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特集/災害時における対応

阪神・淡路大震災と知的障害者

横田 亮

 1995年1月17日早朝に襲ったマグニチュード7.2の直下型地震によって、神戸や阪神間には大地震は起こらないという「神話」は崩壊した。被害者の受けた物的、精神的な打撃は極めて大きく、知的障害者を抱える家庭でも、当然のことであるが非常に苦しい体験を強いられることになった。

 この地震によって被災地での育成会会員世帯の家屋のおおよそ10%が全・半壊し、死者は26名、うち9名は障害者本人であった。また、小規模作業所や生活ホーム、宿泊訓練ホームも被害を被った。これに対して、全国から温かい激励と共に多額の義援金が寄せられ、復興のための物心両面での大きな支えとなったことに深く感謝する次第である。

 被災した知的障害者とその家族の状況については、地震直後には被災各地の育成会でも十分に把握できない状態にあった。県育成会事務局も、直接被災状況を調査する力はなく、まことにもどかしくも辛い日が続いた。

1 被災に伴うさまざまな問題

 今回の地震は、厳寒期の早朝に主として大・中都市で起こったものであったが、災害発生の季節、時刻、場所のそれぞれが変われば今回よりもさらに甚大な被害も当然起こり得るし、それに比例して障害者が置かれる状況も今回よりもさらに悲惨なものになるであろう。

 この地震によって知的障害者とその家族の受けた被害の状況はさまざまで、「標準的」とか「典型的」というものがあるわけではないが、障害をもつ者を抱えているという家庭事情は、このような非常事態下では想像以上の苦しい状況を生じさせた。

1 避難所での生活の難しさ

 住居の被害が大きかった場合に、多くの親が最も頭を痛めたのは、避難場所のことであった。我が子の対人関係や習癖などを熟知しているがゆえに、初めから「一般の人達と一緒に避難所生活をすることは無理」と考えてしまう。まして、地震後の我が子の様子にかなりの変化が見られた場合にはなおさらのことである。この点では、知的障害の場合には障害の程度とはほとんど無関係で、程度が軽いから避難所生活ができるというものではない。実際、避難所に飛び込んではみたものの、すぐに出て行かざるを得ないこともあったようである。一般に知的障害者は協調性という点で難しいことがあるために、「障害者のための避難場所がほしい」という声が多いのは当然であろう。今後、行政でぜひ検討してほしい課題である。

2 被災による精神的な「後遺症」

 多くの場合、何らかの「後遺症」が見られたようである。一般的には情緒不安定気味となり、苛立ったり怯えたりして、1人でいることを嫌がったり怖がったりしたという。これは、直接には地震発生の瞬間に経験した恐怖によるものであろうし、震災によって通所施設や小規模作業所、学校などの閉鎖によって、それまでの規則的な日常生活が崩れたことにもよると考えられる。親のそばを2か月近くも離れようとしなかった例もあり、特に母親の負担が極めて苛酷なものになったようであった。

 このようなことから、「施設の緊急一時保護やショートステイやレスパイトケアを、もっと充実させてほしい」とか「在宅援助システムの確立を」という切実な声がある。

3 日常生活での問題

 多くの点では一般の被災者と同様の問題があったが、特に入浴については、男子の浴場では母親が入浴の介助をすることができないので、入浴サービスを受けたり、銭湯に行くことが難しかった例は少なからずあったようである。また、前述のようにそばを離れないために、どこに行くにも連れて行くか、人に頼まなければならないので動きにくかったという声も多かった。この他にも当事者でないと分からないようなことが、かなりあったであろうことは想像できる。

2 災害時の障害者支援のために

 今回の体験から、ハード面やソフト面での防災や救援・支援の体制・態勢づくりが各自治体で検討されている。その場合、今回のような規模の災害を想定すると、その対策は詳細で網羅的なものにならざるを得ないであろう。だが現実に大災害が発生すると、特にソフト面での「備え」のかなりのものは機能できなくなることが予想される。そこで、これだけはどうしても作動しなければならないと考えられるものを中核に据えた計画であることが望ましく、その中核の部分での障害者への救援・支援のあり方を行政と障害者とが共に考え合っていくことが必要である。

 救援・支援の基本は平時の中にある。災害対策計画の中に盛り込まれたものが、災害時に実際に動くためには、それらが平時の活動の延長上にあるものでなければならない。

 そのためにも、地域に障害者支援センターが設置されることが望まれる。このような施設が、日常的に障害者に必要な情報提供や相談事業、レスパイトケアサービスなどを行ったり、障害者の相互交流の場となっていれば、非常事態に対応する訓練の場ともなり、災害時にはここが障害者の避難場所になり得るであろう。また地域住民に対する啓発の場としても活用されるならば、地域で障害者を支援していく雰囲気が醸成され、災害時の地域住民による障害者への支援に役立つと考えられる。

 私達の育成会の運動は、すべての障害をもつ人達が、地域で1人の人間としてあたりまえに生活できるような社会の実現を目指している。そのためにも、今回の悲惨な災害を契機として、育成会自身のこれまでの活動の在り方や行政や地域との関係を再検討すること、また知的障害者をもつ家庭では家庭教育や、地域社会の中での在り方についても、あらためて考え直していくことが必要であろう。

(よこたりょう (財)兵庫県手をつなぐ育成会)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年9月号(第16巻 通巻182号) 21頁~22頁