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特集/障害のある人の介護を考える パート2

精神障害者の介護システムへの提言

森田直子
木村美奈子

1 精神障害者の生活実態と介護の必要性

 現在、我が国には精神障害者が157万人おり、その中で精神病院に入院している人は33万人、在宅で生活している人は124万人と言われている。1960年代の薬物治療の進歩と、1970年代の共同作業所運動によって、地域で生活する精神障害者が増加してきた。1980年代にはノーマライゼーションの思想が障害者福祉の基本的な理念として定着し、それまで「医療」の枠内で対応されていた精神障害者は「精神科の病気をもつと同時に社会生活上の障害をもつ」という認識が広がった。障害者基本法の成立や手帳制度にみられるように、近年法的な位置付けにおいても画期的な変化を遂げたのである。
 一方その生活実態をみると、在宅者の親の年齢は60歳代後半から70歳代が圧倒的に多く、高齢化した親が中高年になった本人を扶養している現実がうかがえる。しかし経済的にも体力的にも、そして精神的にも親の扶養能力は限界である。親との同居で辛うじて在宅生活を維持していた本人が、親の入院・死亡で生活が困難となり、やむなく入院しそのまま病院生活を送ることも多い。また、福祉サービスが手薄のなかで、単身者が独力で生活を続けることのストレスは多大である。何日もまともな食事がとれないこともある。福祉ホーム・援護寮・グループホームは有効な生活支援の場ではあるが、絶対数が不足している。また、住み慣れた場所での固有な暮らしが精神障害者にも保障されるべきである。
 しかし、これまで精神障害者の介護問題は見過ごされてきた。家族に治療と世話の責任を負わせている「保護者制度」が、「家族が扶養して当たり前」という伝統的価値観を裏付けている。また、在宅者への援助が保健・医療の対応(訪問看護等)だけでなされていたことが、福祉課題である「介護問題」への取り組みを遅らせた。
 精神障害者の介護とはどうあるべきか、精神障害者福祉がようやく幕開けの時代を迎えた今、その障害の特徴を整理し、他の障害者の介護制度に学びながら考えてみたい。

2 生活面での不自由さを抱える精神の障害

 精神科の病気には精神分裂病だけでなく、そううつ病、非定型精神病なども含まれ、症状や経過は一人ひとり異なり、長期化し慢性の経過をたどりやすく、再発したり不安定になりやすいという特徴をもつ。また、病気の原因としては、脳内の神経系統の生理学的変化も考えられ生物学的研究が始められた。それらが要因となり、生活していくためのさまざまな力が弱まるという障害を背負うことになる。では具体的に生活面での障害について考えてみたい。
 ①生活のさまざまな場面での不器用さ…食事・身辺整理が適切にできない、金銭管理が苦手で生活費の配分や生活を豊かにするような適切な消費ができない。
 ②対人関係が苦手…他者との距離が保てず、依存的になったり攻撃的になったりする。融通が利かず、断るのが下手。人付き合いを好まない場合が多く、孤立しがち。相談をしたり他者の力を借りるのが苦手。
 ③社会的手続き、関係機関の利用などがうまくできない…経験不足や失敗体験から、自信がなく不安が強いため一人で動くのが大変なこととして感じられる。
 ④仕事をする力が弱くなる…疲れやすい、動作が遅い、適当に気を抜くのが下手。
 これらは精神の障害の特性であるが(固定したものではない)、障害があっても不安なく生活できる福祉的支援が何よりも必要であることを強調したい。

3 1日も早く安心して暮らせる介護システムを

 他の障害者の介護制度は長年の運動の成果により、ホームヘルプ、ガイドヘルプ、全身性介護人派遣事業、また生活保護法における他人介護加算と、その障害の必要に応じて、介護が保障されている。東京都においては1997年度に、精神障害者ホームヘルプ事業が制度化される予定だ。その概要をみると「日常生活を営む上で支障のある精神障害者に対し、ホームヘルパーを派遣して食事準備、洗濯等の家事援助サービスを提供し自立生活の支援を図る」とある。現時点では要綱が公表されていないため具体的な内容、対象については分からないが、できないことや苦手なことを補う家事援助とともに、生活の場で「言葉をかける・促す・一緒にやってみる」という介護(他の障害者のホームヘルプでいう相談・助言・調整に当たるもの)が重要である。
 障害の特徴として「相談をしたり、他者の力を借りることが苦手」な精神障害者は、援助を受けて生活することになれていない。発病以来、孤立して閉塞的な生活を余儀なくされているため、本人も家族も生活の場で他人の介護を受けることに戸惑いがあるし、親はどんなに大変でも自分が生きている間は子どもの介護をするという悲壮な思いをもっている。それが日本の介護の現実である。
 家族と同居している世帯には、親が動けるうちから介護があるのが望ましい。本人が介護を利用することになれる時間が必要だ。親が倒れてからでは遅い。単身世帯には、疲れて何もする意欲のない時、黙って食事の世話、掃除、洗濯をしてくれる介護が欲しい。生活の場で困ったことを一緒に考え、対処してくれるような支えが欲しい。そして介護者は障害の特性を理解することが必要で、本人が選んだ人を介護人として派遣できる「自薦登録ヘルパー方式」はとても参考になる制度だ。
 国は24時間巡回型のヘルパーの予算化や、障害者プランを策定し、7年間で4万5000人のヘルパーを増やすなど新たな政策を打ち出している。精神障害者においてはようやく緒についたばかりのホームヘルプ事業だが、精神障害者の介護問題が、本人・家族にとって切実で緊急な課題であることを多くの関係者が理解し、介護システムの確立に向けて運動と実践が展開されることを願う。

(もりたなおこ・きむらみなこ 東京都北区精神障害者を守る家族会「飛鳥会」)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年4月号(第17巻 通巻189号)22頁・23頁