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1000字提言

「生き方の鍵」を教えられた出会い

加賀美幸子

 NHKに入局以来、報道、教養、教育、娯楽、等々さまざまな仕事をしてきたが、合わせて8年近く『テレビ聾学校』と『明日の福祉』という福祉番組を担当した時期があった。
 『テレビ聾学校』では耳に障害をもつ子どもたち、その親ごさん、先生方に出演していただき仲良く一緒に番組を作りながら、放送を通して全国の同じ境遇の人たちにさまざまなメッセージを伝えてきた。約5年半、私自身アナウンサーというより、当時まだ若く子どもを産んだばかりの一人の母親、一人の人間として関わる中で、言葉のこと、家族のこと、教育や世の中のことなど、すべて根本的に考えることができた何よりも貴重な日々であった。
 何をどう伝えるか…司会者として全身心で役割を果たしながら、同時にそれ以上に「生きていく上での多くのメッセージ」を逆に受け、その後長く放送の仕事を一つひとつ地道に続けてこられたのもその時期があったからこそと、いつも有り難く思い出す。
 その後何年もたち40代後半の2年間、『明日の福祉』という番組を担当した。それはまた私にとって宝の時間となった。人間さまざまな制約があるが、障害をもつという制約の中に暮らしている人々とさまざまな出会いを重ねるうち、人生後半をどう過ごせばいいか…迷っていた私の心に「生き方の鍵」になるような多くのメッセージが次々聞こえてきた。
 福祉の番組を通して、放送人として福祉に関わりながら、いつも感じてきたのは一方通行でなく、必ずそれより大きなものが返ってくる実感であった。
 恋でも好意でも何の場合でも、一方通行はやはり寂しいもの。双方向こそ人間として一番嬉しく自然な形なのだと思う。そしてそれはたとえ目には見えなくとも、探す気持ちがありさえすれば、必ず手に余るほどの宝物が行き交う状況を生み出してくれるのだ。
 福祉行政の充実は言わずもがなだが、福祉という言葉はもともと「一人ひとりが人間として幸福であること」という意味。重苦しい言葉ではなく、やさしい言葉のはずである。
 ある雑誌で永六輔さんがボランティアについてこう語っていた。「ボランティアというのは“生き方”なんです。“ある時期やっていた。そろそろ始める”というようなものでなく生き方の問題なのです」そして「特別なことでなく暮らしの中で人々がみんなちょっとずつ気を使い合うということ…」と。福祉と重ねて私は、その内容を味わっている。

(かがみさちこ NHKエグゼクティブ・アナウンサー)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年5月号(第17巻 通巻190号)22頁