音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

ワールド・ナウ

フィリピン

フィリピンの車いす製作への協力

原田 潔

 1996年8月5日から10日にかけて、フィリピンで車いす製作に携わる2つの障害者団体を訪問した。訪問したのは、リサール州カインタにある授産施設「タハナン・ワラン・ハグダナン」および、セブ市の当事者団体「HACI(ハシ)」である。
 日本障害者リハビリテーション協会は、郵政省の国際ボランティア貯金の寄附金により、両団体の車いす製作事業に協力している。今回の訪問は、事業の進捗状況の視察と、日本の専門家による技術訓練が目的であった。日本から専門家として同行したのは、大分タキ代表取締役・上野茂氏。上野氏は、自らもポリオの障害をもつ車いす使用者で、長年車いすの製作と製作指導に携わるベテランである。

タハナン・ワラン・ハグダナン
―段差のない家

 タナハン・ワラン・ハグダナン(TWH)は、1973年にベルギー政府などの支援により設立された民間団体。現在では金属加工、木工、縫製などの作業を行う作業所部門を中心に、教育、CBR、啓発など多方面の活動を行い、全体で200名を超える障害者を訓練・雇用している。「タハナン・ワラン・ハグダナン」とはタガログ語で「段差のない家」の意味で、建物の段差はもちろん、心理的、社会的なあらゆる障壁をなくしていくことを活動の理念としている。
 マニラの中心街から車で1時間半ほど下り、渋滞の大通りから住宅地に入ると、民家や売店が密集した狭い路地が続く。やがて不意に周囲が開けたような広い敷地に出ると、長い渡り廊下と芝生の中庭を持つ平屋の建物に到着する。ここが「段差のない家」である。辺りには松葉杖や車いすを使用する人々が悠然と歩いているが、その中の1人がわれわれを出迎えにやってきた。TWHの副会長・所長のジェス・ドーコット氏である。
 ジェスから全体の説明を受けたあと、われわれは車いすを製作する金属加工作業所を視察した。金属加工作業所は、TWHの作業所部門の一部署であるが、ここだけでも小さな体育館程度の広さがある。作業所内には各工程ごとに金属加工の機材が置かれ、障害をもつワーカーが材料の切断、研磨、溶接などを行っている(写真1 TWH車いす作業所の様子 略)。96年1月には、当事業の一環として日本で技術研修が行われたが、このとき上野氏から研修を受けたワーカーのジョジョが、ジャパン・モデルと呼ばれる日本式デザインの新製品を披露してくれた。上野氏は、キャスターやフットレストに改善の余地はあるが、操作性、軽量化、構造の単純化の面で進歩が見られると、合格点を出した(写真2 “ジャパン・モデル”の仕上がりをチェックする上野氏 略)。
 ジェスの報告によれば、作業所では寄附金で購入した新しい機材により、分業と大量生産化、工期の短縮が可能になったとのこと。彼らは新しい機材の稼働を記念して、テープカットのセレモニーまで催してくれた。一同からは23年の経験に裏打ちされた自信と余裕が感じられ、今後も独立した民間団体としてさらなる発展が期待される。

HACIにおける技術訓練

 TWH訪問のあと、上野氏と共にセブ島に移動した。セブ市内は、名高いリゾート地らしく街並みも小奇麗で整然とした印象を受けるが、事実セブ市は、フィリピン国内でも、障害をもつ人にとって特にアクセスの良い場所として知られている。建築物のアクセス・チェックや、タクシー、ジプニーへの国際シンボルマークの領布などが、市政府と民間との連携により行われており、民間サイドでこれらの活動の中心となっているのが、HACIである。
 HACI(Handicapped's Anchor Is Christ,Inc.=「障害者の頼みの綱はキリスト」の意)は、1985年に設立された、肢体不自由者を中心とした当事者団体である。前述の活動のほか、自立プログラム、権利擁護、啓発活動などを行っているが、新たに主要な事業として着手したのが、車いすの製作である。セブ市郊外の住宅地にある団体の事務所裏に、当面の作業の場として仮設作業所が設けられ、このたび寄附金により購入した金属加工機材が設置された。われわれは作業所に到着すると、上野氏の指導のもと、作業所レイアウトの再確認、機材設置の仕上げを行ったあと、早速技術訓練を開始した。
 HACI副会長で、前述の日本における技術研修を受けたボーイ・チロル氏が図面を描き、これをもとに障害をもつ5人の作業所メンバーが材料の鉄パイプを加工していく。フィリピンにおける車いす製作の現場では、製図の概念が浸透しておらず、これが作業能率や製品の完成度に大きく影響を与えていると上野氏は指摘する。上野氏は、訓練中にも製図の重要性を繰り返し強調するが、いかんせん、5人のメンバーにとって、日本の新しい技術を用いての作業は今回が初めてである。製図に描かれた繊細なデザインを実現するには、まだまだ技術が伴わない。
 例えばアームレストの部分は、製図によれば図1のようなデザインであったが、ベンダー(屈曲器)の使い勝手が分からず、微妙な曲げがどうしてもできない。数度にわたる試行錯誤の末に、上野氏は図面に大胆な変更を加え、結局図2のようなデザインを採用するに至った。理想と現実の格差、今後の道のりの長さに、一同は落胆を通り越して大爆笑となった(写真3 ベンダーで鉄パイプを曲げる作業所のメンバーたち 略)。

図1

図1

図2

図2

 3日間にわたる技術訓練の末、ようやく車いすのクロスバーを含むフレームの原型が完成した。その後はHACIのメンバーたちが、訓練で得た知識をもとに自己研鑽を重ねることを約束し、われわれは訓練を終了した。のちの報告で、フレームの組み立て後の写真が送られてきたが、その中ではアームレストが美しい流線型を描いていたことを付け加えておく(写真4 完成した車いすのフレーム 略)。

フィリピンにおける今後の車いす製作について

 フィリピン国内で車いすを大量かつ組織的に生産しているのは、現在TWHの1か所のみである。フィリピンは7000を超える島々から成り、島の間の輸送や移動だけでも時間と費用がかかるため、TWH1か所ではとても国内のニーズは賄いきれないのが現状である。TWHのあるルソン島以外の島々にも、同様の車いす作業所ができれば、各地により早く、廉価な製品やサービスを供給できるとともに、障害をもつ人々に働く場を提供できるようになる。
 フィリピンに対する車いす援助については、日本障害者リハビリテーション協会のほか、朝日新聞厚生文化事業団が同じく国際ボランティア貯金の寄附金を受け、車いすの贈呈、ならびに車いすの維持管理と将来の自力製造を狙いとした技術研修を行っている。96年の11月には、ネグロス島のバゴ市にある作業所において、第1回の研修会が開かれた。
 しかしながら、HACIにしてもバゴの事業にしても、車いす製作の第一歩を踏み出したばかりであり、今後も作業所職員の継続的な訓練、現地の実状に即した製品開発、マーケティングなど、取り組まねばならない課題は多い。またこれらの活動を行っているのは、地域に根ざした草の根の民間団体であり、単体では対外的な認知を受けにくいほか、相互の連絡や協調体制もなかなか取りにくいという事情もある。今後は、国内各地に散在するこれらの事業を連携していく可能性も探りながら、長期にわたる地道な取り組みが必要である。

(はらだきよし 日本障害者リハビリテーション協会)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年4月号(第17巻 通巻189号)66頁~69頁