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列島縦断ネットワーキング

[奈良]

「障害者カヌー協会」ができました

斉藤典彦

●カヌーはいかが?

 アウトドアブームと言われて、もう何年になるだろうか。カヌーと言えば、人それぞれにいろんなイメージを思い浮かべられることだろう。色とりどりのカヌーが、きれいな川を漕ぎ下っている風景は、テレビや雑誌で紹介されることも多くなった。そんなカヌーを体験した障害者が、その楽しさをもっと多くの障害者に知ってもらいたいと、昨年10月「障害者カヌー協会」を設立した。その活動を紹介し、熱い思いをお伝えしたい。

●すべては好奇心から

 障害者とカヌーの出会いは、1990年までさかのぼる。奈良県になる社会福祉法人「青葉仁(あおはに)の会」の職員であった辻雅彦が、カヌーという遊びに興味を持ち、自分の障害(脳性マヒ)であってもできるだろうか、と言い出した。「青葉仁の会」常務理事の榊原典俊氏と、カヌーインストラクターでもある株式会社モンベル代表の辰野勇氏、奈良県立三室病院医師である別府謙一氏らが、その思いの実現に向けて話を始めた。検討することは山ほどあった。道具(カヌー)の選択、練習方法、練習場所、ボランティアの募集など、そのどれもが初めてのことばかり。不安と期待が入り交じったまま、講習会の準備が進められた。

 講習会の準備に先立ち、辻は自らモルモットとして、スポーツショップのカヌー講習会を体験した。ここで、思った以上の「楽しさ」「自由さ」「開放感」を感じることができた。向こう岸に咲いている花を見に行こうと思えば、スイーッと近づいていける。今まで感じたことのない素晴らしさを味わった。辻は「もっとカヌーがしたい」と言い出した。

●結果はマル

 初めての障害者カヌー講習会は、「パラマウント=チャレンジ=カヌー」と名付けられた。これは、「最高の自己実現を目指すカヌー」という意味がある。1991年5月、奈良県吉野川において辰野氏の指導のもと、障害者が初めてカヌーに乗った。講習会が始まるとそれまでの不安を一気に吹き飛んだ。見渡すと、水面には笑顔をうかべた障害者がいた。脊椎や腰椎に障害を持つ人は、水上では健常者と見分けがつかない。

 このカヌー講習会を体験した障害者の中に、吉田義朗と藤村真司がいた。この2人は1年間で5回の講習会に参加しているうち、もっと多くの人にこの素晴らしさを伝えたい、と願うようになった。そこで、1992年は自分たちで「パラマウント=チャレンジ=カヌー」を実施することを企画し始めた。

●もっと多くの人に

 1992年の障害者カヌー講習会は、吉田、藤村が、それぞれ実行委員長、事務局長として全体を引っ張っていった。1年間で5回の講習会を実施し、のべ100人以上の障害者がカヌーを経験した。視覚、聴覚、知的障害など、様々な障害を持った人がカヌーを体験した。講習会を実施して感じたことは、カヌーというスポーツは、いろんな楽しみ方ができるんだな、ということ。障害に応じたチャレンジができるんだな、ということであった。水に浮かぶことがチャレンジ、激しい水の流れの中がチャレンジ。今まで「できない」と思っていたことにチャレンジすることができる。それがカヌーの素晴らしさだ、と気がついた。

●注意すべき問題もある

 障害者がカヌーをする上で、注意すべきことがいくつかある。まず水に対する身体の反応をしっかり把握することが大切だ。突然カヌーがひっくり返ったとき、水の中で身体が緊張しても、カヌーから脱出できるだけのスペースを確保しなければならない。身体をカヌーにフィットさせすぎてもいけないが、あまり余裕がありすぎると、カヌーがコントロールしにくくなる。障害に応じた個人別の設定が必要である。また、脊椎損傷などの障害では、長時間カヌーに乗らない、シートにラバーを敷くなどの工夫が必要である。

 しかし、何より大きな問題は、人の意識の中にある「壁」である。障害者がアウトドアスポーツをする、ということに対する反応は、必ずしも行為的なものばかりではない。事故があったときの責任はどうするのか、といった問題は当然出てきている。その意見は理解できるが、障害者自身が「カヌーを体験してみたい」と思ったとき、その事故に対する責任はその障害者個人にある。当たり前のことだが、サポートするスタッフは、考えうる限りの安全策を講じているが、それでも100パーセントの安全はあり得ない。

●全国に拡がる障害者カヌー

 講習会の実施回数が増えるにつれて、テレビや新聞でも紹介されることが多くなった。それに伴い、全国各地から問い合わせが入るようになった。様々な人からいろんな質問を頂き、できる限りの情報を渡していった。

 1992年、1993年は、北海道、埼玉、東京、横浜、愛知、岐阜、三重、徳島、大分、熊本などなど、全国から障害者がカヌーに乗っているという情報が集まってきた。双方向の情報交換が始まると、次から次へと新たな発見がある。補助具の工夫や、講習会の実施方法など、新しい情報は次の発想につながり、発想が次の工夫を生んでいった。と同時に「もっといろんな情報を集められないだろうか」という思いと「こんな情報を欲しがっている人が、きっといるはずだ」という思いがつのった。

●障害者カヌー協会が必要だ!

 「障害者カヌー協会を作りたい」吉田義朗が言い出した。障害者カヌーをスタートしたときのスタッフに、京都教育大学の遠藤先生らを交え、1993年11月、協会発足のための準備委員会の発起人会ができ、1994年2月、「障害者カヌー協会設立準備委員会」が活動を開始した。とはいえ、「協会」などというものとは、あまり縁のないスタッフばかりであったため、様々な方々からアドバイスを頂きながらの準備作業であった。それでも、協会設立準備委員会に200人以上が集まってくれた。

●協会発足

 そして1995年10月、「障害者カヌー協会」が発足した。発足会は、障害者カヌー発祥の地でもある、奈良県吉野川のほとりの国民宿舎でおこなわれた。初めてカヌー講習会がおこなわれてから、4年半が経っていた。

 協会の目的は、次の3つに絞られる。

① 障害者カヌーに関する情報センターとなる。

② 障害者カヌーマニュアルの作成。

③ 障害者カヌーの普及活動。

 それぞれが大きなテーマであるが、最初から多くを目指すことなく、地道に活動を続けていきたい。

 現在の活動は、上記の3つの目的のため機関誌を発行し、合わせて「競技」に関するルールづくりにも着手している。また北海道から九州まで、情報を収集するため、様々な団体と情報交換を継続している。

●まずは情報から

 ここまで、障害者とカヌーの出会い、協会設立の過程、現在の活動などを紹介してきたが、活動はどんどん拡がっている。カヌーに興味を持っていた方、この文章を最後まで読んでしまった方、障害者とカヌーに関する情報が、もう少し欲しいと思われた方、ぜひ障害者カヌー協会へお問い合わせ頂きたい。笑顔で遊びたい人はぜひ!

(さいとうのりひこ 障害者カヌー協会広報部)

〒630-21 奈良市杣の川町50-1

社会福祉法人「青葉仁の会」事務局内

「障害者カヌー協会」事務局

℡ 0742-81-0420


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年5月号(第16巻 通巻178号) 56頁~59頁