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フォーラム'97

精神障害者ケアガイドラインについて

―精神障害をもつ方々のための新たなケアサービス提供方法の確立の試み―

斎藤慈子

はじめに

 精神障害者の自立と社会参加を促進し、地域社会における生活を支援するためには、保健医療福祉サービスの量的・質的整備とともに、これらのサービスが精神障害者一人ひとりの抱えるニーズに即して的確に提供される手法を確立することが必要です。その1つの方法として、利用者の社会生活能力の評価を行い、日常生活のニーズを把握し、そのニーズに沿ったケアプランを立て、あらゆる社会資源を最大限利用することを目的としたケアマネジメントシステムがあります。そのため、精神障害者の方へのケアサービスの質的向上の観点から、厚生省では有識者による検討会を設け、このようなケアマネジメントシステムの検討を行い、精神障害者のケアガイドラインを策定することとしています。

精神障害者ケアガイドライン(試行版)の構成

 精神障害者ケアガイドラインは、ケアガイドライン(趣旨と大要)、ケアアセスメント票、ケア計画書の3部からなり、ケアマネジメントサービスを円滑に進めるために、ケアサービスの説明書、ケアサービス利用の同意書、相談票ケアアセスメント票記入マニュアル、ケア計画書作成マニュアル等もあわせて1つのパッケージとなっています。
 ケアガイドラインは①ケアガイドラインの趣旨②ケアの理念にケアガイドラインの原則③ケアマネジメントの意義と留意点④ケアマネジメントのプロセス⑤その他から構成されています。ケアガイドラインの原則の中には、人権への配慮や保健、医療、福祉、労働等の包括的なサービスの実現といった基本的な理念が盛り込まれています。

人権への配慮(「ケアガイドラインの原則」より抜粋)

 すべての人は、良質で有用な精神保健ケアを利用する権利を有しています。このような権利が損なわれるような差別、区別、排除などがあってはなりません。そして、精神障害者のすべての人は人間固有の尊厳を十分に尊重して処遇されます。このような観点からケアガイドラインの施行においても、本人に対する十分な説明と同意なしにはケアの対象にはなりません。その説明は対象者が理解できる言葉と方法で行います。対象者は書面で同意を示しますが、その際自己決定の原則から本人の選択の自由が保証されなければなりません。(後略)

1 経緯

 平成7年度より身体障害、精神薄弱、精神障害をあわせた全体の「障害者に係る介護サービス等の提供の方法及び評価に関する検討会」が設置され、各分野の委員により障害者に対するケアマネジメントに関する議論が重ねられてきました。その結果、障害種別ごとにそれぞれ議論すべき面もあるため、全体会議の下に身体障害者部会、精神薄弱者部会、精神障害者部会が設置され、それぞれの障害についてのケアガイドラインの作成を行うこととなりました。
 その中で、精神障害者のケアガイドラインについては、平成7年度より厚生科学特別研究の中で、保健・医療・福祉分野の有識者からなる「精神障害者ケアガイドライン検討会(座長 高橋清久 国立精神・神経センター武蔵病院院長)」を組織し、検討を行ってきたところです。検討が開始されて3年目を迎える今年度末には、精神障害者ケアガイドライン試案が完成する予定です。

精神障害者ケアガイドライン検討会における進捗状況

 平成7年度は、精神障害者に対するケアマネジメントサービスについての基本論から始まり、ケアガイドラインの理念に関する幅広い議論が行われました。その結果、「精神障害者ケアガイドライン」は、精神障害者のケアサービスのニーズの客観的評価を行うためのケアアセスメント表と、利用者のニーズに応じた的確なサービスを提供するためのケアプラン策定指針からなるものを作成することとなり、アセスメント表の素案の作成を行いました。
 平成8年度は、精神障害者ケアサービス提供体制の具体的手法等について引き続き検討が重ねられ、さらに、このケアアセスメント表及びケア計画書を使用する際のマニュアル等の作成を行い、「ケアアセスメント表」と「ケア計画書」等からなる「精神障害者ケアガイドライン試案(予備試行版)」が中間的にとりまとめられました。
 この予備試行版の「精神障害者ケアガイドライン試案」を活用して、主として検討会委員の所属する保健医療機関並びに精神障害者社会復帰施設等において、各施設4~5名ずつ、合計約50人の精神障害者を対象として、個人のニーズに対応するケア計画を立ててケアサービスの調整を行うケアマネジメントシステムの予備試行が行われました。
 この予備試行においては、1人の利用者に対して複数のケアマネージャーがケアアセスメント表を用いて評価を行い、その評価の一致度から信頼度を評価する評価者間信頼度検定を実施しました。その結果、評価者間一致度が極めて小さかったアセスメント項目等については、利用者のニーズをより的確に把握することができるような表現に修正したり、必要に応じて評価項目を削除し、ケアアセスメント表の修正を行いました。

2 平成9年度本試行事業について

 平成9年度は、15の都道府県等において、保健所、市町村、医療機関、社会復帰施設等の機関各2か所を目安として、各施設5名程度、合計40名程度で合計600名程度を対象とした「精神障害者ケアガイドライン試案」に基づく試行事業を実施することとしています。
 実施方法としては、各都道府県にケアガイドライン検討会委員の中からそれぞれ1~2名の担当者を決めて、その担当者が精神保健福祉センター並びに関係機関と連絡を取りながら、協力施設を選定し、決定したところで必要に応じて説明会を開催します。
 その後、利用者に対してケアマネジメントを開始します。この本試行の中では、複数の専門職種の関与を必要とするような複合的なニーズをもつケースを選定することとしています。各協力施設においては、利用者に対するケアアセスメントを行い、ケアプランを立て、それに基づいて公的サービス、民間ケアサービスそして近所の助け合い等の非公式のサービスの提供の調整を行います。そして、一定期間後にケアアセスメント、ケア計画、サービスの提供等が適切であったかを再評価することとしています。

本試行により検証したいこと

 今回の本試行により検証したいことは、第1に、ケアアセスメント表により適切にケアサービスのニーズが把握できるかということと、ケアアセスメント表がケア計画書を作成するために有効か、といった精神障害者ケアガイドラインの有効性です。
 そして、第2に、どこを実施機関として、どのようなネットワークで行うことが適当か、実施機関や実施方法ケアマネジメントの実施主体の検証です。身体障害者等の福祉施策の主体が市町村にほぼ一元化されているのと異なり、精神障害者の福祉施策は実施主体は多元的であり、ケアマネジメントの実施にあたっては、ケアマネジメントの実施機関の問題が大きな論点となるのです。
 そして第3に、精神障害者ケアガイドラインに基づくケア計画が利用者のもつ社会生活上の問題点の解決に有効かということの検証です。
 さらに、複数の地域において試行を行うことでケアサービスの提供の地域格差、施設間格差を検証することも1つの目的としています。

対象者

 本試行の対象者は、ケアアセスメント及び地域の精神保健福祉サービスの利用調整を希望する地域で生活する(ことを目指す)精神障害の方々です。

試行担当機関及び担当者

 ケアガイドライン実施機関としては、保健所、市町村、医療機関、社会復帰施設等を想定しており、ケアマネージャーとなる担当者としては、保健婦、看護婦、精神科ソーシャルワーカー、精神保健福祉相談員等を想定しています。

終わりに―ケアガイドラインの今後の展望
精神保健福祉サービスの拡大を目指して

 精神障害者の場合、各種ケアサービスを有効に組み合わせて活用を図るというケアマネジメントの理念に対しては、現実的には、ケアマネジメントにより提供すべきサービスが質的・量的に必ずしも十分でないという基本的背景を重視する必要があります。利用者にとって必要なサービスが必ずしも身近にないことも考えられるのです。
 今回の精神障害者ケアガイドライン試行事業の実施により精神障害者のケアサービスに必要な社会資源が明らかになり、今後多様なサービスメニューに応えていくための資料が得られることが期待されます。そして、本試行の結果を評価・検討し、ケアガイドラインの修正を行って精神障害者ケアガイドラインを完成させる予定です。

資料

精神障害者ケアガイドラインにおけるケアの理念

(1)ノーマライゼーションの理念に基づくケアサービスの提供
 
 障害者に対する保健福祉等ケアサービス提供の基本理念は、ノーマライゼーションの理念に基づいたものです。すなわち、障害のある人もない人も、誰もが住み慣れた地域社会で普通の生活を営み、活動できる社会を構築するとともに、障害者が社会活動に参加できるよう必要な援助を必要に応じて受けることができることを基本としています。
 
(2)ニーズ中心のケアサービスの提供
 
 国際障害者年行動計画で、障害者は「通常の人間的なニーズを満たすのに特別な困難をもつ普通の市民」とされていますが、自ら必要とするケアサービスは障害者本人が最もよく認識しています。加えて、地域に分散するサービスを障害者に合わせて統合的に享受するためにも、ニーズ中心にケアサービスが提供される必要があります。
 
(3)自立と質の高い生活実現への支援
 
 障害者の自立とは、障害者一人ひとりが社会生活力をもち、責任ある個人として主体的に生きることを意味します。そのための基礎的な要件は、第1に日常的な生活が営めること、第2にその生活を維持していくために必要な生活条件が整備されること、第3は社会参加の機会を可能とする環境条件を整備することです。従来、精神障害者に対しては、保健医療の中でサービスが組み立てられ、生活者としての視点が希薄であったことは否定できません。これからは、障害者が可能な限り、家族や市民が生活する地域社会の中で共に生活でき、人生や生活のあり方を自らの意志で身体的、精神的、社会的、文化的に満足できるように支援することが重要です。
 
(4)自己決定の尊重
 
 障害者一人ひとりの考え方、生活様式に関する好み、性格等を尊重しながら本人が自分の能力を最大限発揮できるように援助します。サービス提供のすべての経過において、常に情報を本人に伝え、その中から本人が選択できることが必要です。
 
(5)一般社会の理解の促進
 
 我が国の現状においてノーマライゼーションの理想を実現するためには、多くの問題が残されていることを指摘しなければなりません。中でも重要な問題は、一般社会の偏見や差別意識です。これに対して社会に対する知識の普及、啓発活動が同時に行われなければなりません。

(さいとうよしこ 厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課主査)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年8月号(第17巻 通巻193号)40頁~44頁