高度情報化社会に向けて
体験・ペーパレス化の夢と現実…
立花明彦
わが家のダイニングには、高さ180cmのスチール製書棚が2つある。テーブルはない。いや、ないのではなく置けなくなったというのが正しい。このため食事は専ら隣の洋間を使う。3年前までは約150冊の点字図書と資料が書棚4つに収まり、部屋の壁一面を塞ぎ、一種の圧迫感を与えていた。
触読文字である点字はその性格上、墨字のように自由に文字の大きさを変えられない。墨字資料を点字にすると通常3~5倍の量になってしまうことがもたらした結果である。点字は“かさばる”のである。資料の整理を怠ると、すぐに点字の「ヤマ」ができる。視覚障害者は、晴眼者以上に資料の取捨選択の必要に迫られるのかもしれない。だから、点字を電子化して小さなディスクに保管し、必要なときに取り出して点字ディスプレイで読む、というペーパレス・ブレイルに憧れる。
1987年、視覚障害者用ペーパレス・ブレイル機「バーサブレイルⅡプラス」が発売された。点字タイプライターのようなキーボード、6点20マスの点字ディスプレイ、3.5インチディスクドライブをもつ筆記具である。「これぞ望んでいたペーパレス時代の点字器、これ以上書籍を増やせない」と考え、1989年、大枚120万円を工面して買った。
以後、これを使って日記をつけた。検索が容易なので住所録を入れた。必要な雑誌や図書の目次を記録した。保存しておきたい資料を書き写したりもした。
だが、こうした生活は長く続かなかった。私の買ったものはピンディスプレイの調子が悪く、何回かの修理の往復をした。誠意ある対応で修理に当たっていただいたが、回数が重なると使うのがいやになる。そのうちペーパレス・ブレイルの不便さが目立つようになり、だんだんと魅力が失われていった。
ある資料をディスクへ保存しようと思っても、それを書き写すにはかなりの時間がかかるため、面倒になってやらなくなる。ディスクに収めた内容を見たり検索するにしても、思いのほか時間がかかる。スイッチを入れて目的のデータへたどりつくまでの時間は、ものによると従来の点字図書や冊子の場合とそれほど変わらないこともある。加えて点字ディスプレイは1行しか表示できないので、1ページの把握が困難である。さらに、使用場所が制限される。その機械は5.2kgもあって移動に適さない。ふとんの中で横になって読んだり書いたりできないことは辛い。結局、私のペーパレス・ブレイルの生活は崩れた。
現在のマンションへ転居するにあたり、私は家族から厳しい取捨選択を迫られ、1つの書棚とそこにあった資料を廃棄した。そして「バーサブレイル」は、2年前から押し入れで眠っている。新しいペーパレス・ブレイル機が発売されていて魅力あるものもある。
しかし、私が味わった不便さは解消されてはいない。ある程度のペーパレス化ができても決してベストなものではないことを改めて感じている。
(たちばなあきひこ 日本点字図書館)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年7月号(第16巻 通巻180号)47頁