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特集/コンピュータネットワークの活用

インターネットアクセスをより快適に

-[VOICE NET]の可能性- 

湯浅幸洋

1 視覚障害者における情報アクセス環境

 文字・物質の形状・色・相対的な位置関係……これらは人が知識を蓄え、行動を起こすためには必須の「情報」ですが、視覚に障害をもつと、これらの一部もしくはすべてへのアクセスが絶たれます。特に文字情報は人間の「知」の記録と考えることができますから、アクセス不能状態は深刻な問題です。

 従来、文字情報は紙に記録されることが一般的でした。そのため、視覚障害者にアクセス可能なものとするためには「点訳」「朗読」といったメディアコンバート(注1)が必要でした。

 ところが、この状況は近年大きく変わってきています。文字情報が紙ではなく、電子的にコンピュータに記録されるようになりつつあるからです。電子化情報は加工次第でいろいろな形で利用できます。例えば機械的に読み上げさせる、機械的に点訳処理を施し、点字プリンタで印刷するなど……。メディアコンバート作業を大幅に自動化させることが可能となり、視覚障害者と情報の間の距離は限りなくゼロに近づきます。

 そして、今またさらに大きな変化が訪れつつあります。それがインターネットに代表される情報通信の利用です。特にインターネットは、実に数百万とも数千万ともいわれるコンピュータが世界規模で相互接続されていますから、ここにアクセスすることで視覚障害者は世界規模の「知」に触れることが可能となります。

2 「VOICE NET」の開発

 インターネット上には膨大な情報が存在しますが、アクセス環境が整備されていなければ視覚障害者は思うように活用することはできません。

 従来、視覚障害者にも利用できるアクセスツール(注2)はいくつか存在していましたが、多くは設定が面倒であったり、操作自体が複雑なものでした。また利用できる範囲も、電子メール、ネットニュースといった部分に限定されていました。

 その中で、最近のインターネットブームは、従来の利用環境を大きく変えつつあります。画像や音声をふんだんに取り入れたWWW(注3)は、その視聴覚効果とハイパーリンク(注4)による操作性によって、爆発的にユーザを増加させました。その結果、インターネット上の情報もWWWにシフトしています。簡単な環境設定、そしてWWWへのイージーアクセス、この二つが視覚障害者のインターネット利用環境整備においては必須となりつつあります。

 WWWといえば、とかく画像・音声というイメージが先行していますが、ここで用いられている情報のフォーマットはHTMLというものです。これは、普通のテキスト文章の中にTAG(注5)という埋め込みコマンドを記述して、画像の表示や表示文字の大きさ、他のページへのジャンプ(リンク)などを制御するものです。ですから、処理次第で、TAGを取り除いたきれいなテキストを表示することは可能です。

 MS-DOS(注6)のテキストベースでWWWを利用するソフトウエアとしてはDOS-LYNX(注7)というものがあります。米国では、MS-DOSの画面読み上げ環境を利用している視覚障害者のみならず、一般晴眼者の間でも動作が軽くハードウエア資産もあまり要求しないということで、利用者は多数存在しています。これと同様のものを日本語環境上で実現させ、なおかつ視覚障害者の音声環境にフィッティングさせれば、使いやすいWWWブラウザ(注8)は提供できるはずです。

 このようなことを実現するために、作業部分を秋田県秋田市内にあるソフトハウス「システムクリエイト」(社長・越前 享氏)に委託して「日本語MS-DOSベースのインターネットアクセスソフトVOICE NET」の開発に着手しました。

3 「VOICE NET」の概要

 「VOICE NET」が提供しているアプリケーション(注9)は、電子メールと、ファイル転送のためのFTP(注10)、それとWWWブラウザです。

 アプリケーション間の共通機能として、インターネット上を流れている各種の漢字コードを自動判別し、PC98上で一般に用いられているS-JISというコードに変換して表示する機能があります。また、視覚障害者が不安にならないように、処理待ちの時にはベル音を鳴らして「処理中」であることを知らせるようにしています。WWWブラウザでは、一度アクセスしたホームぺージ情報を自分のパソコンのハードディスクに記憶させておくキャッシュ(注11)機能、アクセス頻度の高いホームページのアドレスを記憶しておき、メニュー形式で選択できるブックマーク(注12)機能、余計な画面情報を一切削除して、リンク先のみをメニュー形式で表示する「リンク選択ウィンドウ」機能、ホームページ中に置いてある各種のファィルをダウンロード(注13)するFTP連動機能、そして、これは現在対応中なのですが、任意のホームページ情報をテキストファィルとして切り出す「ホームページ切り出し機能」もサポートします。

 おおむね一般的なインターネットアクセスソフトには標準装備されているものばかりですが、大きな特徴がひとつあります。それはNECのPC98シリーズのMS-DOS上で動作するという点です。これにより、視覚障害ユーザの大多数が所有するPC98がそのままインターネット利用インフラ(注14)となります。

 また、WWWでキャッシュに取り込んだ情報は、通信していない状態でも文書間のリンクが有効な状態で参照することができますから、簡単な読書ツール(注15)として利用することができます。つまり、目次のページから、読みたい所に自由自在にジャンプすることが可能となります。

 さらに、このソフトウエアは音声装置利用を念頭において開発していますが、同時に極力簡単に操作できるようにも配慮しています。プルダウンメニュー(注16)形式画面を基本にし、必要に応じてガイダンスが表示されるようにしてありますから、視覚障害者に限らず、パソコン初心者も簡単に使いこなせるはずです。

4 これからの可能性と課題

 企業におけるネットワークは、イントラネット(注17)という言葉に見られるように、社内ネットとインターネットとをシームレスにつなげる方向に向かっています。これは、企業内ネットの形がインターネットのそれと同様になるということですから、こうした企業内ネットでは「VOICE NET」は、そのまま利用することが可能になります。障害者が職場内において、情報から疎外されるケースは、これで解決できることになります。同様なことは、学校教育の現場においても言えます。学校内に張り巡らされたLAN(注18)に接続することで、学内の情報へのアクセスも容易になります。

 もちろん、課題もあります。「VOICE NET」は、まだまだインターネット資源を完璧に使い切るというところまでは至っていません。音声・画像情報をいかにして再現するのか、どこまで再現できるようにするのか、現在のところ一方的に情報受信しかできていないWWWブラウザにいかにして双方向性を与えていくか、課題は残されています。

 また、いくら端末側のソフトウエアを強化しても、そもそもの情報発信者側が、全面グラフィックスの画面表示を前提としていれば、全く対応できなくなってしまいます。米国で提唱されている「Accessible HTML」のようなガイドラインによって、情報発信サイドがあらゆる人間にアクセスできるような情報提供形態を整える必要があります。これらの課題をどのようにしてクリアしていくか、先はまだ長いです。

(ゆあさゆきひろ NEC北海道支社販売促進部)

〈注〉

(1)メディアコンバート=墨字を点字や朗読による音声のように、もとの情報形態(メディア)から別のものに変換すること。口でしゃべる言葉を手話で表現することなども含まれます。

(2)アクセスツール=情報源に接触し、必要な情報を得るための道具。ここでは、インターネットを利用するためのソフトウエアのこととして用いています。

(3)WWW=World Wide Webの略語。まるで蜘蛛の巣(Web)のように、世界中のコンピュータを通信回線で接続し、文字・音声・画像などのあらゆる情報を相互に変換する仕組み。今はインターネットの代名詞のようになっています。

(4)ハイパーリンク=違う場所にある文書情報や画像情報などに自由自在にジャンプして、、あたかもひとつの場所にそれらがあるように見せる仕組み。

(5)TAG=「荷札」の意。HTML文書中では、コンピュータに対する命令を書いている部分。

(6)MS-DOS=パソコンのOS。Windowsが流行するまでは、これが一般的でした。Windowsが画面の絵文字を見ながらマウスで操作するのに対し、MS-DOSは[コマンド]という命令をキーボードから入力して、パソコンを操作していました。

(7)DOS-LYNX=MS-DOSで動くパソコン上で利用できるインターネット利用ソフトウエア。「VOICE NET」開発のヒントとなりました。

(8)ブラウザ=表示ソフト。

(9)アプリケーション=いわゆるソフトウエアのこと。ここでは、ソフトウエアによって実現される[機能]のことを示しています。

(10)FTP=File Transfer Protocolのこと。ネットワーク上で、情報をタレ流しにするのではなくひと塊にしてやりとりすること。

(11)キャッシュ=インターネットから得た情報を、一時的に保管すること。

(12)ブックマーク(機能)=アドレス帳のようなものです。

(13)ダウンロード=自分の手元にあるコンピュータに、ネットワークから情報を取り込むこと。逆にネットワークに情報を送ることをアップロードと言います。

(14)インフラ=根っこになる基礎的な部分のこと。

(15)読書ツール=機械音読による、読書支援システムのこと。

(16)プルダウンメニュー=↑↓←→のキーだけで必要な操作を選択できるようにしたメニュー画面 。

(17)イントラネット=企業内ネットワークとインターネットとが融合したもの。インターネット利用感覚で、企業内ネットワークも利用できるようになります。

(18)LAN=Local Area Networkの略。オフィスや学校などで、複数のコンピュータを一本線で接続してしまい、お互いに情報交換ができるようにしたものです。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年2月号(第17巻 通巻187号) 19頁~21頁