特集/時代が求める新しい創造活動
時代が求める障害をもつ人たちの創造活動とその可能性
播磨靖夫
個性をあらわにするアート
「障害もひとつの個性」という言葉が使われるようになったのは、確か10年、15年ぐらい前からではなかったか。わが国でも障害をもつ人たちの創造活動が活発になりだしたころと符合するように思う。
この言葉を好んで使っていたのは、創造活動をする障害をもつ人たちであったが、それに対して「そんなことはない」という反論も障害をもつ人たちからあったように記憶している。この言葉には創造活動をしている人たちの思い入れもこめられているが、あながちそれだけではない。アートはその人の個性をつくるのではなく、その人の個性をあらわにするからだ。
人間はだれしも生まれもった可能性を開花させたい、自己表現したいという願望をもっている。自分を表現したい、他人から認められたい、豊かなコミュニケーションをつくりたい、といった生の基本的欲求をもっている。しかし、これまで障害をもつ人たちは、そうした欲求を表現する力が弱いか、奪われてしまっているか、表現する術を知らないか、また、表現しても周囲に受けとめてもらえなかった経験をもっている。
「国連・障害者の十年」以来の障害をもつ人たちの環境の変化、例えば、一人ひとりの生をいきいきとしたものにする生活の質(QOL)の向上、一人ひとりのいのちを大事にしながら自己実現をめざす幸福追求権などが、新しい潮流となりはじめた。そのなかでアートにたずさわる能力は、障害のあるなしにかかわらず等しく与えられているということで、芸術文化活動に大きな関心が集まっている。また、社会参加の手段としても効果的であることが認識されつつある。
心の不思議なはたらき
障害をもつ人たちの創造活動といってもさまざまで、一概に論ずることはむずかしいが、できるかぎり普遍的に述べてみる。
人間はさまざまな可能性をもって生まれてくる。なかでも普通とは次元のちがう可能性をもっている人もいる。障害をもっている人たちのなかにも、心の宇宙を表現する特異な才能をもった人もいる。この特異な才能に見られるすごく面白い感覚は、私たち凡人を超えたものがあるが、だからといって、特別の存在というわけではない。むしろ、人間として本来あるべき可能性を暗示する、ありうべき人間の原像を示す存在と考えられる。
例えば、美しいものを見て心から感動できる人とそうでない人がいる。人間としてどちらが素晴らしいかというと、美しいものを見て幸せになれる人ではないだろうか。そして、そのときに起こる心の不思議なはたらきを自分の世界にとどめないで、想像力の世界にむけられる人が「アーティスト」になれるのだ。特別の人が「アーティスト」になれるのでなく、だれもが特別の「アーティスト」になれるのである。
障害をもつ人たちも何かのきっかけで生の欲求が表出し、枠組み(情報、素材、技法)を与えられることによって表現と変わっていく。深層心理学でいうところの、自我に対する無意識のようなもの、つまり深層で起こる心の不思議なはたらきによってつき動かされて表現するのである。
時代が求める新しいアート
このような心の不思議なはたらきによって創造されたアートは美しいが、時として過剰なまでの豊かさ、時として極端なまでのシンプルさで表現される。実は、この過剰さこそが障害をもつ人たちの表現の面白さでもある。このシンプルさこそが障害をもつ人たちの表現の魅力でもある。
このようなアートが見るものの心にやさしくふれてくるのはなぜか。そして、忘れていた何かがこみあげてくるのを感じさせるのはなぜか。それは、かつて存在し、今は失われてしまったものがあるからだ。この失われたものは、なお記憶のなかにとどまっているものもあれば、すでに無意識のうちに埋没してしまったものもある。それらを呼び覚ますような刺激にあうと、懐かしさをともなってよみがえってくるのである。
それらは私たちが近代化や社会化のプロセスで失ってしまったものといってもよい。だからこそ、私たちはそのようなアートに出会ったとき大いなる歓びを感じるのである。障害をもった人たちの創造活動は、それにふれる人たちの心の癒しにもなるのである。
私たちはいま「ABLE ART MOVEMENT」(可能性の芸術運動)を提唱している。生命の衰弱した現代社会に、いのちの躍動を与え、感性の復権をもたらす、生命をおりなす新しい芸術運動といってもいいだろう。その中心に障害をもつ人たちの創造活動をすえたいと考えている。時代が求めている新しいアートは、希望が得られる、元気のでるようなアートである。そのようなアートの担い手として障害をもつ人たちの創造活動が注目されている。それはまさに時代が求める新しいミッションでもある。
(はりまやすお (財)たんぽぽの家理事長)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年12月号(第16巻 通巻185号) 8頁~9頁