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特集/地域での暮らしを支える相談員

精神薄弱者相談員の現状と課題

浅輪田鶴子

 私が相談員の委嘱を受けたのは、昭和53年です。相談員制度が始まって30年のうち20年活動していることになります。
 委嘱されたとき、私は地域の親の会の副会長でしたが、気負いもあってまず、家庭訪問を行ってみました。
 重症心身障害児の家を訪ねて、鼻を刺すおむつの匂いのする部屋で宗教の話をされたときは、自分の無力さに言いようのない切なさを感じました。息子の中学の卒業生名簿に進路先―養護学校とあるのを見て訪ねて行ったら、「障害者、障害者って言わないでください」と玄関先でどなられたこともありました。
 ぐちを聞いて、話し相手になってあげるだけでいいと言われましたが、仕事(作業所の施設長)でかかわった人以外からの相談は、決して多くはありませんでした。相談員になって7、8年くらいは、何をしたらよいのかだれも教えてくれず、自分で積極的に動く時間もなくて、こんなものでいいのかと悩んでいました。
 聞いてみると、ほとんどの人が初めのうちは何をしたらよいのか分からなかったと言っています。
 世間的な認知度が低く、市町村の担当者も扱い方がよく分からないからPRも頼まないとしてくれないこの制度、手当もきわめて低額で、「何かしなくては申しわけなくていたたまれない」と思うほどでもないのです。そして次の任期がくると、よほどのことがない限りまた引き受けてしまう…。
 私自身がこの低迷状態から脱出したのは、埼玉県に「精神薄弱者相談員連絡会」(以下「連絡会」という)ができて、その研修を担当するようになってからでした。
 県単位の連絡会的なものがあるのは埼玉県だけではありませんが、どの県にも必ずあるというわけではありません。埼玉県の状況が全国のどのレベルにあるのかは分かりませんが、相談員の実情はどこでもそれほど偏りがあるとも思えないので、私たちの活動の中から相談員について考えてみたいと思います。

自分を磨く研修を

 連絡会は、昭和63年に発足しました。総会のほか、年に何回かの会合がありますが、そこで出会う相談員のみなさんは分からないながらも使命感をもって活動している人がほとんどです。最初のころはピアカウンセリング的要素を重視して、「親」を対象として委嘱することを原則としていると聞かされていたのですが、実際には元教員とか元施設職員とか、中には民生委員兼保護司兼身体障害者相談員兼精神薄弱者相談員などという人もいて、驚くよりもなぜそのような人に委嘱したのかと、行政のいいかげんさに腹が立ちます。そういう方たちは忙しいので、あまり研修にも参加されません。
 連絡会の研修はまず相談員自身を、相談してみたくなるような魅力的な人物にすることを目的として始めました。「障害」を知りましょう、「制度」を知りましょう、「地域」を知りましょうというようなテーマで、講演を聞いたり、見学したり、話し合ったりする研修を、現在では県内8か所で開催し、その他、行政の行う研修と連絡会総会の時の研修とで少なくとも年3回は研修の機会があります。
 時々他県の相談員の研修に呼ばれていくことがありますが、研修よりも懇親的要素が強いように思うことがあります。目くじらを立てるほどのことではありませんが、その後の相談活動にどのように生かされているのかと気になります。
 こうして年月が経ってみると、相談をする人と受ける人との信頼関係を築くためには、ある程度の期間が必要なことが分かります。私自身も、地域で活動してきた30余年の期間があったからこそと思うことがたくさんあります。
 相談の内容は、全体の流れとしては施設入所から地域生活に関することに移っているのかもしれませんが、私の担当地区などでは大きな変化は見られません。県内全体の相談内容も、大きな偏りはないようです(表)。

表 埼玉県精神薄弱者相談員活動報告
(H8.8~H9.3)
■相談員配置状況
市町村数 相談員数
43 114
38 38
11 11
92 163
■相談の内容
相談内容 件数
養育 198
生活 324
施設入所 248
就学 115
就職 219
家族関係 234
その他 280
合計 1,716
■相談に関する活動
活動件数 2,642
活動日数 2,787

 この数字は、今年初めて県の担当者から公表されたものです。163人のうち54人は報告書未提出で集計途中ではありますが、単純に数字だけを計算してみると、1人が1か月に2件の相談を受け、1か月に3件の活動をし、そのために3日を費やしているということになります。
 活動日数が100日を超えている人は8人ですが、そのほとんどが親の会のリーダーです。これらの人たちは地域の知的な障害のある人たちをとりまく状況がよく分かり、障害のある人たちのために何をなすべきなのかをいつも考えている人たちだと思います。
 まだ、報告書を提出していない人たちも活動していないわけではなく、作業所にかかわっていたりするとどこまでが相談員活動なのか区分できないと悩んでいたり、現在の報告形式では書きにくいと思っている人たちなのではないかと思います。
 行政担当者は成果を数値で表したがるようですが、例えば社会福祉協議会の心配ごと相談に組み込んだりして、それを相談員同士の連携を図れる場、市民へのPRの場と考えてもよいのではないでしょうか。だれも相談に来なくても、それなりの成果はあると思うのです。

課題とその解決のために

■人材の育成

 相談員の質のばらつきは、現在の選任方法では防ぎようがないのですが、一人ひとりの質を高める努力と同時に、不適格な人には継続して委嘱しないという意志を行政の側はもっていただきたいと思います。2つも3つもの兼任も、結局は活動できないのですからやめるべきです。この辺を改善していかないと、相談員を社会の資源として活用するなどという話は、こわくて言えません。
 もう1つ、若い世代の相談員をもっと起用すべきだと思います。障害に対する考え方も世代間で格差がありますし、同世代の人たちの相談相手となり、分からないところは年代の上の人につないでいく役割の人が必要です。

■相談員活動の拡大

 たとえ金額は少なくても、手当を払っているということは税金を使っているということです。行政の側に、この人たちを生かして使うという積極的な発想がないと、税金のムダ使いになります。
 何もすることがないといって、ただ待っているだけの相談員も数多くいるはずです。この人たちを障害者援助の場面にもっと活用することはできないでしょうか。地域生活が進んでいくと、もともと素人であるこの人たちの、素人としての登場場面がもっとあってよいのではないかと思います。
 そのためには、地域の支援体制ができていなければなりません。障害者プランに示されているような「生活支援センター」が、身近なところにあればよいのにと思います。

おわりに

 悲観的な見方をすると、相談員がカバーしてきた部分は支援体制が整いつつあり、現状の相談員制度は屋上屋を重ねている感がなきにしもあらずです。しかし、障害児をもったばかりの、まだ「障害児の親」になりきっていない親へ、「私もそうだったのよ」という言葉をかけられるのは同じ立場の親しかいないのだということも、そしてその言葉にすがることが「障害児の親」として生きる最初の一歩になる人もたくさんいるということも、まぎれもない事実なのです。

(あさわたずこ 埼玉県手をつなぐ育成会副理事長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年11月号(第17巻 通巻196号)15頁~17頁