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列島縦断ネットワ-キング

[東京]

日本セイルトレ-ニング協会の活動

今井常夫

 「帆船」、それは風の力をとらえて大海原を走る夢の乗り物です。帆船を使った体験プログラム「セイルトレ-ニング」は、初めて乗り合わせた未知の人どうしが力を合わせ、自分たちの手でロ-プを引いて帆を操り、高いマストに登り、自ら舵を取りながら外洋を航海します。

 帆船はだれにとってもまったく初めての体験です。参加する人は“お客さん”ではなく、クル-(乗員)の1人として、それぞれの作業を責任をもってこなしていかなければ目的地まで航海することはできません。1本のロ-プを引くにも大勢の力が必要です。大きな帆は全員が気持ちを合わせなければ広げることはできません。嵐の中で船酔いに悩まされることもあります。「自分1人くらい」と思っていいかげんに手を抜くと、それが全員の負担となってはね返ってくるのがすぐにわかります。

 しかし、どこまでも広く、美しい海という大自然の中で、風と波に向かい、力を合わせて外洋を乗り切ったとき、参加しただれもが、これまで「とてもできない」と思っていたことができるようになっている自分を発見するでしょう。「できない」とか、「そんなはずはない」と思っていたことも自分自身の心の壁だったことに気付くはずです。これこそがセイルトレ-ニングの目的なのです。

 日本セイルトレ-ニング協会では、帆船「海星」(写真1 略)を使って1991年9月から日本で初めてのセイルトレ-ニング事業を開始しました。すでにヨ-ロッパ、地中海、大西洋、カリブ海、太平洋と、世界の海を巡り、1993年からは日本近海からアジアの海を舞台に、年間を通じて航海を続けています。

 これまでの5年間で高校生から83歳の男性まで、6,000名近い方々が参加しており、約3分の1は女性です。特別な経験はまったく必要ありません。人種、国籍、性別も問いません。帆船「海星」には15歳以上ならだれでも参加できるのです。また1日体験航海では小学生や親子を対象に実施することもあります。障害を持った方でももちろん参加できます。

●1日体験航海

 1993年に横浜ラポ-ルの協力を得て「障害のある人もない人も、いっしょに帆船を走らせよう!」と横浜港で車いすや聴覚障害者、視覚障害者の方々も参加して一日体験航海を実施して以来、1994年には静岡県清水市で知的障害者と、1995年は東京で社会福祉協議会の協力で、沖縄で、盲聾学校や養護学校の子供達とで行いました。

 こうした1日の体験航海では、障害者と健常者が半数ずつ乗船しますが、健常者は介添えというよりも、ふだん障害者と接する機会のない一般の方々を招くようにしています。そうすることによって障害に対する理解を深めていただきたいだけでなく、その障害者にとって必要とされる機能の補助をすれば自分たちと同じなんだということを実際に体で感じてもらいたいからです。

 長い航海に参加したこともあります。1993年の春、生まれつき全盲の女子高校生が沖縄から鹿児島までの5日間の航海に挑戦しました。その航海で障害をもった参加者は彼女1人だけでしたが、マスト登りはもちろん、顔に当たる風の感触と帆がばたつく音を頼りに外洋での舵取りも見事にこなし、逆に周りの人達を大きく元気づけたのです。

 1995年には日本財団の補助により、沖縄の海を舞台に3か月にわたる特別プログラム「地球人航海95」を実施しました。このときには初めて車いすに乗る25歳の女性(なぜか初挑戦は圧倒的に女性が多いのです)が5日間の航海に参加しました。彼女は幼いころ脳性マヒにかかり、両足が不自由なのですが、自力で立つことができ、つかまるところがあれば何とか歩けるので受け入れてみましたが、航海中は自分が障害者であることを忘れていたそうです。目的地の石垣島にマストに登って入港する彼女の様子は、TVのニュ-スでも取り上げられたほど感動的なものでした。

 もちろん薔薇色の話ばかりではありません。10日間の航海に参加した義足の大学生は3日目に断念して下船することになりました。船酔いが苦しかったのではありません。大きく揺れる船の上で足と義足の接触部分が擦れて出血し始めたからです。障害者の現実を改めて見せつけられましたが、彼のために全員が度重なる帆の操作をこなして港まで運び、涙で見送ったのでした。

●「健常者」なんていない

 身体的なハンディをもった人ばかりでなく、中学生の頃ひどいいじめにあって以来登校拒否を続けている若者、かつて登校拒否だった大学生、大学受験中の子供が自殺してしまった中年の男性、心に障害や傷を負った人たちも参加しました。

 ハンディキャップはだれにもあります。いわゆる「健常者」と呼ばれる人であっても、メガネをかけていれば視覚障害者だし、言葉のわからない外国に行けば言語障害者です。そして何より、どんなスポ-ツマンでもキツイ船酔いになってしまえばほとんど重度障害者です!ほんとうは「健常者」なんていないのです。

 帆船「海星」は、いろいろな「個性」をもつ人達がいっしょに広い海に出て、セイルトレ-ニングによって心を開き、それぞれが人間として「個性」を受け入れ、認め合うことができるようにと願って航海を続けています。1人でも多くの方が参加できますように、いつでも待っています。

(いまいつねお (財)日本セイルトレ-ニング協会)

帆船「海星」参加に関係する問い合わせ

 (財)日本セイルトレ-ニング協会事務局

  ℡ 03-3818-6272

※ 障害をおもちの方もぜひ、思い切って参加してみて下さい!

お申し込みの際には障害の状態について具体的にお知らせ下さい。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年6月号(第16巻 通巻179号)48頁~51頁