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列島縦断ネットワーキング

[茨城]

世界盲人マラソン大会

金田和久

 去る4月21日(日)茨城県土浦市で開催された「第2回世界盲人マラソンかすみが浦大会」に視覚障害者の伴走として、42.195キロを走り、無事ゴールしました。

 私の伴走ボランティアは、6年前、東京江東区の中鉄ドン走クラブ・池田義三氏にお誘いを受けて、JBMA(日本盲人マラソン協会、杉本博敬会長)の会員となったことに始まりました。「自分の健康を、何か社会に役立てることができれば…」といった軽い気持ちでした。これまで「東京シティハーフマラソン」、「塩原湯けむりマラソン(20キロ)」と伴走経験はありましたが、フルマラソンの伴走は未体験でした。そこで今年3月3日の佐倉健康マラソン(千葉県)に伴走予備として、ベテラン伴走者・中島明男さん、選手・清水さんペアのお手伝いをしました。この5時間に及ぶ挑戦は大変勉強になりました。

 さて話を戻して、今回の「かすみが浦大会」でのパートナーは、長崎県諫早市からはるばる参加の川嶋重徳さん(56歳)。ベスト記録は3時間53分。大会の2週間前から電話によるコミュニケーションをとって、お互いのひととなりの一部でも知り合えるよう努めました。

 大会当日は快晴。気温は高め。開会式は高円宮・同妃両殿下ご臨席のもと、海外24か国と1地域から52名、国内241名の視覚障害者も出席して盛大に行われました。式の後、私たちペアはトイレを兼ねて、ウォーミングアップに出発(いつも空いたトイレ探しに苦労します)。幸い、近くのビジネスホテルのトイレを利用させていただきました。競技場へ戻って着替えを行い、スタートラインへ。私たちは遠慮がちに中央あたりに並びました。川嶋さんが左、私が右につき、2人は輪になったロープを握り合っています。JBMAでは、このロープを「絆」と呼んでいます。選手はこの張り、ゆるみで走る方向が分かりますし、伴走者の気持ちまでも読みとります。ですから心と心を結ぶかけ橋でもあるわけです。

 スタート

 10時、号砲で一斉にスタート。しばらくは混雑していますので腕を組んで走ります。土浦市内道路を何回か折れて登っていくコース。沿道からは障害者・伴走者に温かい声援が飛びます。私たちも障害者ペアに行きつくごとに、「調子はどうですか、楽しく行きましょう」また外国人ペアにも「Have a good time?Good luck!」と声をかけていきます。

 10キロ地点

 54分15秒。コースに空きができて本来の走りができるようになり、タイムが上る。

 中間点

 1時間54分58秒。これを単純に2倍すると川嶋さんの自己ベスト達成となるわけでしたが…伴走の私のほうにも少々不安が頭をかすめます。フルマラソンでは、選手だけでなく伴走者も足にけいれんを起こすことがあり、通常の大会であればお互いにマッサージをしながら和気あいあいと走ることもあるそうです。しかしこの大会は世界大会でもあり、川嶋さんもこの日のために練習を積んできています。「私はつぶれるわけにはいかない」と思うと余計にプレッシャーが襲ってきます。

 コースは前半は標高20メートルくらいの丘陵地帯で多少アップダウンあり、後半は霞ヶ浦沿いを土浦市へ戻る平坦コースとなっています。

 30キロ地点

 2時間44分29秒。道幅が2車線から1車線とめまぐるしく変化、小さなカーブも多くなる。カーブで私のほうがつい先行してしまい、足がぶつかることも。

 35キロ地点

 3時間14分44秒。川嶋さんのストライドが小さくなってきている。伴走予備の方がパートナー交替のためか、逆走してくるのに出会い、「ご苦労様です」と声をかけ合う。沿道からは終始声援をいただき、こちらも大声で「ありがとう」と答える。

 障害者ランナーの何人かも足のけいれんで、伴走者が足をマッサージしている姿や、歩き始めているペアも見かけました。土浦市街そして遠く筑波山が正面に見えてきました。

 残り5キロ地点を通過。選手の川嶋さんはスクワットトレーニングも取り入れているとのことで、相当にねばり強い様子ですが、伴走の私のほうが左足太ももに痛みが走り始める。本当にゴールまでたどりつけるだろうか。

 40キロ地点

 3時間45分32秒。何とか走り続けられる状態。無理して「イチ、ニ、イチ、ニ」と声をかけるも1キロほどしか続かない。佐倉マラソンでは後半7キロずっと声が続いたものなのに。「腕を振って、足を前に出していきましょう」と声をかける。時計に眼をやりながら、ベスト記録は夢となったが、何としても川嶋さんに4時間は切ってゴールしてもらいたい、という望みだけになる。

 ラスト1キロ地点

 JBMAの応援団、6、7人の大声援を受ける。カメラに向かい、無理やり笑顔を作って通過。

 ゴール

 いよいよ競技場のマラソンゲート。

 競技場のトラックに入り、最後の大声援で迎えられる。ゴールイン。3時間59分52秒。私にとっても涙と感動のゴールでした。川嶋重徳さんは、フル男子・全盲50~59歳の部「B-1」でエントリー7人中優勝を果たすことができました。本当におめでとうございました。

 川嶋さんは、その日の新幹線のぞみと新大阪発の寝台特急を乗り継がれ、のんびりされる暇もなく、長崎の諫早へ帰られました。翌日の9時にはハリ・灸治療院の仕事に戻られました。

 視覚障害者の方たちにとって、健常者と同じ大会に参加し、交流しながらゴールを目指すという「ノーマライゼーションの実践」は大変な喜びであり楽しみであろうかと思います。その意気込みと期待は、私たち健常者以上です。

 全盲の川嶋さんの普段の練習を紹介しますと、室内走行器による練習、スクワットトレーニングだけでなく、20メートルロープを使った独特の練習も行っています。これはグランドに棒を立て、これに20メートルのロープを張って1周約120メートルの「周回コース」を1人で走るものです。本当に頭が下がる思いです。

 私たち健常者が普段何げなく通行している道路や駅などを、視覚障害者の方をご案内すると、本当にたくさんの障害や、危険があることが分かります。少しでもそれらの障害を取り除いて、障害者が不安なく健常者と共に生活できるようにすることが大切であると、あらためて痛感している今日この頃です。

(かねだかずひさ 日本盲人マラソン協会)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年7月号(第16巻 通巻180号)64頁~66頁