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列島縦断ネットワーキング

[東京]

新装になった「にってん」

田中徹二

●中央図書館的な存在

 全国の視覚障害者やその関係者から「にってん(日点)」の愛称で親しまれている日本点字図書館が創立されたのは、昭和15(1940)年11月10日であった。まだ若かった本間一夫(現・理事長)が実家の援助を受け、雑司が谷の借家に点字図書700冊を置いて始めたのである。イギリスの点字図書館に倣った着目はたちまち関係者の関心を呼び、当時の東京盲学校に近かったこともあって、読書を愛する視覚障害者のオアシスになっていった。

 その翌年には、早くも現在地の高田馬場(新宿区)に土地を求め、本格的な図書館活動に入ったのである。その後、社会事業家後藤静香が提唱した点訳運動に支えられて、日点が大きく発展していったのは衆知の通りである。

 日点は、現存する100余りの点字図書館の中で、最も歴史が古く、最も規模が大きい。日本盲人社会福祉施設協議会の点字図書館部会(90館加盟)が毎年発行している『日本の点字図書館』最新版(平成6年度実態調査)によると、点字・録音図書の視覚障害読者への貸出数は次のようになっている。

 日点を1としたとき、残りの点字図書館すべてを合わせた比較では、点字図書は1対7.5、録音図書は1対5.4、録音雑誌にいたっては、日点が7種類の録音雑誌を発行していることもあり1対3.7となっている。

 この調査の回答館数は89なので、日点を除く点字図書館の一館当たりの平均貸出数は、日点の1に対し、点字図書が0.08、録音図書は0.06、録音雑誌は0.04の比率である。日点の実績がいかに大きいかを、如実に示す数字といえよう。

 こうした実績は厚生省も十分に認め、国の補助費が日点に初めてついたのは昭和29年であったが、その後も36年には旧本館、49年には別館が国費で建てられ、国からも中央図書館的な存在として認められるようになった。

 ところが、それらの建物は増築、増築で非常に使いにくいものになっていた上に、築後30年以上も経過し、ところどころに破損が目立つようになっていた。法人の建物も一部あったものの、法人単独では改築はとても不可能で、どうにかしなければならない状況にあったのである。

 そんなおり、幸いなことに平成5年度第2次補正予算に、日点の改築費用が予算化された。一昨年夏には、本館、新館(法人所有)の解体工事が始まり、本年3月26日、完成した新本館が、建設省関東建設局から厚生省に引き渡されたのである。

●壁面に鎖が下がった新本館

 新しい本館は、1階に理事長・館長室、本部総務部庶務課が、玄関の自動ドアを入った右手に、ロビーの左手には盲人用具を販売する店がある(写真1 盲人用具を販売しているコーナー 略)。点字器具やテープレコーダ、その他の視覚障害者用日常生活用具などを買いに来る人々の便宜を考えた配置である。

 2階には、文字情報部門を集中させた。点字・録音図書の貸出サービス、情報サービス(レファレンス)、プライベート・サービス(個人希望点訳・録音)の各サービスがワンフロアでできるようになっている。また、2階には閲覧室(対面朗読室)を設置し、本や資料を求めて来館する視覚障害者の便宜を図るようにした。

 3階には、大会議室(ホール)、多目的室などを設け、さまざまな会議等に利用できるようにした。ところが、本館の完成に引き続き、第2期工事として残った別館の建て直しをするため、ホールには仮の書架を設置せざるを得なくなってしまった。結局ほぼ2年先に新別館が完成するまで、人数の多い集会には利用できない状況なのである。

 4階は、大(1)・中(2)スタジオ、ボランティア用の小スタジオが15室並ぶ録音図書・雑誌製作部門が占めた。アナログ、デジタル双方の最新録音機を設備した大・中スタジオは、わが国でも一流の永田音響事務所のチェックに合格しており、もっぱら小さな放送局だという評判である。

 本体の設計は鈴木エドワード設計事務所、施工は大末建設だったが、建物で圧巻は、なんと言っても、コンクリートの打ちっぱなしの正面壁面に、3階の天井部分から1階の半ばまでずらりと下がったステンレスの鎖(約430本)である。一説によると、あるフランスの建築家が強い日光を避けるために考案した装飾の一部だというが、建築中の防護壁が取りはずされると、さっそく日点の前を通る人々の話題にのぼったようである。(写真2 新しくなった「にってん」 略)。

 なんのための鎖なのかについて、「風が吹くと音がして、視覚障害者に図書館の位置がわかるようにしたのだろう」といううがった見方から、「工事が終ったら取りはずすのだろう」とわけのわからないものまで憶測が飛び交っていた。

 1階のロビーには、彫刻家安田侃氏が製作した大理石の抽象造形が置かれたが、国が建てる建物のモデルにしたかったようで、ゆとりのあるデザインを重視した節がある。それはそれでよかったのだが、空調などの機械室を建物内に設置しなければならないということで、「屋上に置いてほしい」という願いも空しく、2階、3階の大事なスペースを占領されてしまった。また、予算が少なすぎるという理由で、地下室の設置が認められなかったことと併せて、いささか心残りのある本館になったことも確かである。

●個人対応のサービスを重視

 点字図書館は、法律的には身体障害者福祉法の中の視聴覚障害者情報提供施設である。設置基準に合致したものを、厚生省が認可すると人件費がつくこともあって、昭和40年代には、全国に点字図書館が一気に増加した。その後、多くなりすぎたという判断があったのか認可がなかなかおりなくなったが、現在、人件費の補助を受けている点字図書館は71館にものぼっている。

 サービスの対象を道府県内に限っている館が多いが、それにしても、この狭いわが国で、これだけの図書館が同じようなサービスをする必要があるのかという論議が起こるのは当然であろう。特に、福祉施策の権限が、国から都道府県に大幅に移行してからは、点字図書館のあり方について疑問の声があがっていた。

 平成6年に刊行された『視覚障害者に対する文字情報サービスの現状と課題』で、「…これからの文字情報サービスの中で、どんな役割を果たすべきかを明確に自覚すべきであろう。行政改革が叫ばれている昨今、人件費の心配がないからといって、ただ漫然と図書館サービスをしているだけでは許されないときがやってくるに違いないからである」と私は指摘したが、今ではさらに問題視する傾向が強まってきている。

 日本盲人社会福祉施設協議会点字図書館部会の名称も、「情報サービス部会」と改称することが議論になっているが、今後さらに地域に住む視覚障害者の生活全般に直結る情報提供等を主体とする施設に変貌する可能性がある。

 そうした状況をふまえ、日点でも視覚障害者個人に対するサービスを充実させていきたいと考えており、新本館2階に設けた対面朗読室を利用して、これまでは実施していなかった対面朗読サービスを始めることにしている。

 ただ、一般的な対面朗読は、都内の公共図書館でかなり行われているので、日点では専門図書に限定したサービスを行うことにした。日点が養成したボランティアの中には、漢方等の東洋医学、理数、コンピュータ関係、楽譜、語学などについての専門知識をもった人が多数いるので、視覚障害者が点字でメモをとったり、耳で理解しやすいように読める技術を活用できる条件がそろっている。首都圏の視覚障害者は日点へは来慣れているので、このサービスを始めると利用者はたいへん多くなるだろうと予想している。

 もう一つは、通信ネットワークを介しての情報提供である。日本障害者リハビリテーション協会が発足させるノーマネットに日点コーナーを設置し、機関誌『にってんフォーラム』をはじめ、新収点字・録音図書情報、盲人用具情報などを登載していく予定である。

 さらに、日点は独自のデータ・ベース「ニット・プラス」を運用しており、NECの商用通信網PC-VANのCUGでアクセスできるようになっている(もちろん電話線を介しての直通でもよい)。

 こうした通信ネットワークには、自宅にパソコンを持っている視覚障害者なら、自宅にいたまま情報を手に入れることができるので、今後ますます利用者は増加していくものと思われる。したがって、この分野へも、なおいっそう力を注いでいきたいと考えている。

(たなかてつじ 日本点字図書館)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号) 52頁~55頁