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特集/新しい成年後見制度に向けて

家庭裁判所の後見監督活動の紹介と成年後見制度の展望

寺戸由紀子

 家庭裁判所が、禁治産者や未成年者の後見人の事務を監督する活動をしていることをご存じでない方は案外多いのではないかと思う。私は家庭裁判所調査官として長年後見監督業務にたずさわってきたので、現実の後見監督活動を紹介し、私が感じている問題点等を若干述べてみたい。

1 家庭裁判所の後見監督活動

 家庭裁判所で行う後見監督は一ケースごとに事件として扱われる。例えば痴呆症状を示している高齢者に対して親族から禁治産宣告の申立てがなされたとしよう。家庭裁判所は、医師の鑑定を経て相当と思われれば禁治産宣告をする。その場合、本人に配偶者がいれば配偶者が後見人になるが、いなければ親族等からの後見人選任の申立てによって本人の身上監護と財産管理をする上でもっとも適当と思われる人を後見人に選任する。後見人は、就職と同時に被後見人の財産管理権・処分権・被後見人の行為の取消権をもつと同時に被後見人の療養看護に努めなければならないから、強大な権限と広範囲な義務を負うことになる(注1)。

 さて、民法は後見人の事務を監督する後見監督人を選任することを認めているが、申立ては少ない。監督人がいない場合、家庭裁判所は、いつでも後見人に対して後見事務の報告や財産目録の提出を求めたり、財産状況の調査をすることができる(民法863条)とされており、最初に述べたように後見監督処分事件を立件して活動を開始する。

 通常、家庭裁判所の事件は申立てによって審理が開始されるが、後見監督事件はほとんどが職権で立件されている。それは後見人選任事件の調査過程で担当調査官がケースの背景にある紛争や問題点に気づき、家事審判官に監督・調査(調整活動を含む)の必要性がある旨の意見を述べることによって監督命令が出されるからである。

 現在多くの家庭裁判所では、後見監督業務が適切かつ迅速に行われるように、調査官が調査の段階から後見人候補者に対して助言・指導を行っている。後見人候補者は、その業務の重要性や継続性についてあまり知らない人が多いので、職務のポイントについて、あるいは緊急に実行しなければならない仕事についてケースワーク的な援助をすることによって被後見人の資産を守り、親族間の紛争を未然に防ぐことができたケースは私個人の経験でも数多くある。

後見監督の初期段階

 後見人は、まず被後見人が日常生活をする住居あるいは病院を定め、その費用の支出計画や外出の範囲や予算を決めるが、病院・福祉機関・親族等の考え方が違い、後見人が迷う場合、調査官は助言したり調整役を務めたりする。また、後見人は被後見人の財産調査をしてその目録を作成することが重要な仕事だが、これを億劫がったりどんぶり勘定ですまそうとする人は案外多い。被後見人の年金その他の収入を後見人名義口座に入れてしまったり、被後見人の資産を寸借したりする人もいる。このような行為は被後見人の生活を脅かすのみならず、後で親族間の紛争を起こす原因ともなるので調査官は最初に資産収入を確認して後見人の責任を自覚してもらうとともに金銭管理についての助言も行う。

中期段階

 調査官は、定期的に後見人から報告を聞き、不適切な点が発見されると説明を求め、修正を助言したりする。よくみられる問題は、被後見人が入院して家が空き家になると、管理が大変なので人に貸し、賃料を後見人がふところに入れてしまったり、被後見人の資産を増やそうとして失敗したりすることである。これらは必ずしも悪意でなされたとは言いきれないこともあるが、元の状態に戻すよう指示したり、一定期間後の返済を誓約させたりする。また、被後見人の病状に変化があったりすると、後見人の看護方針に不満をもつ親族が、病院を変えたいとか、引き取りたいと言いだして紛争になることがある。そのような時、調査官は中立の立場で状況調査を行い、後見人を支えたり、調整を図ったりするが、紛争が収まらない時は親族間紛争調整の調停申立てをさせて解決を図ることもある。

終期段階

 被後見人が亡くなると後見は終了する。調査官は後見人に資産管理計算書を提出してもらい、点検して不適切な点がなければそれを受理し、後見人が報酬を希望する時はその手続きを勧めて監督を終了する。監督中に提出された後見人の資産管理に関する報告書や調査官の経過報告書は報酬額決定の際の重要な資料となるわけである。

 被後見人の葬儀や遺産相続の問題は相続人が協議をして決めることだが、しばしば後見人は相続人の一人であるために、葬儀の費用支出・墓の建立・祭祀承継者の指定・遺産分割協議等が終了するまで相続人代表のようなかたちで活動せざるを得ないことが多い。たいてい相続人や親族は後見人の長年の尽力に感謝するが、遺産の内容等について疑問をもつ人がいたり、後見人の過去の活動に納得がいかない人がいる場合、調査官は従来の経過を補充説明して誤解を生じないよう後見人を援助して終了する場合もある。

2 成年後見制度創設について思うこと

-制度を支える組織と人材確保の重要性-

 禁治産制度ができた当時、現在のように多数の痴呆症状を示す高齢者の存在を誰も想像しなかっただろう。老いの程度は一様ではなく、誰もが心神喪失の常況に至るわけではないことはもちろんだが、人間としての包括的な能力が一部分あるいは少しずつ減退していくことは否めない。

 このような高齢者を保護していくには、現在の後見制度のみでは不十分である。家庭裁判所は申立てがなければ活動できないし、かなり重度の痴呆症状を示す高齢者でなければ、医師は禁治産相当の意見を述べない。禁治産宣告をされた人は戸籍にその旨を記され、財産上の行為は一切できないし、選挙権もなくなってしまうからである。

 また、鑑定費用がおよそ30万円かかるので、特別の必要が生じた場合しか利用されないのが現状である。したがって、一人暮らしの高齢者が詐欺・横領の被害者になるのではないかと周囲の人がはらはらしても手の打ちようがなかったり、高齢者が思いつきで遺言を書いたり、親切そうな人と養子縁組をしたりしてもこれを未然に防ぐことができず、後で調停で争うケースを私はたくさんみてきた。したがって、禁治産制度の硬直性が改善されない限り、高齢者をきめ細かく保護していくことはできない。

 現在期待されている成年後見制度は、高齢者の自己決定権を尊重しつつ、公的機関による高齢者の意思能力の早期補充を目指しているようにみえる。そのために専門家による安価かつ迅速・的確な鑑定制度を設け、高齢者の意思能力の程度によって後見人の権限の範囲を定めること等が提唱されている(注2)。

 このような弾力的な制度は高齢者のニーズに応えるものであろうが、大切な課題はその運用を支える組織と人材が確保できるかということである。援助を必要とする高齢者の激増を考えると現在の鑑定医の数、家庭裁判所の規模と人員では到底まかなえないと考えられる。専門家を増員するか、専門機関をつくることを考えなければなるまい。

 次に気になるのは後見人候補者確保の問題である。たくさんのケースをみてきた者として、後見人の仕事は実に労力を要するという印象が強い。痴呆高齢者の後見人は、まず財産の保全・活用に神経を使う。不動産会社・銀行・証券会社等との交渉には緻密さ・ねばり強さが要求される。もしも不審な点が発見されれば解明しなければならない。不動産や先祖の墓が遠方にあって、争いごとがあればその地まで出向いて関係者と折衝する必要も出てくるから、機動力・調整能力も必要だ。そして何よりも高齢者の福祉を考えて資産収入に見合った、より快適な環境を整備することが主要な業務である。

 このような多岐にわたる業務を考えると、後見人になることも誰もがしりごみしがちで、結局は子・孫・兄弟姉妹等が不本意ながら承知することが多いが、消極的にしか活動しない。また親族間に争いがある場合、そのうちの一人を後見人にしにくい場合が多々ある。そのような場合、家庭裁判所では、弁護士を後見人に選任し、当面の問題を解決してもらい、あらためて親族の一人を後見人に選任しなおして、監督を続ける方法をとったりしているが、弁護士は多忙であり、長期間後見業務を続けることは一般的に不可能である。

 そこで最近、家庭裁判所業務に精進し、資産調査のみならず家庭紛争調整のベテランである調査官OB・OGで組織されている社団法人家庭問題情報センター(注3)に家庭裁判所から後見人斡旋依頼が出るようになった。元調査官はその経験を生かして中立な後見人として活動をし始めている。

 成年後見制度案の中には、財産管理後見人と身上監護後見人を分ける案とか、個人ばかりでなく法人や公的機関を後見人に選任する案も出ている。後見業務の内容が多岐にわたりかつ長期間続くとすればこのような柔軟な対応も考えるべきだろう。ともかく、法律・福祉分野の実務家からなる後見人候補者群の確保とそれらの人々によるさまざまな試行・実践を積み重ねることの重要さを痛感するこの頃である。現在の制度の不備を実感した人々の提案こそ新しい後見制度実現のための強力な原動力になるであろうから。

(てらどゆきこ 家庭問題情報センター)

〈注〉
(1) 民法838条-876条参照
(2) 例えば、野田愛子『成年後見制度の展望』ジュリスト1059号・1995年
(3) 通称FPIC。家庭問題・紛争全般についての相談・カウンセリング・ケースワーク活動等を幅広く行っている。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 20頁~22頁