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フォーラム'96

聴覚障害者と著作権問題

中 博一

1 はじめに

 現代社会において情報・文化を享受する有効な手段としてテレビジョン放送番組(以下「TV番組」という)の活用があげられる。このTV番組は、著作物として扱われ、著作権法によって保護されている。

 著作権法の目的は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与すること」にある(著作権法第1条)。

 しかし、こうした目的のもとに制定施行された法律が妨げとなり、聴覚障害者がTV番組を享受することの妨げとなっているのである。

2 TV番組の視聴方法

 TV番組は映像と音声で構成されている。このTV番組を聴覚障害者が視聴する手だてとして、主に2つの方法がある。

 1つは、放送事業者が字幕や手話を付加した番組(文字放送字幕番組Closed Captionや手話付き番組)を視聴する方法である。しかし、このような番組の数は少なく聴覚障害者の要望に十分応えているとはいえないのが現状である。

 他の方法は、放送されたTV番組に字幕を付加しビデオ化した番組(以下「字幕ビデオ」という)を視聴する方法である。

 しかし、この方法で問題となるのは、TV番組を字幕ビデオ化するためには、当該番組に係わる著作権並びに著作隣接権の権利者全ての許諾を得なければならないことである。

3 字幕ビデオ制作過程

 TV番組を素材とした字幕ビデオと著作権の関わりを理解するためには、字幕ビデオの制作過程を理解しておく必要がある。

 TV番組から字幕ビデオを制作するには最少でも以下の工程が必要となる。

 ① 素材テープ作成(TV番組から複製)

 ② 字幕原稿作成(せりふ等の書き起こし及び要約)

 ③ 字幕挿入(素材テープから複製しながら同時に行う)

 これはあくまでも最少の工程である。

 実際には以下の工程を経て字幕ビデオが制作されている。

 ① 提供用テープの作成(放送局がオリジナルから複製する)

 ② TC付きマスターテープ作成(提供用テープからCM部分を削除し、タイムコード(TC)を付加したテープを複製する)

 ③ ワークテープ作成(TC付きマスターテープからタイムコードを映像として記録した作業用テープを複製する)

 ④ 書き起こし及び要約

 ⑤ 字幕(テロップ)作成(ペーパー上に書かれた要約原稿を、映像信号に変換するために要約文を字幕生成装置に入力する)

 ⑥ 字幕付きマザーテープ作成(TC付きマスターテープから得られる再生信号(映像信号)に字幕の映像信号を重ねあわせた映像信号を生成し、テープに記録(複製)する

 ⑦ 貸出用ビデオテープの作成(字幕付きマザーテープから必要本数分を複製する)

 こうした著作物の複製、改変(セリフの要約、字幕の付加)はすべて著作権法によって禁止されている行為である。したがって、TV番組から字幕ビデオを制作するには当該TV番組に関わる権利者全てから許諾を得なければならないのである。

4 TV番組における著作権の概要

 著作権法には著作者の権利と著作隣接権が定められており、さらに著作物の内容によって権利が分けられている(図1)。

図1 著作権の概要

図1 著作権の概要

 日本の著作権法は無方式主義を採用している。したがって、各権利は著作者の権利は著作物を創作した時点、著作隣接権は実演等を最初に行った時点に自動的に発生する。

 通常1つのTV番組に発生する権利として著作者人格権、著作権、実演家の権利、レコード制作者の権利、放送事業者の権利が考えられる。しかも各権利者は1人ではなく常に複数の権利者が関わっているのである。例えばドラマに出演する俳優を考えてみよう。俳優の権利として実演家の権利がある。この権利はドラマに出演している全ての俳優に発生するのである。このようにTV番組には実に多くの権利者が絡んでおりその結果権利処理も複雑なものになってしまうのである(図2)。

図2 TV番組における権利者

図2 TV番組における権利者

5 字幕ビデオ制作に必要となる許諾事項

 著作権法では権利が制限される著作物の利用範囲を規定した条項がある(第30条から第40条の2まで)。この規定に定められている条件を満たしていれば権利者の許諾を得なくても定められた範囲において著作物を利用することができる(ただし、著作者人格権はこの限りでない)。

 例えば、第30条の「私的使用のための複製」には権利が制限されている。したがって、家庭内において個人的に視聴するために行うTV番組の複製には権利が及ばないと解釈できる。

 このTV番組の複製については字幕ビデオ制作過程で述べたとおり、字幕ビデオを制作するためには必要不可欠な工程である。しかし字幕ビデオ制作過程で行う複製とは、公衆(注1)への頒布(注2)(聴覚障害者への貸出)を目的として行われる複製であるため第30条の規定は及ばないのである。したがって、いくら個人的に複製したTV番組であっても、公衆への頒布には当該TV番組に係わる複製権の所有者すべての許諾が必要となるのである。

 仮に、TV番組の複製に関する許諾を得たとしても、TV番組に字幕を付加することはできない。音の信号として記録されているセリフ等を文字化し、要約し、映像化(文字を映像信号に変換)することについての許諾、映像化した要約文を元の映像に重ねること(改変)に関する許諾、視聴用の字幕ビデオを複製する許諾、字幕ビデオを公衆に視聴させる許諾を各権利者から得なければならないのである。

 セリフ等の要約に関しては、著作者人格権、同一性保持権を侵害する恐れがあるので慎重に対処する必要がある。しかし、字幕ビデオ制作に当たって行われる要約については、著作権法第20条第2項第4号「(略)やむを得ないと認められる改変」に該当するとの解釈も可能ではあるが、著作権審議会第7小委員会の報告書(1985年)では「聴力障害者向けの字幕制作に当たって行われる要約は『やむを得ない改変』とは考えられない」との見解を示している。

 これまで述べてきた許諾事項を整理すると概ね以下のようになる。

1 TV番組を放送以外の目的で番組の提供を受けることに関する許諾

2 提供を受けた番組を複製することに関する許諾

3 セリフ等の音の情報を文字化し要約することに関する許諾

4 文字化した要約文を映像信号に変換し、番組の映像に重ねあわせること(改変)に関する許諾

5 字幕を付加したビデオテープから貸出用のビデオテープを複製することに関する許諾

6 貸出用ビデオ聴覚障害者が視聴することに関する許諾

 これらの事項について、それぞれの権利者から許諾を得ることによって、字幕ビデオの制作、並びに聴覚障害者への貸出・視聴が可能となるのである。

6 字幕ビデオ制作に関わる著作権処理の現状

 現在では、著作権者から権利を預かり著作権の管理を行っている管理団体や放送事業者等と社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが権利処理に関する契約を締結し、同センターが字幕ビデオ制作に関わる権利処理を一元的(注3)に行っている。

 しかし、この契約は権利処理に係わる手続き規定に関する契約であって、利用するTV番組について無条件で許諾が得られる契約ではない。

 したがって、許諾を得るためにはTV番組ごとに申請し、申請のあったTV番組のうち許諾可能なTV番組のみ、権利処理契約に定められた条件において許諾される仕組みとなっている。

 また、管理団体等に権利を預けていない権利者、万国著作権保護条約やベルヌ条約等に加盟している国の権利者に対しては、個別に交渉しなければならないのである。

7 おわりに

 著作権法はその目的である文化の発展に大きく寄与してきたといえるかもしれない。しかしその反面、聴覚障害者がその文化を享受することへの障害を生みだしてきたことも事実である。これは著作権法の瑕疵(かし)であるといえよう。

 字幕ビデオを聴覚障害者に貸出すためには、多くの方々の理解と協力がなければできないことである。仮に現行法にしたがって権利所有者が許諾しなくてもそれを責めることは筋違いである。むしろ、我々はマルチメディア社会に向けて、誰でも様々な形態で著作物を利用できる著作権法を考えるべきではなかろうか。

(注1)ここでいう「公衆」とは、著作権法第2条第5項「この法律にいう「公衆」とは、特定かつ多数の者を含むものとする」を意味する。
(注2)ここでいう「頒布」とは、著作権法第2条第1項第20号の「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、(略)」を意味する。
(注3)これは、管理団体、放送事業者等の要望によるものである。

(あたりひろかず 聴力障害者情報センター)

(参考文献) 略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年5月号(第16巻 通巻178号) 37頁~41頁