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気になるカタカナ

ワークショップ

松井亮輔

 ワークショップは、一般的には「研究集会」という意味で使われることが多いが、職業リハビリテーション分野に係わるものにとっては、それは正確にはシェルタード・ワークショップを意味する。国際労働機関(ILO)では、ワークショップを「通常の競争的雇用に適さない障害者のために保護された状況のもとで訓練ならびに雇用を行うための施設」と規定し、ワークショップ利用者にも最低賃金法等、労働法規を適用すべきとしている。

 わが国で米国のグッドウィル・インダストリーズや英国のレンプロイ工場等に代表されるワークショップに関心が向けられるようになったのは、1960年前後かと思われる。しかし、関係者の間でそれが専門用語として定着するのは、小川孟氏(当時・日本キリスト教奉仕団アガペ授産所所長)を委員長とするワークショップ研究会の共同研究論文集『障害者とワークショップ』が、1971年に東京コロニーから刊行されてからであろう。

 そもそも同研究会は、わが国の障害者授産制度の見直しを意図して発足したものである。授産施設は建て前としては、一般就職に結びつけるための訓練施設とされながらも、実態的には一般就職が困難な障害者の長期的な就労の場となっている。

 しかし、これらの障害者は身分的には雇用労働者ではなく、あくまで福祉施設の対象者である。

 欧米のワークショップを参考にしながら、こうした授産施設の状況を改善し、一般の職場にかわる雇用の場への道筋を何とか見いだしたいというのが、私も含め同研究会に参加した全員の願いであった。

 同論文集が出た翌1972年度には、雇用施設としての身体障害者福祉工場が制度化されるが、利用者にとって自活可能な賃金保障を福祉工場が自力でしなければならないという制約から、その対象は労働能力が比較的高い、主として車いす利用の両下肢障害者等に限られ、授産施設の長期利用者の大部分はその恩恵に浴しえていない。

 その後、全国社会福祉協議会・授産事業基本問題研究会や厚生省授産施設あり方検討委員会から授産制度改革についての提言が出されるとともに、昨年には全国セルプ協議会(旧・全国授産施設協議会)の提唱で授産施設から社会就労センターへの名称変更が行われた。

 しかし、授産施設の実態は、基本的には1971年当時とほとんど変わっていない。

 いまや小規模作業所とあわせ全国で10万人以上にのぼる授産施設等の利用者を職業的にどのように処遇していくかは依然として大きな課題である。

(まついりょうすけ 日本障害者雇用促進協会国際協力課)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年6月号(第16巻 通巻179号)25頁