉の獲得のところでつまずくことが多いのですが、お母さんは言葉がその他の要素に比べて特に遅れていること、テレビを大きな音で聞くことなどからおかしいと思い耳鼻科を受診しました。その結果発見することができたのです。中耳炎の治療の後から次々と言葉が出てきました。
精神遅滞のリハビリテーション
精神遅滞の早期発見は、原疾患がある場合を除き、保健所の発達検診でなされることが多いようです。たいていは発達の遅れということから疑われます。あるいはもう少し大きくなってから言葉が遅いことに気づかれて発見されることもあります。原疾患がある場合を除き確定診断を下すための手段はないので、発達の様子を見ながら育て方のアドバイスをするということになります。また正常発達には幅があり、遅れているからといって、異常だというわけではありません。発達の遅れた子を見たときには、まず何か原疾患がないか、治療をしなければならないような病気を隠し持っていないかを調べます。そして同時に発達のどの要素が遅れているのか、あるいはまんべんなく遅れているのかを知り、遅れている要素を生活の中で発達を促すような育て方をアドバイスします。
お誕生の頃は正常発達を遂げた子どもが歩き出す頃であり、言葉の出てくる頃です。発達の遅れが際だって見えてきます。この前後から地域の通園センターに通って心理学的チェックを行い、遅れた要素を分析し、集団や個別の指導の中から、社会適応を図ります。
親が必ずしも子どもの障害を理解しているとは限りません。中には子どもを理解できずに、パニックを起こした子どもに手を焼いて親子共々心理的に追いつめられてしまうことも起こります。私の経験では一般的にダウン症のような比較的穏和な性格の強い場合を除いて、精神遅滞の子どもは状況判断が悪く融通性がありません。ですから療育者の態度が首尾一貫していなかったり、刺激が多すぎると、落ち着きがなくなり混乱をきたして、パニックを起こします。このような場合でも、環境を整え、療育者が首尾一貫した態度を示すことによって子どもは驚くほど落ち着いて遊べるようになります。親がそのような方法を会得することによって子どもの成長が見えてきて、上手に育てられるようになります。通園センターで仲間ができることは精神遅滞の子どもを持つ親にとっては大きな励みになります。
また保育園や幼稚園と統合療育を行っている地域もあります。専門職と親、保育者が連絡を取り合いながら子どもに関わります。精神遅滞は治らないから早期療育は必要ないという考えもありますが、精神遅滞の療育、リハビリテーションの目的は、(残念ながら)治すということではありません。いかに社会に適応させるか、自立させるかということが目的です。普通の子どもと同様子育てが重要となります。通園センターにおける心理指導や保育、親のカウンセリングは全て子育ての援助といっても過言ではありません。
かつて保健所の検診で発達の遅れた子を発見し、とりあえず精密検査のために大学病院に送ったことがあります。脳波やCT、血液検査では異常は発見されませんでした。大学の先生は「異常がないから普通に育てなさい」と親にいったのですが、親御さんが保健所に戻ってきて「普通に育てられないから困っているのです」というのです。通園センターのほうに来ていただいて大変喜んでくださいました。
このような通園センターにおける、地域社会における療育により学校教育へとつなげることになります。
文献 略
(とびまつよしこ 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年2月号(第16巻 通巻175号) 78頁~81頁