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フォーラム'96

都市公的施設におけるピア・カウンセリングの実態調査

松原征男

ピア・カウンセリングの概要

 同じ障害をもつ仲間同士による相談活動は、同様な生活体験をもつことから、お互いの立場を理解しやすく、心を開いて気軽に家庭や社会生活上の悩みあるいは問題について相談できる特徴をもっている。この相談は近年、同障者相談あるいはピア・カウンセリング(peer counseling)と呼ばれ、民間障害者団体や一部の公的な障害者施設でも実施されるようになってきた。

 障害者のピア・カウンセリングの定義については、社会福祉の分野で小島蓉子は、「専門家を介せず、先輩格の障害者自らが、自己体験に基づいて問題をもつ者同士の相談に応じ、問題の解決を図ること」(『障害者福祉論』1989)とし、また、自立生活運動関係で中西正司は、「障害者の自立を援助すべく、障害者によって行われるカウンセリング」(文献1)、心理学の分野で福山清蔵は、「心理臨床家以外の人々によって行われるカウンセリング的援助活動」(文献2)としており、立場や分野によって定義は微妙に異なっている。これらの定義を勘案して、ここでは「専門家によらないで、共有する生活体験に基づき、障害者同士が行うカウンセリング的援助活動」として論を進めることとしたい。

 さて、この障害者のピア・カウンセリングの歴史は、アメリカにおいてアルコール中毒者の社会復帰を支援する活動としてスタートし、1970年代のアメリカで、自立生活センターの活動の基盤として発展してきた。

 我国では、1988年9月、ヒューマンケア協会主催の第1回ピア・カウンセリング集中講座により開始され、現在全国50数か所に設置をみている自立生活センターにおいて実施されている。

 一方、身体障害者福祉法に基づく1967年度からの「身体障害者相談員」などによる実践、あるいは公的障害者施設における障害別福祉相談活動等がある。

リハビリテーション等におけるピア・カウンセリングの位置づけ

 リハビリテーションに関して、国連の障害者に関する世界行動計画(1982)では「(略)各個人が自らの人生を変革していくための手段を提供していくこと(略)」とし、小島蓉子は、「人間の社会における尊厳と権利の構築であり、社会の人間に対する福祉的改造を志向する」(文献3)としている。

 一方、ノーマライゼーションに関して、W・ウルフェンスバーガーは「人々がつくべき他の役割や新しい価値のある役割が探しださなければならず、そうした役割をこなすために、何かがなされなければならない」(文献4)としている。

 これらは、障害者問題に対し、社会的な改造や改革、そして役割の創出を示唆していると理解できる。

 ところで、従来、公立障害者施設においては、ほとんどがその施設等に勤務する健常者によって障害者に対する各種の援助が行われてきた。そこでは、障害者は支援される存在であり、社会的改造や支援体制は、健常者の側の問題として受け止められていたといえる。

 これに対し、公的な施設において障害のある当事者によって、同じ障害のある者への支援が行われることは、リハビリテーションへの取り組みの新たな模索であり、また、障害者の社会的役割の創出および役割遂行の一環としての意義も大きいと考える。

本調査の目的

 公的な障害者施設におけるピア・カウンセリングの実施状況は、不明な部分が多いので、地域を限定してその実態を明らかにすることとした。

調査方法・対象等

 ピア・カウンセリング(同障者相談)活動の実施状況等について16項目からなる質問紙を、平成7年8月に東京都内の都・区市立障害者福祉施設(B型センター等)43か所へ郵送して回答を求めた。

調査の結果

 回答のあったのは34施設で、回収率は81.0%であった。

 「ピア・カウンセリングの実施状況」は、ピア・カウンセリングを現在実施している施設は9施設(26.5%)、実施していない施設は24施設(70.6%)、今後検討したいとの回答施設が1施設(2.9%)であった。

 「開始時期」については、昭和50年で、以降、昭和55年開始が1施設、他はここ10年以内に開始した比較的歴史の浅い施設が多い。また、相談の障害種別をみると、肢体不自由が8施設と最も多く、次いで視覚障害及び聴覚障害の7施設、知的障害の6施設と続いている(表1)。

表1 開始年月および現在の実施障害種別
施設 開始時期 肢体 内部 知的 視覚 聴覚 言語 精神 てんかん その他 領域数
S55/2            
S60/4        
S61/7              
H1/4        
H3/7            
H5/4                
H6/8        
H6/10      
S50/6      

実施領域数

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 「相談事業実施のきっかけ」では、在宅デイサービスの一環など行政の主導と考えられるものが5施設に対し、障害者団体からの要望が2施設である。

 「過去1年間の障害別相談員数・相談回数」は、表2に示すとおりである。相談員1人当たり相談回数は平均で11.9回となるが、聴覚・言語障害は、24.2回とかなり相談回数が多くなっている。

 なお、障害種別のうち知的障害については、当事者ではなく、保護者同士の相談である(表2)。

表2 障害別相談件数・相談員数
障害種別 実施機関数 相談回数 相談員数 1人当たり
平均
備考
肢体 197 23 8.6 件数未記入1施設
内部 4.0  
視覚 184 14 13.1  
聴・言 387 16 24.2  
知的 50 14 3.6 件数未記入1施設
精神 28 9.3  
その他 77 12.8  
合計 37 931 78 11.9  

 内容別の相談実績については、有効な回答は9施設中7施設であった。

 相談件数は、医療関係が110件と多く、医師等医療機関との関わり方や調整、他患者の回復状況を聞きたいなど、同じ障害をもった仲間の実態から問題の整理や治療、手術への判断を求めている事例が多い。また、精神・心理面、職業、法律・権利等については、いずれの障害種別においてもほぼまんべんなく相談がある(図)。

図 内容別相談実績

図 内容別相談実績

 「相談に当たる者の呼称」は、障害別相談員が4施設、福祉相談員、協力相談員、自立相談員が各1施設、ピア・カウンセラーが2施設となっている。

 「相談員の身分・報酬」をみると、嘱託1、委嘱3、非常勤職員2などで実態としては、非常勤である。報酬は、1回1,0600円を最高に、下は3,000円と幅広い。

 「相談員の採用方法」では、関係する障害者団体からの推薦7施設、実施施設の独自採用1などである。

 「PRの方法」では「宣伝活動をしていない」1施設を除いて、他の施設は、パンフレット、広報紙・報告書などの宣伝手段を活用している。

 「相談活動への評価」については、実施施設における相談の評価は、5施設が何らかの効果があるとするほうに評価しており、効果がないとするのが1施設である。また、経過を見て判断したいとする施設が3施設ある。

 以下、回答要旨を羅列する。

 「効果があるといえる」と回答した施設は、①月当たりに数十回の障害種別に相談日を設けている。②交通の便がよく、来談者がある程度ある。③かなりの実践歴がある。④経験豊富な相談員がいる。⑤時間をかけて悩みを聞いてくれる相談員がいる。

 「経過をみてから評価する」とした施設では、①来談者がほとんどいない。②来所が地理的に不便である。③開始まもなく、定着には時間がかかる。

 一方、「効果がない」とする施設は、「同障者相談のニーズが聞こえてこない」、「他の方面に力を入れており、こうした相談活動に勢力的に対応する余裕がない」等を理由としてあげている。

 実施していない施設では、①その存在が関係者に知られていない。②相談の実績や役割、有効性が十分明らかにされていない。③障害者側からの要望が聞こえてこない。また、行政当局も障害者のニーズを調査していないなど。

 これに対し、1施設では、実施施設等の様子を調査し、実施に向けて準備を進めている。

課題・考察

 この相談活動は、21年の歴史を数え、現在実施している9施設という数は、決して多い数とはいえないが、近年取り組みの輪が若干広がりをみせている。

 活動を開始するためには、障害者団体等からの要望、同障者相談活動を支える相談員の確保、相談活動を行うための経費や物理的環境をどのように整備するか等も重要な問題として絡んでいる。

 また、この相談は、相談員と相談者が同じ障害を基盤とした生活体験をもつということから、心を開いた本音の相談活動を展開でき、極めて具体的で質の高いアドバイスができるという点で、優れた要素をもっている。その反面、高い専門性が求められたり、豊富な知識や関連施設との連携プレーが求められたりする場合がある等、現状では多くの問題点も抱えている。

 今後の課題としては、相談員の研修(2施設)、同障者相談活動に関するPR(3施設)、同障者相談活動に関する制度面の明確な位置づけ(3施設)等が指摘されている。

 ピア・カウンセリングは、いわゆる専門家が行う相談活動ではないことを前提としたが、相談の内容は多岐にわたり、時には専門的知識や技術を要する課題も当然提示される。

 この相談活動を一層活性化させるためには、ピア・カウンセリングの独自性を見いだすことと、カウンセリング理論に裏打ちされた相談技術や課題解決に必要な情報の提供などある程度の専門的な研鑽が求められている。施設合同の研修会の開催や、公募方式による相談員の採用があってもよいと考えられる。

おわりに

 本調査により、都内公的障害者施設における実施内容の傾向はうかがえるものと考える。

 ピア・カウンセリングは急速な展開は考えられないものの、前述した相談実績から、障害をもつ当事者によるリハビリテーションへの参画と併せて障害者の社会的役割創出に役立つものであり、障害をもつ者による障害をもつ者への新しい分野のリハビリテーションを担い始めかけているといえよう。

(まつばらいさお 東京都障害者福祉会館)

参考文献 略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号) 63頁~67頁