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特集/新しい成年後見制度に向けて

血の通った「成年後見制度」に期待する

北浦 雅子

 重症心身障害児者は、体が不自由なうえに知恵も遅れ、言葉も言えない子どもたちです。たとえ20歳をこえ成人に達しても、自分の意思の表現はかすかなもので、自分の意思と無関係に他人に自分の運命をゆだねなければなりません。

 重症児をもつ親の私たちは「どんなに障害が重くても、この子の命を守りぬきたい」と願っています。しかし親の高齢化もあり、またよりよい生活の追求という観点から、近年、子どもが成人になり親権が喪失した場合の身上監護権や年金等の管理、親亡き後など、重症者を法的にどう守っていくのかを親たちも真剣に考えるようになりました。

 私の次男は生後7か月目に接種した種痘がもとで脳炎を起こし、その後遺症で重症児となり今年50歳を迎えますが、現在は重症心身障害児施設で職員の温かい看護のもと元気に過ごしております。彼は30歳で水を飲み、40歳で寝返りをうち、50歳を目前に左手でなぐり描きをするまでに成長しました。

 昭和53年、主人が亡くなり相続の問題もあり、やむなく禁治産者の申請をし、私が後見人となりましたが、障害があるがゆえに禁治産の宣告を受け、戸籍にも記載されることは親としてつらいことでした。これ以外に方法がないとはいえ、息子に申しわけないことをしたという気持ちがぬぐいきれません。しかし子どもの財産は第三者から侵害を受けることなく守られているという一面はあります。

 禁治産、準禁治産の制度は明治32年から今日までほとんど改正なしで、戸籍上に記載されること、手続の煩雑さ、費用等の点から利用しにくいと、親の間では話し合っています。

 また、親亡き後の問題としては、わが家では長男が後見人になることとしていますが、仕事の都合で身近にいられるという保障はなく、ことに兄弟がいない重症者の場合は、財産管理、身上監護はもちろんのこと、施設への面会、奉仕、外泊時など、悩みは多くまた深刻です。

 こうしたことから、重症児者が一生安心して生きていくことを願い、私たちの会では人権侵害も含め勉強会をしたり研究会に参加したりしてきました。

 昭和59年から4年間、厚生省の心身障害研究として「重症心身障害児(者)法的問題研究」に本会から委員として参加し、弁護士、施設の先生方とともに、基本的人権をめぐって、意思能力、行為能力に乏しい重症心身障害を伴う成人(重症者)の法的・制度的問題を具体的な事例を取り上げながら検討しました。

 この研究会で指摘された事例を列挙してみますと、

・本人の意思を代弁していると主張するボランティアの介在による問題

・親亡き後の在宅重症者の具体的な療育の心配。親亡き後の施設入所者について親に代わる立場でその利益を護ってくれる人や機関の必要性

・親の死後、重症者の世話をすることを条件に他の子に遺産を残してその履行を確保する方法はあるか

・親が重症者に遺した財産や、本人の年金等を本人のために管理運用してくれる人、機関がほしい。場所によっては重症者の親族の恣意的処分から護りたい

・長期施設入所者が死亡すると、それまで全く音信なく面会にも来なかった親兄弟が突然現れて、年金等をそっくり相続するが釈然としないものがある。

・後見人の財産管理がおかしいと思う時、施設長らのとるべきあるいはとれる方法はなにか

などです。

 この研究では、重度の知的障害者や重症心身障害者を守る何らかの法律の制定と第三者機関設置の必要性が指摘されました。ただし、第三者機関設置については重症者の場合、「機関への依頼の手続きは誰がどのような方法で」また、「これを行うに際しての意思決定は誰の手により、どのような公的手段を用いるか」の問題もあわせ指摘しています。しかしながら結論としては、禁治産による後見人以外に現状では考えられないとのことでした。

 平成5年2月に厚生省の「精神薄弱者等の財産管理に関する研究会」(座長・田山輝明 早稲田大学教授)が発足し、私も委員として参加させていただいておりますが、昨年8月に出された報告書では、上記の問題に対し「成年後見制度」の導入を提唱しております。

 具体的には「財産管理指導者」(仮称)の選任を行い、第三者機関を都道府県ごとに社会福祉法人や公益法人で組織し、そこに登録した「指導者」は行政機関の監督のもと財産の管理・利用を助言し、定期的に弁護士・後任会計士に報告する……等がその内容で、私たちはこのような制度の一日も早い実現を願うものです。

 たとえ障害が重くても基本的な人権が尊重されること。これを理念として、親亡き後、単に年金などの財産を守る、管理する、というだけでなく、子どもたちが本当に幸せな生活を送れるように生かして使う、例えば子どもの必要なものを買って面会に行く、運動会などの行事に行く、といったきめこまかな対応をしていただけるような、財産管理と身上監護の両面から重症者が安心して生きていくことのできるシステムの実現を、私は願っているのです。これこそ血の通った「成年後見制度」といえるのではないでしょうか。

(きたうらまさこ 社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 15頁~16頁