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ワールド・ナウ

中西由紀子

インド

インドで障害者法が成立

●はじめに

 先進国のみではなく、アジアだけでも中国、タイ、フィリピンなどの途上国に続いて、国連障害者の十年の成果とも言える障害者の権利に関する法がインドで成立した。障害者(均等機会、権利保護と完全参加)法〔Persons with Disabilities (Equal Opportunities, Protection of Rights and Full Participation) Act, 1995〕は昨年末に国会で採択され、今年1996年1月1日に官報に告示され、インドの九千万の障害者の基本的権利を国が初めて本格的に保障することになった。

●法制化の歴史

 法制化の動きは10年以上前にさかのぼる。1971年にインデラ・ガンジーが議会で障害者の雇用割り当て制度を法律化したいと発言し、1977年には中央政府がこれを実施した。しかし権利法に取り組むことが明確になったのは、1980年の当時の教育・保健・社会福祉大臣の書面での約束である。1981年に作られた政府の草案作り委員会の報告は、残念ながら議会に提出されなかった。1987年にはガンジー政権が障害者のための法律を討議するバール・イスラム委員会(Bahrul Islam Committee)を設置した。委員会は1988年6月には障害者の抱える問題を研究して総合的法律の必要性を認める報告を提出したが、その中の勧告は活かされず、政権はかわってしまった。

 1994年に福祉省は第1次法案を作成し、200以上のNGOや関係省庁に配布した。第2次案は1995年一月にでき八月に国会に提出され、その後常任委員会に付託された。法制化の動きを支援するために、ニューデリーの障害者を中心とする障害者権利グループが1995年3月に結成され、セミナーの開催や国内外でのキャンペーンを実施した。ま同年11月には25の障害当事者およびボランティアの団体が共同声明を出して、国会会期内の成立を訴えた。

●法の内容

 法はジャムー(Jammu)とカシミール(Kashmir)の2州を除いて適用される。障害者とは、医者によって診断された全盲、弱視、ハンセン病回復者、聴覚障害、運動障害、精神薄弱、精神病により40%以上の機能障害(損失)をもつ人と定義される。

 法には以下の政府または州政府が果たすべき12の項目が含まれる。

 ① 関係省庁の大臣、各院より2人ずつの国会議員、視覚障害、精神障害、肢体障害、聴覚障害の分野での国の四か所の研究所の代表などから構成される中央調整委員会の設置。同じく構成員であるNGOからの障害種別を代表する五人はできる限り障害当事者であり、少なくとも女性1人と指定カーストまたは指定民族に属する人と決められている。

 政府の障害関連の活動の見直しと調整、政策づくり、関係省庁や国際団体との協力、援助団体との協議の見直し、アクセスの推進、政策やプログラムのモニタリングと評価などがその仕事である。

 ② 構成、会議の時期、活動の内容がほとんど国レベルのものに準ずる州調整委員の設置。

 ③ 障害の発生原因に関する調査と研究、障害予防法の推進、年に少なくとも一度全児童の検診、第1次健康センタースタッフの研修施設の提供、公衆衛生や保健に関する啓発や情報提供の活動の後援、出産前後と周産期での母子へのケアなどを含む障害の予防と早期発見。

 ④ 統合教育を推進してはいるが、全障害児に教育の機会を与えることをむしろ優先する教育。そのため、18歳までの障害児に無料教育の保障、5年生まで終了したが勉強を続けられない障害児のための時間ぎめのクラス、16歳以上の非識字の障害児のための時間ぎめの特殊学級、農村の人材を活用しての非公式な教育、放送学校や放送大学による教育も推進の対象となっている。

 ⑤ 雇用での民間の事業所を含めて3%の雇用割り当ての強調。その1%は全盲まは弱視、聴覚障害、運動障害また脳性マヒの3種類の障害のうち仕事に適した障害に割り当てられる。特別職業紹介所が雇用の情報を管理する。政府の教育施設や政府の助成を受けている教育施設では、3%以上の割り当てをせねばならない。

 ⑥ 福祉機器提供の制度と、家や商売、特別レクリエーション・センター、研究センター、障害をもつ企業家の工場を建てる土地の割引き価格で優先的に分け与える制度の2つを含むアファーマティブ・アクション。

 ⑦ アクセスと雇用での差別を言及する反差別。アクセスの改善は、車いすのための鉄道個室や船舶、航空機のトイレや待合室の改造、視覚障害者のための音の出る信号の設置、車いすのために段差のない歩道とスロープの設置、全盲や弱視者のための横断歩道表面とプラットホーム先端のしるし、障害のシンボル・マークの考案、警報の設置、公共の建物のスロープ、エレベーターの点字表示と音声案内、病院、第1次保健センターやその他の医療施設、リハビリテーション施設でのスロープにまで及ぶ。施設や企業は勤務中に障害をおった従業員の追放や、降級も差別に含まれる。

 ⑧ 障害予防、CBRを含むリハビリテーション、福祉機器の開発、職業捜し、事務所と工場の現場の改造の研究の推進と援助のほかに、特殊教育、リハビリテーション、人材開発の研究を行うための、大学やその他の高等教育機関、専門団体や民間の研究所や施設への財政援助を含む研究と人材開発。

 ⑨ 担当官庁によって規定された基準を満たし設備が整っていれば、登録証明書を発行しての障害者のための施設の承認。ここでは、中央または州政府が設立、管理している障害者施設は含まれない。施設は証明書を目立つところに掲示することを義務づけられる。違反があって証明書が撤回された場合は、収容されていた障害者は親や配偶者、法的保護者の元に帰されるか、また担当官庁が指定した施設に移る。

 ⑩ 設備の権限を中央、州政府がもつ重度障害者施設。民間の施設で重度障害者のリハビリテーションに適すれば、本法の目的に沿った重度障害者の施設として認められる。重度障害者とは、80%の障害または一つ以上の障害をもつ人をいう。

 ⑪ 中央政府による障害者のための首席コミッショナー、各州政府による障害者のためのコミッショナーの任命。リハビリテーションの特別な知識や実際的経験がある人が首席コミッショナーとなり、コミッショナーの仕事の調整、中央政府からの資金の利用状況のモニタリング、障害者の権利や設備の保護、本法の実施について報告書の定期的な中央政府への提出の任務をもつ。障害者の権利の侵害や、障害者の福祉と権利保護のために出された法、規則、指令、ガイドラインの不履行に関する訴えの調査権ももつ。コミッショナーの任務は首席コミッショナーのそれに準ずる。

 ⑫ 障害者のリハビリテーション、リハビリを提供するNGOへの財政援助、障害をもつ公務員のための保健制度、職業紹介所に2年以上登録していても給与のもらえる就職ができない障害者への失業手当制度を含む社会保障。

●法律の特徴

1 取り組みやすいサービスを優先

 「教育」に関して述べたように、障害者の権利を重視する近代的な概念に基づいて法の運用を図ろうとしているが、実際はいまだサービスを受けることができない過半数の障害者への手近な対応が中心になっている。

2 政府のサービスが中心

 法律は政府が取り組む施策が中心で、NGOのサービスへの言及は乏しい。現状ではNGOによる障害者へのサービスはそれぬきに障害者施策を語れないほど多いのに、「承認」もしくは「援助すべきである」対象としてだけNGOが取り上げられている。これは、障害者自身が政策参加や自助団体の組織化を通して、自己決定や自己管理の権利を遂行することを阻止することになる。

 法が政府のサービス中心であることは、公務員で障害をもつ人への手当やサービスには触れていることにも現れている。

3 一定の障害の重視

 障害者のうち、身体、聴覚、視覚の障害者が雇用の際に優先的な扱いをうけている。またその3種類の中では、特に視覚障害は全盲と弱視に分けて取り扱われ、「全盲と弱視の子供のために数学を除いての試験の実施」や「全ての教育施設においての全盲と弱視の学生への筆記者の配備」などにおいて優遇されている。

●おわりに

 障害者法は障害者の生活の主要な分野、すなわち教育、雇用、リハビリテーション、社会保障を網羅し、内容からみると完璧に近い。しかし、往々にして「経済能力と発展の範囲の中で」と実施に関する注釈がついている。また実施しない場合の罰則も規定されていないことから、法が正しく運用されるのかとの心配がある。これら実施段階での危惧を払拭させるには、障害分野の団体、特に障害当事者の団体の継続的な運動が肝要である。法の制定で彼らが中心的な役割を担ったように、今後も活躍を続けてほしい。

(なかにしゆきこ アジア・ディスアビリティ・インスティテート〔ADI〕、本誌編集委員)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年5月号(第16巻 通巻178号)