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特集/新しい成年後見制度に向けて

相談機関の立場から

鈴木 修一

1 「権利擁護センターすてっぷ」について

 権利擁護センターすてっぷの正式名称は「東京知的障害者・痴呆性高齢者権利擁護センター」といい、全国初の知的障害者及び痴呆性高齢者のための権利擁護機関として平成3年11月に設立されたものであり、「権利擁護センターすてっぷ」はその愛称である(以下、「すてっぷ」と呼ぶ)。

 「すてっぷ」は、東京都が運営費を拠出して東京都社会福祉協議会によって運営され、知的障害者や痴呆性高齢者の法律専門相談や生活専門相談、権利侵害の調査、日常生活の援助、啓蒙活動などを行っている。また、相談事例の中には弁護士による援助を必要とするケースもあることから、弁護士会などに協力を求め平成8年2月より弁護士紹介制度をスタートさせている。

2 「すてっぷ」の専門相談の特色

 現在、「すてっぷ」の法律専門相談は弁護士10人が、生活専門相談は福祉分野の専門家9人が交替で担当しており、「すてっぷ」の設立から平成8年3月末日までに、知的障害者については788件、痴呆性高齢者については244件の専門相談を実施した。

 専門相談は予約制で、専門相談員が受付の段階で作成された受付表により事案の概要をつかんで相談に臨み、1件の相談時間も1時間30分程度とゆとりをもたせて、きめ細かい助言が行えるように配慮されている(なお相談料は無料である)。

 弁護士会などが行っている一般の法律相談には紛争の当事者本人が出向くのが通常であるが、「すてっぷ」の場合には知的障害者及び痴呆性高齢者本人(以下、本人という)ではなく、本人の親族とか本人の世話をしている福祉関係者や本人が入所している施設関係者が相談に来ることが多い。もちろん大多数は本人の権利擁護を目的として助言を求めにやって来るのであるが、中には相談者自身の権利の実現を目的として来訪する者もいないではない。例えば、本人が高齢者で相談者が親族の場合、本人の資産等をめぐって親族間の対立があることが多く、このような場合、相談員としては冷静に相談者の意図を感じとり客観的な対応をしないと、親族間の紛争に巻き込まれることになりかねない。このような相談事例を見るにつけ、知的障害者及び痴呆性高齢者の権利が侵害されやすく、同時にこれらの人々の権利擁護が容易ではないことを痛感する。

3 相談事例からみた現行制度の問題点

(1) 知的障害者の場合

 知的障害者をもつ親から「親亡き後の財産管理」について相談を受けることが多い。例えば、本人は施設に入っているので親亡き後も施設において監護を受けられるが、管理能力のない本人が相続した財産をどのように管理したらよいか悩んで相談に来るのである。

 現行法上では、特定贈与信託という制度があり、これは親が生前に財産を信託銀行に信託し、本人は定期的に信託銀行から金銭を受け取るというもので、6000万円まで贈与税がかからないというメリットもある。しかし、これを利用したとしても本人が給付された金銭を管理できなければ、本人のために管理をする人が必要になってくる。本人が軽度の知的障害者の場合は、本人の意思で入所している施設にその管理の依頼をすることが可能なケースもあるが、重度の場合は施設が事実上管理するか、特定贈与信託を利用せず確実な方法として禁治産宣告を受け後見人に財産管理を委ねることになろう。いずれにしても、特定贈与信託は本人のために金銭を管理・消費してくれる援助者がいてこそ知的障害者にとって有効な制度であり、現状では利用範囲が限定されるであろう。

 施設入所中の本人に支払われる障害基礎年金を父親が管理し、これを父親ら家族の生活費にあて、本人にはほとんど送金されていないというケースがあった。相談に来た福祉事務所と施設の職員には、父親と話し合って年金管理の方法を是正してはどうかと助言したが、父親は説得に応じなかったようである。本人の財産管理を行う法的権限をもたない施設としては、この程度の対応しかできないのが現状であり、不正行為をやめさせるために(準)禁治産宣告を利用する方法もあるが、福祉機関には申立権がなくこの方法も利用できない。

 福祉作業所に通う本人の父が死亡し、その遺産の中古車1台の名義変更をするために印鑑登録手続をとろうとしたところ、本人の意思の確認がとれないとして登録を断わられたという事例があった。禁治産宣告を受け、後見人を付ければ問題なく処理できるとは思うが、中古車1台の名義変更をするだけの目的で禁治産宣告により本人の行為能力をすべて奪ってしまう必要があるのかという疑問があるし、禁治産宣告に至るまでの時間と費用の点からも明らかに見合わない。わずかな額の遺産分割協議を行う場合なども同様の問題がある。このような継続的でなく1回限りの問題を処理する場合には、簡易な手続でかつ安い費用で後見人が付けられるような制度が必要だと思う。

(2) (痴呆性)高齢者の場合

 昭和58年に中野区が高齢者に対する財産保全サービスを始め、その後これに追随して都内の他の区や市でも同様のサービスを開始し、現在14の区市で行われている。現金等の管理、預貯金の出し入れ、公共料金の支払い等がサービスの内容であるが、いずれの事業主体も契約時に申込者の意思が確認できることが条件であり、意思が確認できなければサービスを受けることができない。平成7年10月に品川区が始めた「財産保全・管理サービス」は、意思能力を失った後も契約を続行する特約をしておくと、一生サービスを受けられるというシステムを導入したが、契約時には意思能力のあることがサービス利用の条件であることは他の事業主体と同様である。したがって、意思能力のない、またはこれが低下した高齢者の財産管理は、(準)禁治産制度に頼らざるを得ない。

 しかし、「すてっぷ」の相談の中で(準)禁治産宣告を利用するのが適当だとしてこれを勧めるケースはあまり多くない。その理由はいくつかあるが、宣告を受ける目的と宣告を受けるために投ずる費用と時間が見合わないことのほか、申立人がいない場合もあるし、申立人がいても申立ての意思がないというケースもある。また、老人ホームや民生委員、福祉事務所の職員等がボランティア精神で本人の預貯金の出し入れや生活費の支払いを代行してくれていることが多いので、この場合は引き続きこれらの人たちに援助を頼むほうが実際的だという理由もある。

 ところが、それらの施設や福祉関係者には本人の財産を管理する法的権限が与えられていないので、ともすれば周囲から本人の金銭を不正に流用しているのではないかと疑いの目を向けられ、嫌になって管理をやめてしまう人もいるし、負担になり自分では手に負えないといって相談に来る人もいる。これが「ボランティア奉仕」の限界であり、本人に身近な存在である施設や福祉関係者に財産管理の権限ないし代理権(といっても日常生活に必要な金銭の管理に限定されるであろう)が全く与えられていない点に問題があるように思う。

(4) 成年後見制度に期待すること

 現行の(準)禁治産制度は、本人の行為能力を剥奪ないし制限するところから出発し、(準)禁治産宣告により失った本人の能力を後見人または保佐人が補充するという仕組みになっている。しかし重要なことは、本人の行為能力を奪うことではなく、本人が必要としているサービスをどのような形で援助するかである。意思能力がないという人の中でもその程度は段階的で差があるはずであり、援助を求める事務の範囲もそれぞれ異なるのが普通である。そうだとすれば、裁判所は本人が必要とする範囲を決めて後見人にその限度で本人の支援を命ずるのが合理的であり、後見人に従来のような広汎な代理権を与える必要はないと思う。そして後見人の選任は本人の行為能力の剥奪を伴わないものとし、意思能力の判定は本人が必要とする事務との関連で合目的かつ柔軟に行えば、従来よりも安価で簡易な方法で能力判定が可能になるのではなかろうか。

 また成年後見制度を裁判所が関与する後見人制度に一元化して、すべてを裁判所に持ち込む必要はない。チェック機関と意思能力判定機関をどうするかという問題はあるが、例えば水道光熱費の支払いとか日常の生活費を預金から払戻すといった簡易で定型的な事務については、市町村等の自治体が支援するというシステムも有用ではないかと思われる。

 前述したように、現行制度が実情に対応できていないことは間違いない。知的障害者及び痴呆性高齢者の立場に立ち、安価で利用しやすい成年後見制度が制定されることを期待したい。

(すずきしゅういち 権利擁護センターすてっぷ法律相談員・弁護士)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 17頁~19頁