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特集/新しい成年後見制度に向けて

ドイツの世話法

田山 輝明

はじめに

 ドイツの世話法は、1990年9月に制定され、92年1月1日に施行された。新法は、意思能力の不十分な人のための後見人(日本民法の後見人に類似)と視聴覚障害者等のための障害監護者制度(日本にはない制度)を統一し、新しい世話人制度を創設した。

1 被世話人の範囲と実態

 該当するのは、心神的疾病(身体的原因を有さない精神疾患、病気もしくは身体的損傷等に起因する精神疾患の結果としての精神障害、依存症、ノイローゼもしくは精神病質)、または身体的障害、精神的障害(先天的にまたは幼児期に得たさまざまな知能障害)もしくは心因的障害(心神疾病の結果として発生した心神的侵害の後遺症)により、自己の事務の全部または一部を処理できない成人である。

 今後、新法の適用対象者の一定部分を占めるのは世話を必要とする老人である。全人口における老人の割合は将来において著しく高まると推定されており、多くの者が、人生の最後の節目において他人の援助を受けることになると思われる。

2 行為能力剥奪宣告の廃止

 宣告によって行為能力(契約等を有効になしうる資格)を剥奪されることは原則としてなくなった。法的取引に必要な精神的判断能力(意思能力)を有する者は、被世話人であっても売買契約などの法律行為を行い、結婚や遺言をすることができる。被世話人が法律行為により自分自身またはその財産を危険に陥れる著しい危険のある例外的な事項についてのみ、裁判所は、契約等に際して世話人の同意を得ることを要件とすることができる。指定された事項については、世話人の同意を得た場合にのみ法的に有効な意思表示が可能となる(ただし、婚姻と遺言等については同意権による制限は不可)。世話人の任命が被世話人の選挙権に影響を与えることは原則としてない。

3 必要性の原則

 本人の権利への干渉はそれが必要な限度においてのみ許されるという原則が、世話法全体を貫徹している。世話人には、本人が援助を必要としている生活の範囲が権限として指示され、かつ世話の存続期間は必要な程度に限られている。

4 補充性の原則

 新法に基づく世話は、他の私的または公的援助に対して補充的なものである。配偶者、親族、慈善施設または公の機関による援助がすでに十分である場合には、本法による世話は不要である。

5 本人の希望

 本人が世話に関して希望を表明する場合には、本人の福祉に反することなくかつ本人にとって酷でない限り、世話人は、これに従う義務がある。相当な財産が存する場合には、世話人は被世話人の意思に反して「質素な」生活を強要してはならない。世話人の財産管理は、本人のために有効に消費する観点が重要だと考えられている。

6 世話人の選任

(1) 選任に関する原則

 世話人としては可能な限り個人が選任され、例外として、世話協会または役所(団体)が世話人として選任される。

(2) 本人の意思

 本人の提案した世話人候補者がすでにあり、かつこの者が世話を引き受けうる状況にある場合には、この点でも本人の希望が尊重される。ただし、本人の提案を実行するとその福祉に反するであろう場合には、例外として本人の意思に反する決定も許される。本人が一定の第三者を世話人として拒否した場合には、この意思も考慮される。あえてこの者を世話人に選任するには、特別な理由が必要である。

(3) 利益相反関係等に対する配慮

 世話人の候補者を本人が提案しない場合には、世話人の選任に当たっては、その成人の親族関係などの個人的な関係、特に両親、子どもおよび配偶者との関係が配慮され、さらに利益相反の関係に配慮しなければならない。例えば、本人が収容されもしくは居住している施設、ホームなどと従属関係またはその他の密接な関係にある者は、世話人に選任されてはならない。

7 個人的世話の強化

 世話人は被世話人と個人的コンタクトを求め、常に意思疎通をすべきである。書類上の財産管理のみを中心とする世話は、もはや許されない。その結果、従来よりも多くの世話人を必要とする。そのために、いくつかのネックが除去され、世話制度は魅力あるものとして創設された。すなわち、世話人は責任保険の費用の補填を受けることによって自費によらずに事故責任のリスクから免れることができる。世話人は被世話人の口座から後見裁判所の許可なくして五千マルクの金銭を引き出して支払に当てることができる。世話人の小額の費用(例えば市電の切符代、電話料金など)については、年額300マルクの限度で概算費用の補償を請求できる(1マルク=約70円)。

8 健康状態に対する配慮の強化

 個人的配慮としては、特に被世話人の健康と人格的自由に対する配慮が重要である。各世話人は、その職責の範囲内で、被世話人の病気や障害を除去・改善し、悪化を防止するように努力しなければならない。これについては、以下のような規定がおかれている。

(1) 健康状態の診察、治療行為、医師の干渉

 世話人は、被世話人の死亡(例えば心臓の手術のリスク)または長期間継続する重大な健康上の損害(例えば四肢の切断)といった具体的な危険が存在する措置については、後見裁判所の許可を得なければならない。

(2) 不妊手術

 次のような諸原則が定められている。(a)未成年者の不妊手術は絶対的に禁止。(b)強制的不妊手術も禁止。したがって精神的障害者の防衛に向けられた行動または意思表示があれば、それに反する侵襲行為は不許可。(c)精神的障害者の性を妨害するための強制手段を要求することは不許可。(d)医師の侵襲行為の意義と影響範囲を洞察できる者は、自己決定が原則。(e)不妊手術は、他の妥当な避妊手段によっては防止できない場合にのみ可能。(f)「侵襲」は、例えば、本人が出産後とうてい育児を行えないような場合に可能。(g)前記のような非常事態が耐えられる他の方法(妊娠中絶はこれに入らない)により回避することができる場合には、不妊手術は許されない。(h)これらの規定は、男性にも適用可能。(i)精神的障害者の不妊手術は、特別世話人(通常の世話人ではない)の同意ある場合にのみ許され、かつ世話人の同意には、さらに裁判所の許可が必要。(j)裁判所手続においては、法治国家的手続保障が本人のために与えられている(少なくとも2つの鑑定意見が必要であり、かつ、本人には手続保護者が付される)。

9 収容(措置入院)と類似措置

(1) 収容

 世話人は一定の要件のもとで、裁判所の許可を得て被世話人を閉鎖的施設(例えば精神病院)または施設の閉鎖的部分に収容することができる。収容は、民法により、それが被世話人の福祉にとって必要である限りにおいて、かつ次の要件のもとでのみ許される。①被世話人の精神病または精神もしくは心因的障害に基づいて、被世話人が自殺または著しい健康侵害を行う危険が存在する場合、または②健康状態の診察、治療または医師の侵襲が必要であるが、被世話人の収容なしにはそれを実施することができず、かつ被世話人が精神病または精神的もしくは心因的障害を理由とする収容の必要性を承認せず、またはその分別に基づいて行為することができない場合、である。

 上の二つの事由とも存在しない場合には、世話人は被世話人を収容させることはできない。特に、「教育的理由」による成年者の収容は不可能である。世話法は、公安を害する恐れのあることを理由とする収容権限を、世話人には認めていない。このような「警察法的」収容は、各州の収容法に従ってなされ、管轄官庁と裁判所の任務である。

(2) 裁判所の許可

 被世話人の自傷または診察ないし治療の必要性を理由とする収容は、後見裁判所の許可がある場合にのみ許される。

(3) 収容類似の措置

 施設、ホームまたはその他の設備に滞在している被世話人に対して、形式的には収容されていない場合であっても、機械設備、薬またはその他の方法で長期間にわたりまたは規則的に自由の剥奪がなされる場合(収容類似の措置)には、収容に関する法規制が適用される。例えば、夜間に家のドアが常に施錠されている場合、または病人を常にもしくは繰り返しベッドに固定している場合などが問題となる。

10 住居の解消

 住居の利用契約が解消されると、被世話人は、生活の拠点、慣れ親しんだ環境さらにはしばしば知人たちをも失うことになるから、被世話人の賃借住居に関する契約を解約するためには、世話人は後見裁判所の許可を得なければならない。

11 老後のための「遺言」

 老人は精神的に健全な時に、世話に関する処分(「老齢配慮『遺言』」という)によって「世話を必要とする場合を想定した指示」を行うことができる。例えば、世話人になるべき者、世話費用の使用方法、緊急の場合の入居老人ホームのあらかじめの指定などを行う。有効な「遺言」を行っても、後にこれを解消できる。

12 裁判所の手続

(1) 申請権者

 申請権を有するのは本人だけである。これにより、親族等が「世話」制度を濫用する可能性が防止されている。実際には、親族や関係者が世話の必要性を感じたら、裁判所に職権の発動を求める。したがって、申請権者を探すような事態は発生しない。

(2) 手続保護者

 これが本人の利益を守るために必要である場合には、裁判所は、手続のための保護者、例えば弁護士を本人のために任命する。

(3) 手続に関する教示

 裁判所は、本人が個々の審理手続において不意打ちを受けないために、本人に対して手続の始めにおいて今後の予想される経過について教示する。

(4) 個人的意見聴取

 世話人の任命または同意権留保の命令(「2行為能力剥奪宣告の廃止」参照)の前に、裁判所は、本人の意見を個人的に聴取し、本人の直接的な印象を獲得しなければならない。

(5) 親族およびその他の者の参加

 裁判所は、本人の配偶者、両親、養親および子どもに意見表明の機会を与えなければならない。本人もこれを申請することができる。

(6) 鑑定意見

 世話人の任命は、世話の必要性に関する専門家の鑑定意見がなされた後において初めて許される。例外的事例においてのみ医師の証明書で足りる。

(7) 最終面談

 意見聴取の結果、専門家の鑑定意見または医師の証明、権限範囲の限定の可能性および世話人の決定に関して、必要のあるときは、裁判官は再度本人と面談する。

(8) 収容手続

 世話人による被世話人の収容と州法による「警察法」的収容は、今後は、統一的な法治国家的な裁判手続に服する。(例えば、14歳以上の手続能力、必要な場合の手続保護者など)。

(9) 定期的再審査

 世話と同意権留保の必要性については、遅くとも5年に1度は裁判所によって審査される。収容は原則として毎年、明らかに長期の収容の必要性があるときは2年に1度、裁判所によって審査される。

(たやまてるあき 早稲田大学法学部)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年11月号(第16巻 通巻184号) 25頁~28頁