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特集/新しい成年後見制度に向けて

成年後見制度の早期の実現と世話人の援助システムを

-知的障害者の立場から-

手塚 直樹

1 成年後見制度への思い

 最近のこと。60歳を少し過ぎたご主人が急逝され、32歳になる知的障害の息子をもつ母親が、怒りをもちながら困惑していました。ご主人が経営する工場の株と土地と財産を相続するにあたって、長年の専任税理士から「そのまま精神薄弱の子に相続させたら税理士の落度になる。禁治産者にしておきたい」と、禁治産者の申し立てを家庭裁判所にするように強く言われた、ということでした。「今は地域作業所に通っていますが、企業で働いた経験もあり、親子で頑張ってきたのに、父親が死んで相続の必要が起こった途端に、無能力者として戸籍に記載され、選挙権など公の権利が剥脱されることは納得できないし、かわいそう過ぎる」と言うのです。それを聞いていた重度の障害の子をもつ母親は「うちの子の場合は名前も書けないし、禁治産者になることは仕方のないこと」と言っていました。本人の知的能力の相違による受け止め方の違いですが、本人の意思とは無関係に禁治産者として全面的に権利が奪われることは、相当に無理な制度であるといえると思います。

2 問題点はどこにあるのか

 民法に定める禁治産・準禁治産制度は、本人の利益を保護することが本来の主旨であるのに、本人保護より第三者との取引関係の安定を重視することに偏り、本人の法律行為を画一的に奪い、選挙権をはじめ、社会生活全般にわたり百以上の法律において資格制限が規定されているといわれます。しかも日常生活の援助等、身上監護が希薄であり、さらに必要な場合の手続にも高額の経費が必要など、さまざまな問題をもっています。

 その中でも知的障害の立場からみた時に、保全された財産をいかに有効に使用していくか、この財産の使用について、日常生活の中で継続的な援助をしていくシステムがほとんどないことが、もっとも重要な課題になっています。

 身体障害者は行動上に障害があっても、自分の意思と判断で財産を有効に使用することができます。知的障害者は自分の意思と判断で適切に使用することが十分にはできにくいので、誰かに継続的に支えてもらうことが必要です。例えば「特別障害者扶養信託制度」を利用すると6000万円まで贈与税が非課税になり、定期的に金銭が本人口座等に振り込まれてきます。しかしそれを有効に使用しなければ、お金だけが使われないままに溜ってしまうことになります。

 したがって、知的障害者に対する成年後見制度への基本的な願いは、「地域の中で権利侵害にあうことなく安全な生活ができること、自分の財産を自分の意思で使用できること、そのための援助のシステムが確立していること」が、知的障害の立場からみたもっとも基本となる要望ということです。

 次に、禁治産・準禁治産宣告に至る手続上の問題が現実として存在しています。「申し立てをする権限のある人が少ない。鑑定医を見つけにくい、鑑定費用が高額である、禁治産宣告の審判期間が長い、適当な後見人、保佐人がみつけにくい」等です。鑑定費用は数十万円かかるともいわれています。禁治産宣告は全面的に権利を剥脱するということを決める以上、鑑定医や裁判所が慎重になり長期的にならざるを得ない、ということなのでしょう。もっと容易に手続ができるように改善していくことが必要です。

3 日常生活の中での世話人システムを

 現在の禁治産制度のもつ身上監護の不十分さを改善して、新しい成年後見制度の基本をつくる権利擁護の視点に立った継続的な援助システム、特に財産の適切な使用を援助していく世話人のシステムを、もっと強く望むのですが、そのイメージは次のようです。

 全国に先がけて東京都が1991年10月に開設した知的障害者等の「権利擁護センターすてっぷ」では、日常生活の中で権利擁護が継続できるように、身近な世話人として、一定の研修を終了した人を「生活アシスタント」として約90人委嘱しています。具体的な援助が必要な場合は、本人の希望に基づく選択によって生活アシスタントを決め、センターの指示によって具体的な援助を行っていきます。このことは日常の生活の中で、知的障害者の財産が侵害されることを防ぎ、本人のために有効に使用されることを保障するうえで、もっとも基本となるものです。こうした日常生活の中での具体的な援助を専門機関の指示のもとに継続していく世話人が必要であるということです。

4 成年後見制度の早期実現を

 保護者の高齢化の中で、相続や財産管理等の問題はますます大きくなってきています。権利擁護センターすてっぷが、95年度中に受けた弁護士等による専門相談の約60%は相続・財産管理等の相談です。その中には禁治産・準禁治産にかかわる問題も少なくありません。無能力者として全面管理にするという現行制度を一日も早く改善し、本人の必要な範囲での権利擁護、特に財産管理や日常生活の中で支援を行う「成年後見制度」を実現して欲しいと思います。

 法務省の「法制審議会」は、禁治産制度の見直しと新たな成年後見制度の検討を95年6月に開始しました。しかしその後、検討結果も今後の日程も発表されていません。昨年12月に政府が策定した「障害者プラン」の中に「成年後見制度」の検討が明示されています。知的障害という障害特性に十分に留意した「成年後見制度」が早期に実現することを強く願っています。

(てづかなおき 全日本手をつなぐ育成会・東京都権利擁護センター権利擁護委員)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 11頁~12頁