ワールド・ナウ
中澤 健
マレーシア
マレーシアにおける障害者の調査
● はじめに
1993年4月にマレーシアのペナンに来て3年が過ぎた。現在私は、マレーシア科学大学(Universiti Sains Malaysia)社会科学部社会開発学科に研究員として籍をおき、「福祉分野における国際協力と開発」をテーマに、マレーシアにおける障害児・者(主に知能に障害のある人たち)の生活の実状やニーズ、及び障害者の福祉について関係者・市民の調査を行っている。また、これまでに知り得た実状やニーズをもとに、今後必要な福祉計画を作成してその実施準備を行っている。ここでは、調査の経過を中心に述べてみたい。
● これまでの調査の経過
日本国内であれ国外であれ、その土地で何らかの活動(経済活動であれ、福祉活動であれ)をすすめるためには、土地の気候風土や生活習慣、そこで暮らす人たちの気持ちを少しでも知り、友人をつくることが先ず必要であろう。
そう考えて、住民としてこの地に暮らし、生活感覚的になじむことからはじめた。自分が今すべき活動は、この慣れない土地で暮らすことだと自分に言い聞かせていた期間に、福祉・教育関係者だけではないさまざまな人たちと出会うことができた。
半年あまりを経て、大学に籍をおくことになりビザもおり、大学に共同研究者も得られたので、第1次の調査をペナンではじめ、順次他州に広げていった。1年後には第2次調査も平行して行うことになった。第1次調査は、障害をもつ人たちやその家族を対象にその生活状況や願いを知るためのものであり、第2次調査は、教師や福祉ワーカー、ボランティア、学生、行政官などを対象にして障害者福祉についての考え方や今後のこの国の障害者福祉への期待感などを知るために行ったものである。第1次・第2次とも質問紙による調査で、現在も調査票の配布・回収は続いており、今年中にマレーシア全州の調査を終え、第3次調査(1・2次で把握できなかった人たちへの面接調査)に入る予定である。
現段階の集計によると、第1次・第2次に共通しているのは、スタッフ関係の希望(専門職の必要性、研修の機会の確保等)、日中の活動の場の確保(幼児療育の場、学校教育の場、作業所、職場等)、社会啓発の必要性などで、居住施設への期待については、第1次調査では若い親を中心として全体で15%、第2次調査で障害者の望ましい生活の場として居住施設をあげたのは8%だった。そのほか、第1次で強い期待が集まったのは、行動障害への対応やレクリエーションの機会の必要性、地域生活支援システム、第2次では、福祉領域における国際交流や国際協力への期待などであった。
調査票の集計結果に表れたものは、日頃親や関係者と話す中で予想されたものと異なるものではなく、また、日本の人たちのニーズとも大きくズレたものではないと思われるため、理解しやすい。しかし、言語的表現は同じであっても、その意味する内容は、背景や状況の違いから必ずしも同じではない場合があることに留意すべきだと思っている。
例えばペナンには、定員20名から80名の障害児のためのデイ・センター(スペシャル・スクールとも言うが教育局管轄ではない。福祉局管轄で、すべて民間)が6か所あり熱心に活動しているが、その後の行き場はほとんどない。誰と話しても、作業所の必要性が強調された。
そこで、20名のセンターを経営している団体に進言して、1995年1月に15歳以上の人たちの作業所を開設した。すでに1年半近くを経過したのであるが、障害者の労働の考え方や家族の扶養観などについて、これまで考えてきた自立や社会参加との微妙な違いに気づかされている。これらは単に社会的に未開発であるとか、理念的に遅れているとか低いとかで片づけられるものではない。理念的に遅れた部分もあろうし、多様さの一面とみることもできるだろう。また、自助や公助についての背景の違いもある。
現在、そうした課題を掘り下げながら、地元の人たちと望ましい人の暮らしとは何かの検討を続けている。そして、調査を結果を得るためだけのものに終わらせないよう、何らかの社会開発につながるための実践計画を練り、土地を探しているところである。
● おわりに
調査を通じて感じることは、ニーズにはエネルギーがあるということである。そこには個性があり、方向性がある。ニーズは課題意識から生まれる。土地の特性や住民感情に基礎をおいた適切なニーズ把握と洞察をもとにしてエネルギーが集約される時、真の社会開発が前進するであろう。
2020年には先進国の仲間入りを目指すマレーシアは、今後国民の生活水準も意識も急激に変化することが予想される。そうした点から、多民族複合国家マレーシアの福祉の動向は、近隣アジア諸国への影響という意味でも重要である。
管理と依存の伴いがちな援助の発想ではなく、一人ひとりの多様な願いが、エネルギーとして集約される道を探りながら、何が必要でどんな役割が求められているか、補い合い助け合う、求め合い応え合う協力のあり方を障害者福祉の糸口として探り続けたいと思う。それは、私たちに何が欠けているかの課題認識の必要性ということでもあると思う。
(以上の活動は、1993年から1995年まで、社会福祉法人清水基金の研究助成により、行われたものであることを付記します)
(なかざわけん マレーシア理科総合大学)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年7月号(第16巻 通巻180号)67頁~69頁