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検証ADA新時代

障害者雇用の促進

関川芳孝

●便りはいまだ届かず

 わが国では、学生の就職事情は、依然として厳しい状況が続いている。長い冬の時代が続き「氷河期」ともいわれる始末。なかでも、女子学生に対する採用をめぐる差別もあからさまである。私のゼミ生も面接を受けたが「まったく相手にされなかった」とうなだれて帰ってきたものである。「こうなったら嫁にいくしかないな」といったら、女子ゼミ生全員からブーイングされてしまった。そのせいか、卒業したと思われる彼女らから「就職が決まりました」という便りは、いまだ届いていない。

 ところが、アメリカでは、景気が回復し企業の雇用意欲も旺盛で、失業率も低く推移している。現職クリントン大統領の再選にとっても、好材料となるものと思われる。ところで、アメリカにおける障害者の雇用は改善されているのであろうか。かねてから、ADAの後押しもあるので、好景気にさえなれば「重度障害者であっても、適切な訓練と就労に対する配慮さえあれば、職務を遂行することができるので、一般労働市場への統合は進むであろう」と説明されていた。連邦議会においても、ADAが制定されたならば、就労し経済的にも自立できる障害者が増えるので、全体としてみれば、社会保障給付の支出削減、さらには障害者からの税収アップが期待されると「ADAの経済効果」が説かれていた。私自身も、アメリカが景気回復しつつあるから、障害者の雇用情勢は少なからず改善されているであろうと期待していたのだが、実際には障害者の雇用は必ずしも進んでいないようだ。そのため、ADAのねらいとする「一般労働市場への雇用統合(障害者雇用の促進)」という政策効果についてみれば、現在のところでは必ずしもよい評価を得られておらず、驚かされた。

●労働市場へのインパクト

 ADAでは、企業に対して障害者に対する雇用上の差別を禁止しており、企業に与えるインパクトは大きいものがあることは、誰もが認めるところである。差別からの救済を申し立てる行政救済機関である「雇用機会均等委員会(EEOC)」には95年現在までに延べ5万件を超える救済申立がなされ、予想をはるかに上回る救済申立件数に、未処理事件が増える一方で、EEOC職員も完全にお手上げの状態である。これら日ごとに増え続ける申立件数をみると、企業の人事担当者が、障害を理由とする不利益な取扱いがあったと訴えられないように、採用から雇用まであらゆる人事手続きおよび慣行の徹底した見直しに真剣に取り組み、障害者の取扱いに細心の注意を払っているのもうなずける。アメリカの労働法学者も、これらの法律執行の実務的なインパクトについて、「ADAは、個別的雇用関係法の領域において、今後大きな位置を占めることになるだろう」とコメントしているほどである。

 障害者団体の関係者も、ADAの成立によって企業関係者による障害者に対する対応は驚くほど誠実になったと評価している。しかしながら「障害者の雇用は、ほとんど増えていない」というのが、障害者団体の関係者に共通した見方である。ADAによる労働市場全体へのインパクトとしてみた限りでは、いまだ政策効果が必ずしも十分に現れていないのが実情といえる。

 これを裏付ける資料としては、たとえば、全米障害者協議会(National Council on Disability)が公表した調査がある。ここでは、ADA成立から5年が経過する95年現在まで、「障害者の失業率は65%から70%の間を推移しており、これは、同団体がADAの制定を提言した86年の水準(66%)とさほど変わっていない」と報告する。そして、障害者が就労し経済的に自立することには、ADA成立後もいまだ差別という大きな壁が立ちはだかっていると訴える。

 さらに、民間シンクタンクによる調査では、国際障害者年以降、障害者の労働力率(障害者人口全体における「就業している障害者および求職している障害者」の割合)は一貫して低下し続けており、ADAの成立も低下現象に対する歯止めとなり得ていないとの分析もある(図1参照)。ここでは、「かかる調査結果から直接ADAの政策効果をうんぬんするのは、いまだ時期尚早である」としているが、ADAの成立した90年以降も仕事を得て経済的に自立することを断念している障害者が全体として増えているというデータには、関係者も大きなショックを受けていることであろう。

図1 障害者の労働力率

図1 障害者の労働力率

出典:Vocational Econometrics Inc.

 なるほど、個別的にみれば、雇用上の差別であるとの主張が認容され、障害者が復職命令や採用命令などの適切な救済が図られた事例は数多い。また、大企業を中心に、障害者雇用に積極的に取り組むところが増えている。ADAは、「個別的な権利救済を目的とする法政策」であり、障害者の雇用促進というのはあくまで間接的かつ副次的な効果とみるべきなのであろうが、当初の期待が大きかっただけに関係者のいらだちは隠しきれない。全米障害者協議会では、特別委員会を組織し、問題の究明と必要な対応策の検討に乗り出した。

●理想と現実とのミスマッチ EEOCへの救済申立

 ADAが理想のひとつに掲げていた就労を断念している重度障害者の労働市場への統合という課題は、現状をみる限りでは、いまだ果たされていない。EEOCへの救済申立にしても、「大半のケースが、これまで「障害者」と考えられてこなかった人達から起こされたものである。法律の後押しが本当に必要な障害者には、ADAは必ずしも十分役に立っていない」と障害者団体の関係者は残念がる。

 ADAの障害概念は、自分の世話、力仕事、歩行、視る、聴く、話す、就労するなど「ひとつ以上の主要な活動動作に実質的に支障をきたす身体的ないしは精神的損傷」と包括的に定義されており、行政規則においても個別に損傷を限定していない。身体障害はもちろん、精神障害に関連する差別をも広く救済の対象としようとするねらいがあるため、障害概念もかなり曖昧に定められている。したがって、具体的にある身体的ないしは精神的な症状がADAのいう「障害」にあたるかどうかは、裁判所などの法律の解釈に委ねられている。要するに、グレーゾーンにあって、障害者に当たるかどうか曖昧なケースは、実際のところ訴えてみないとわからないのである。

 たとえば、重い糖尿病を患う者は、障害者に当たると認定されてきた。しかしながら、EEOCの説明によれば、医師から糖尿病との診断を受けているものの、「食事のバランスに注意しカロリーを控えるように」と注意されているだけの軽度の症状では、就労に実質的支障をきたしているとはいえず、糖尿病を患っていても障害者に当たらないという。このように、EEOCへの救済を申立ている事件には、「障害者」に当たるかなり微妙なケースが数多く、事案の処理をめぐって、EEOCの職員を悩ませる原因となっている。

 さらには、ストレスなどから引き起こされる「心の病」をもった人も、障害者として救済の対象となりうる。しかしながら、少し極端な例ではあるが、怒りっぽく常時イライラしている「性格」の人が、幾度となく同僚や上司と対立し喧嘩を繰り返す。挙げ句の果てに、職場に拳銃を持ち込み発砲するといった物騒な話もある。これに対して、企業がこれを理由に当人を解雇した場合でも、ノイローゼにかかっているとの診断書をもって、「障害」を理由とする雇用上の差別として訴えてくるから、いささか始末が悪い(当該解雇が違法な差別であるとの訴えは、認められていない)。

 これらを反映するかのように、EEOCへの救済申立全体のなかでも、「腰痛」(19%)、「ノイローゼなどの神経症」(11%)、「情緒障害および精神病」(11%)が全体の約4割に及び、救済申立件数の多い「障害御三家」となっている(図2参照)。しかも、これらはいずれもサラリーマンに珍しくない病気でもある。これらの病気が解雇などの不利益取扱いの原因のひとつに関係していれば、「障害」を理由とする差別ということで、EEOCに救済を申し立てることになるわけである。

図2 EEOC救済申立事件差別的取扱いの内容

図2 EEOC救済申立事件差別的取扱いの内容

※重複しているケースがあるのでトータルは100%を超える
出典:EEOC

 EEOCに訴えてくる差別的取扱の態様も、採用における差別よりは、解雇をめぐる差別の事件が多くなっている(図3参照)。いったん企業に雇用された障害者が解雇され始めているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。障害者団体の言葉を借りるまでもなく、病気がちの「健常者」が障害を理由に救済を申し立てているにすぎない。障害者団体にしてみたら、ADA成立までの約20年間もの努力は、何のための(誰のための)権利運動であったのかと悔やまれるのも道理である。

図3 主たる障害別EEOC救済申立内訳

図3 主たる障害別EEOC救済申立内訳

※その他の障害が記載されていないのでトータルは100%に達しない
出典:EEOC

●就労率向上の阻害要因 「ブラック・ホール」効果

 企業が障害者にも門戸を公平に広げているだけでは、障害者の雇用は進まない。フルタイムで年間4万ドルや5万ドルの給与が得られる仕事なら別なのであろうが、次のステップもないような単純労働のパートタイムの仕事に就いて、なにも最低賃金相当の低賃金で働くくらいなら、一般労働市場において辛い思いをする必要はないというのが、多くの障害者の本音のようだ。

 なかでも障害者の多くが危惧しているのは、医療サービスの問題である。生活保護や障害年金で生活していれば、労働能力が障害により失われていると認定され、医療扶助メディケイドないしは公的医療保険メディケアの給付がついて回る。しかしながら、本意ではないパートタイムの仕事をし、月5百ドル以上稼ぐと、これが打ち切られる。当然企業による医療保険も十分ではないし、就職するとかなりの額の医療費負担の持ち出しを覚悟しなければならず、結局のところ割に合わない。これらが、障害者の就業率が上がらない制度的阻害要因となっている。

 このような障害者の雇用動向を裏付ける興味深いデータがある。アイオワ大学法学部のブランク教授によるADAの政策効果に関する実証研究である。ブランク教授は、1,110名もの知的障害者を対象にし、ADA施行前の90年と施行後93年の2回にわたって聞き取り調査を実施し、調査結果をとりまとめている。これによれば、少しずつではあるが労働市場への統合は進んでいるとしながらも、「全体の大部分の人(59%)については、就労条件の改善がみられない」ことが明らかにされている(表1参照)。

表1 ADA労働市場へのインパクト
'93年における雇用状況
  未就業 保護雇用 援助付雇用 一般雇用 合計
'90年雇用状況 未就業 22%(241)** 13%(143)* 1%(8)* 1%(10)* 36%(402)
保護雇用 10%(115)*** 36%(405)** 6%(71)* 3%(37)* 57%(628)
援助付雇用 0%(4)*** 3%(29)*** 0%(5)** 1%(7)* 4%(45)
一般雇用 1%(7)*** 1%(11)*** 1%(8)*** 1%(9)** 3%(35)
合計 33%(367) 53%(588) 8%(92) 6%(63) 100%(1110)

*雇用状況が改善された者 25%
**現状を維持した者 59%
***雇用状況が後退した者 16%
出典:ブランク論文.79巻,IOWA L.REV., 853頁以下

 ところで、ブランク教授は、調査研究のなかで障害者の自立をめぐっていくつもの有益な示唆を与えてくれているが、なかでも興味深いものが「ブラック・ホール効果」についての分析である。彼によれば、大部分の障害者は一般労働市場から排除・隔離されてきており、いわば排除・隔離された就労環境という「ブラック・ホール」のなかに閉じこめられてきた。そして「幾度も自立に失敗し、失望・葛藤し、もがきつづける」という生活サイクルを繰り返している。かかる「ブラック・ホール」のなかで絶望している者にすれば、「新たに就職先を探しなさい」といわれても、実際には簡単に決心がつかないわけである。調査結果でも、依然として多くの障害者が、かかる「統合されていない雇用状況」、すなわち「保護雇用」および「未就業」の状態から抜けだせずにいることが、明らかになっている。

 確かに調査結果をみると、90年段階で「統合されていない雇用状況」にあった人のうち、86%の人が93年においても同じ状況におかれている。しかも、90年段階で「統合された就労環境」にあった人のうちおよそ半数が、「統合されていない雇用状況」に戻っている。一般労働市場における生存率(36%)をみると、ADAのもとですら、事態はより深刻になっていることを物語っているように思われる(表2参照)。

表2 ブラック・ホール効果
'93年における雇用状況
  非統合 統合 合計
'90年雇用状況 非統合 88%(904) 12%(126) 100%(1030)
統合 64%(51) 36%(29) 100%(80)

非統合:未就業ないし保護雇用において就業している
統合:援助付き雇用ないし一般雇用において就業している
出典:ブランク論文.79巻,IOWA L.REV., 853頁以下

 ブランク教授による「ブラック・ホール」効果とは、実に的を得た表現であるように思われる。「ブラック・ホール」とは、天文学における仮説上空間領域で、「宇宙には、超高密度・超強重力のため、物質はもちろん、光すらもそこに入ったら抜け出せない。暗黒の空間領域がある」という。在宅で生活していたり、ワークショップで働く障害者の多くも、最終的には仕事を得て経済的にも自立したいと願っているのであろう。しかし、かかる障害者のなかの「心の光」すら、「ブラック・ホール」のなかに閉じこめられると、絶望と諦めに支配され、外の世界に向けて希望の輝きを放ち得ない。彼らにしたら、ADAが成立し「あなた方にも企業で働く門戸が公平に与えられていますよ」といわれても、やはり二の足を踏んでしまうのであろう。

 ADAが存在するだけでは、障害者の雇用は進まない。このような「ブラック・ホール」効果をどのように解消できるのか。民主党を代表する大統領候補であるボブ・ドールも、かかるADAの限界を踏まえて、「ポスト・ADA」の雇用政策を新たに構想することが必要と訴える。

(せきかわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号) 43頁~47頁