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特集/障害のある人の介護を考える

今「介護とは何か」を問い返しながら

太田修平

 今、国会に「公的介護保険法案」が提出されている。高齢者を対象とした新しい介護制度の法案だが、この40年間、介護を手抜きに日常生活を考えることができなかった私にとっては、この法案の動向から目を離すことはできない。

 この2年の間に介護保険が急浮上し、新聞・テレビ等マスコミで、介護問題(正確には介護保険問題)がクローズアップされ、世論もそれなりに盛り上がりをみせた。しかし、それは、「介護とは何か」「何のための介護か」という本質的な問いかけがあまりなされないまま、財政論、制度論の立場で論議が繰り返されてきたように思う。つまり一方では、家族介護の限界にどう対応していくかという議論であり、もう一方は需要が伸びる一方の介護の財源をどのように保障していくかという議論である。当事者の生活のあり方については、二の次となっている傾向がある。しかも、高齢者の介護問題が中心に語られ、私のように高齢ではなく、幼い時または若い時からの障害者の介護問題については、あまり語られていないことに疑問を感じざるを得ない。

 これを機会に、介護という問題を根本的にとらえ直していく必要があるのではないか。ノーマライゼーションや「完全参加と平等」が障害者政策を進めるにあたってのバックボーンとなる思想となっている。このことを考えると、今までの介護のあり方が看護の延長線上にあったものであることを反省しなければならない。

 介護はそれを必要とする人たちの生命維持を目的とすればよい、あるいは生理的欲求のみを単に満たしさえすればよい、というものではない。外出や買い物、仕事、そしてレクリエーション活動など、障害をもつ人たちの社会的活動をサポートし、社会的役割が発揮できるように支援し、自己表現が可能となるような社会的サービスである必要がある。このことについては、今回の法案の基礎となった94年12月に出された高齢者介護自立支援システム研究会の報告の中では同じようなことが語られていたが、法案をみてみると、従来よりは多少の前進はみられるが、根本的な介護観は変わっていないように思える。

 介護のあり方については、ひとまずこのあたりにしておくとして、この2年間、介護保険が高齢者を対象とする制度として厚生省やその周辺で論議されてきたことに対して、障害当事者としてどのように考え、対応してきたかについて触れたい。

 高齢者を対象に介護保険が制度化されたら、介護サービスの面で、高齢者と高齢ではない障害者の間で格差がついてしまうのではないか、という不安や危惧をもたざるを得なかった。そこで、日本障害者協議会をはじめ多くの障害者団体は、この危機感をもとに、厚生省に要望書を提出、話し合いを重ねたのである。

 要望内容は、①高齢、若齢、その他の原因による障害をもつ人々に対して、必要な質と量の介護を平等に保障してください、②介護を必要とするすべての人々の介護制度の策定にあたり、当事者の意見・要望を十分に反映してください、の2点に代表される。

 これに対して「年齢によって介護の質と量について格差をつけることはしない」「若い障害者については外出等社会参加の介護もあるので、財源は公費でまかないたい」との厚生省の考えが明らかにされた。若い障害者については介護保険には組み込まないが、高齢者と差別しない、といっているわけだが、保険料を払ってきた人たちがこれで納得するかどうかは疑問で、制度が出発するまで予断は許せない。

 さて、障害者の介護制度についてどうあるべきか、もう一度あらためて考えてみたい。看護の延長線上のものではなく、社会的活動や自己実現を支える内容をもったサービスであるべきことは前述した。さらに、今まで介護といえば身体障害者に提供されるものとしてとらえられてきたが、精神障害や知的障害をもつ人たちにも介護サービスが必要とされる場合もある、という認識をもつことが求められている。地域の中に介護サービスがあれば、施設や病院ではなく、地域の家で暮らすことができるかもしれない、といった話をよく耳にする。

 また、自分が選んだ介助者によって介助を受けられるシステムにしていくことも重要である。現在は、障害者の制度には基本的にはホームヘルパーの派遣サービスしかない。ややもするとホームヘルパーの派遣による介護は、障害者自身の側からみると受け身になりやすく、また女性のホームヘルパーが圧倒的に多く、男性障害者側からすれば頼みにくいことが多い。

 現状では介護にかかる手当としては、生活保護の中にある他人介護加算しかなく、独立した制度として、介護手当制度の創設が望まれる。そしてホームヘルパーの派遣によって介護を受けるか、手当を使って自ら介助者を雇用していくのか、本人に選択権を保障していく方向が求められている。自治体によっては、本人の推薦する介護人を派遣するという「介護人派遣事業」を行っているところもあり、これをさらに広めていき、対象者も拡大させていくことも当面の課題といえる。

 1日何時間の介護が必要かということについても、当事者の意思が尊重されることが必要である。それは、障害の程度と同時にどういう生活をしたいのかということと深く関わってくるからである。介護保険法案では審査会によって要介護認定が行われることとなっているが、どの程度本人の希望が取り入れられていくのか、気にかかるところである。障害者にも影響の出ることが予想される。

 今回の介護保険が国会を通過すれば、高齢者と若い障害者とでは、異なった介護制度で介護を受けることになる。介護を年齢で区切って違う制度で行う意味があるのだろうか。もう一度あるべき介護の姿を考えつつ、ノーマライゼーションに根ざした介護制度の確立に向けた今後の取り組みが重要となってくる。

(おおたしゅうへい 日本障害者協議会政策副委員長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年3月号(第17巻 通巻188号) 22頁~23頁