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特集/各県の総合リハビリテーションシステムの現状

総合リハビリテーションシステムとは

伊藤利之

1 はじめに

 総合リハビリテーションシステムとは、文字どおりみれば「リハビリテーションに関するサービスを総合的かつ有効に提供するシステム」といえよう。しかし、わが国においてこのようなシステムが現実に存在するのかといえば、大いに疑問である。「総合」という用語はよく使われるが、総合とはいったい何か? リハビリテーションに関する限り、医学、教育、社会、職業の各分野のすべてのサービスを意味しているのであろうが、これらのサービスを障害者により有効に提供するシステムはどうあるべきか、という課題はきわめて難しい。何故なら、それを決定する因子は所属地域の文化水準、市民ニーズ、提供できるサービスの量、人的資源の有無などあまりに多く、それらがうまく噛み合わなければ効果的には提供できないからである。

 そこで、ここではこのような社会的問題に触れず、より有効な総合リハビリテーションシステムを構築するために必要な技術的問題を中心に、若干の経験をもとにした私見を述べてみたい。

2 総合化の課題

(1) 共通言語の形成

 法律の縦割や教育系統の違いにより、医学・教育・社会・職業の各分野で働く専門職には共通した基盤が乏しい。このため、総合的なアプローチを行おうと各分野の専門職が話し合う場合でも、それぞれが使用している言語に共通性がなく誤解を招くことが多い。とくに、外来語や略語を使う場合にその傾向は著しく、理解すら得られないことも稀ではない。その結果、同分野では当たり前のことでもなかなかわかりあえないばかりか、何でわかってもらえないかも理解できないまま協力関係が築けないのである。

 総合的なリハビリテーションの提供には、まず専門職間の言語を共通化する必要があり、それが総合的なチームアプローチを保障する鍵である。そのためには、各分野のチームメンバーが対象者を同時に観察・評価する機会が必須の条件であり、日常的な情報交換に必要な共通言語が形成されるまでは、チームメンバー全員の共通の場を保障することが重要である。

(2) 全体の把握と役割分担

 総合リハビリテーションシステムだからといっても、1人の対象に医学・教育・社会・職業の各アプローチを同時に行うわけにはいかない。システムそれぞれのアプローチは一定の期間重なり合うことがあっても、主にはそれぞれが単独で行われているのが一般的である。

 したがって、オートメーションで製品を組み立てるようにそれぞれが全体を見ることなく、その一部しか見ようとしなければ適切なサービスをタイムリーに提供できるはずはない。人間は各種の器官が寄せ集められた混合体ではなく、相互に複雑に関係し合って一体を形成しているものである。電化製品の組立のように、常に一定の方向に流れていけば完成するというものではないことに留意すべきである。いずれにしても、チームを構成する各分野の専門職としては、対象者の全体像を知ったうえでの局所的・部分的サービスを担う専門家として、その責務を果たそうとする姿勢が何より重要である。

(3) 共通基盤と専門分化

 われわれ専門職が提供するサービスは、常にその道のトップレベルにあることが要求されている。このため、その知識や技術は「狭くても深く」という考えに陥りやすく、全体を見る目を失いがちである。しかし、専門分化とはある一定の共通基盤を有していることが前提であり、共通基盤のない専門分化はありえない。専門分化が進むとやがてある一定のレベルで統合され、そこからさらに専門分化が進むという発達過程を経過するものである。

 リハビリテーションに関わる専門職にとって、そのゴール設定と計画のたて方、あるいはチームアプローチの方法や考え方など、必須の共通基盤であるといえよう。

(4) コーディネータの存在

 一般に、適切なリハビリテーションを提供するには、まず対象者のニーズを特定し、これを的確に整理する必要がある。この最初の相談・調整は総合的アプローチとは直接関係ないが、その後のサービスを決定するすべての基盤となるものであり、きわめて重要な位置を占めている。

 対象が身体障害者の場合、そのニーズは機能障害の程度と所属社会の環境要因によって決まることが多い。しかし、ニーズに対するサービス内容が多岐にわたり総合的なリハビリテーションアプローチが必要な場合、それはより複雑にならざるを得ない。すなわち、対象者のニーズとサービスを提供するチームメンバーの主体的能力との関係において、リハビリテーション計画を立てるための調整が必要になるからである。おそらくサービス分野がいくつかにまたがったり、チームメンバーの数が多くなればなるほど調整は複雑になり、主たるサービス提供者となっている対象者にとってのキーパーソンとは別に、チームメンバーをコーディネートする存在が不可欠になるであろう。

 もちろん、キーパーソンがそのままチームにおけるコーディネータであってもよいが、これらは明らかに異なった役割を担う存在であり、別の人材があたるのもまた適当であるといえよう。いずれにしても、総合的なリハビリテーションの提供にはチームアプローチが必須の条件であることから、対象者のニーズとチームメンバーの能力を的確に判断して対処するコーディネータの存在が必要である。

3 システム化の課題

(1) 共通目標の設定

 総合リハビリテーションシステムでは、分野の異なる複数のサービスが相互に噛み合いながら、それぞれが効果的に提供されなければならない。その一方で、システムの運用にあたっては一貫性が求められるため、共通目標の設定が1つの条件となっている。

 医学的リハビリテーションの段階においても、社会リハビリテーションの段階においても、対象者の最終ゴールの設定は社会人としての職業的課題であることが多い。その共通の目標に向かってそれぞれの段階においてできる限りのサービスを提供するのである。すなわち、いずれの分野のサービスにおいても、それが1つのシステムとして稼働する場合には共通した目標が設定される必要があり、その結果として、一貫したサービスを提供するシステムが構築できるといえよう。

(2) チームアプローチの実践

 システム化を進めるには具体的な実践活動の積み上げが必要である。机上でいくらシステムを描いてみても砂上の楼閣にすぎない。とにかくチームメンバーが集まり、それぞれがよりよいサービスを提供すべく努力することである。その実践を通してチームの動き方が自然な形で決まってくる。そこできちんと総括し、問題点を明らかにしつつ一定の規則を作り、これを基にシステム化を図るべきである。

 あらかじめシステムを示さなければならない場合には、チームがそれに則って一定の実践を積んだ後に、これを変更することができるようにしておく必要がある。ただしその場合には、常にシステムを点検する意欲と権限をもつリーダーの存在が不可欠である。何故なら、人は面倒なことは嫌いであり、よほどの弊害がない限り一度決めた事項に対して保守的になるからである。

(3) ニーズ・人材に見合ったシステムの変更

 ニーズは常に変化するし、人の役割もいつのまにか変わっていくものである。したがって、それにつれてシステムも変更しなければサービス効果は低下するであろう。

 どのような仕事にも一定のシステムは必要だが、それをことさらに問題にする理由は、多くの職種と人材が一体となってサービスを提供するうえで、よりエネルギー消費の少ない効果的な方法を模索するからである。すなわち、システムはサービスを効果的に提供し続けるための手段であり、その意味ではわれわれが提供るサービスの量を決定する条件であるといえる。肝心なリハビリテーションサービスの内容(質)はシステムによって規定されるというより、主にはそれを提供する人材によって決定されるものである。

 したがって、システムはニーズの変化と人材の交代に伴って変更すべきであり、これを固定的に捉えることは、足に適合した靴を選ぶのではなく、靴に無理矢理足を合わせようとすることに等しく、有能な人材をうまく生かせないことになろう。一度作り上げたシステムを変更することには勇気がいるが、システムがうまく稼働するか否かの鍵は、ニーズと人材によってシステムを柔軟に運用できるかに掛かっているといえよう。

(4) リーダーの存在

 リーダーはシステムの稼働状況を点検するだけでなく、人材の育成、サービス内容の充実、システムのありようなど、ニーズに合わせた質の高いリハビリテーションをいかに効率よく提供するかという視点で、システムをあらゆる面から点検し、将来構想を模索する役割を担っている。

 よくコーディネータとリーダーとの違いを問われるが、コーディネータはチーム内の調整が主な役割であり、人材の育成や将来構想までを担うものではない。この点で明らかにリーダーとは異なるといえるが、リハビリテーション関係の人材が乏しいわが国では、両者はよく同一人物であることが多い。このためその理解に混乱が生じているように思われるが、両者が別々に存在し得るほどより分化した発展的なシステムであるといってよいであろう。

4 おわりに

 総合リハビリテーションシステムとは、医学、教育、社会、職業にまたがるあらゆるリハビリテーションサービスを、適宜に、より有効に提供できるシステムのことであるといえよう。そのためには、各分野のサービスがある一定の組織の中に存在しているだけでなく、それらがバランスよく融和し、化合した状態で一体を成していることが条件である。そのようなシステムを構築することは決して容易なことではないが、人材の育成に成果を上げることができれば、システムはより効率的に機能するようになるであろう。

 最後に、リハビリテーションシステムに限っていえば、どんなにすばらしいシステムを完成させたとしても、「人材によってシステムの穴を補うことはできても、システムによって人材の穴(質的な乏しさ)を補うことは困難」であることを強調しておきたい。

(いとうとしゆき 横浜市総合リハビリテーションセンター長・本誌編集委員)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年6月号(第16巻 通巻179号)8頁~11頁