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特集/豊かな生活をもとめて

リハビリテーションとスポーツ

松村洋

はじめに

 パラリンピックアトランタ大会における日本選手団の活躍や間近に迫ったパラリンピック長野大会の開催などから、競技としての障害者スポーツが注目されてきている。が、もともと障害者スポーツはリハビリテーションにおいて治療の一部として始められたものである。高齢化社会に突入し、障害者のさらなる増加が見込まれる現在では、人生の質を高めることを目的とした障害者スポーツ本来の役割を忘れることはできない。
 ここでは、リハビリテーションの一環として実施されている障害者スポーツの歴史と、最近の身体障害者のスポーツの動向について紹介する。

障害者スポーツの歴史

 医学的リハビリテーション(以下「医学的リハ」とする)としてスポーツが取り入れられたのは19世紀の終わりから20世紀に入ってからであり、病院における治療体系から今日的な身体障害者スポーツとして発展したのは第二次世界大戦の終結を契機としてである(文献1)。
 なかでも、イギリス脊髄損傷センター所長、故Ludwing Guttmann博士の功績は大きい。博士は1944年ロンドン市郊外のストークマンデビル病院において、脊髄損傷者に対するリハビリテーションにスポーツを積極的に取り入れ、受傷から社会復帰までの時間短縮や復職に対して大きな成果をあげると同時に、1952年には現在も実施されている国際ストークマンデビル大会を開催させている。これらの素晴らしい業績はやがて全世界に広められ、以後、医学的リハビリテーションにスポーツが用いられるきっかけとなった。
 一方、我が国のリハビリテーションにおけるスポーツ活用の歴史は比較的新しく、1964年のパラリンピック東京大会が契機となった。翌年には財団法人全国身体障害者スポーツ協会の設立や全国身体障害者スポーツ大会の開催、そして以後の障害者スポーツセンターの開設へとつながっていった。
 近年では、「障害者プラン」の具体的実施計画の中の第4項目「生活の質の向上を目指して」に沿った障害者のレジャー、レクリエーション、スポーツの振興が記されると共に(文献2)、こうした活動を各地域で推進する計画も進められており、その動向が注目される。

障害者スポーツの動向

 障害者スポーツは、大きく医療スポーツと生涯スポーツに分けることができる。
 医療スポーツは、医学的リハの過程で一部の病院やリハビリテーション施設などの医療機関で行われるもので、その内容も機能面・体力面ともADLレベルの回復が主な課題となり、活動自体も管理された中で行われている。
 生涯スポーツは、医学的リハ終了後に身体障害者(以下「身障者」という)が主体的かつ楽しみながらスポーツに取り組む活動である(合併症予防のために医学的管理が必要な場合もある)。また、それを継続することで機能の維持・改善、自立性の向上、社会性の(再)獲得などを含めたQOLの向上が期待されるという意味からも大変意義深く、身障者スポーツ本来の役割となるものである。
 しかし、実際に生涯スポーツ活動に参加しているのは脊髄損傷者などのごく限られた身障者でしかなく、特に医学的リハの終了後に地域で生活する脳血管障害者や先天性の重度の身障者にとっては、さまざまな理由から取り組み難いものとなっていた。

生涯スポーツ定着へ向けた課題

 医学的リハの終了後に地域で生活する脳血管障害者や先天性の重度の身障者へのスポーツ指導は、ごく一部の医療機関で実施されているが、それらは先に述べた医療スポーツであり、その内容や形態から、それが生涯スポーツへと結びつくことは稀である。その主な原因は、生涯スポーツそのものが「未獲得」であること、実際に活動する「場所が少ない」ことと思われ、これらの諸問題を解決し、より多くの身障者が生涯スポーツを獲得していくためには、以下のような課題に対し具体的な取り組みが必要であろう。

1 生涯スポーツ・プログラムの確立

 生涯スポーツの獲得・定着を目的としたプログラムやレクリエーション的スポーツ種目の開発、指導方法の確立などが必要である。

2 障害者スポーツ環境の整備

 ノーマライゼーションの思想からも、地域の公共施設などとの連携を図り、その積極的活用を進めていくと同時に、屋外アクセスや周辺のバリアフリー化にも取り組む必要がある。
 こうした課題に対して、各地の障害者スポーツセンターなどを中心に、さまざまな試みがなされてきた。その結果、徐々にその対応も広がりつつあり、ユニバーサル・ホッケー、パワーサッカー(写真1 パワーサッカー 略)、ゴロ卓球、ウィルチェアーラグビーなどはその代表的な種目といえよう。
 さらに、「障害者プラン」「市町村障害者計画」など、障害者施策の重点が各地方自治体に移行したのにともない、障害者のQOL向上を目標としたスポーツの「地域における展開」が必要とされ、既にその取り組みが始められた所もある。
 以降では、その具体的取り組みとして横浜市が行っている活動を例としてあげ、簡単に紹介する。

横浜市における障害者スポーツの実際

 横浜市総合リハビリテーションセンター及び障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」が連携し実施しているリハビリテーション・スポーツ教室では、医学的リハの終了段階から生涯スポーツの獲得・定着までの過程を独立したカテゴリーとして位置づけ、医師の管理下で体力・機能の維持・改善、社会参加機会の増大、そしてQOLの向上に目標を設定しスポーツ指導を実施している。
 重度の身障者を対象としたクラスでは、グラウンド・ゴルフ、ユニバーサル・ホッケー、ボーリングなどの「動き」「ルール」「道具」を工夫する(写真2 ユニバーサル・ホッケー、3 グラウンド・ゴルフ 略)ことで、障害や機能の違いがあっても参加者全員が幅広く参加でき、楽しめるような技術指導を展開している。また、これらのスポーツが生涯スポーツとして定着していくために、同じ障害や障害に対して理解のある参加者や家族を中心とした「仲間づくり」への支援も行っている。
 さらに1996年からは、この活動の地域における拠点づくりを目標とした「地域支援事業」を、在宅の身障者を対象に市内3区のスポーツセンターや関連諸機関との連携を図りながら開始している。
 この「地域支援事業」は、在宅身障者の生涯スポーツ獲得と、その活動が生活の場である地域で定着できるような障害者スポーツ環境の整備を目的として実施しているものであり、同時に地域のスポーツセンターや関連諸機関をはじめ、地域で活動しているスポーツ指導員やボランティアに対し、障害や障害者スポーツへの理解・協力を得るための啓蒙を行っている。
 しかし、これらの取り組みも試験的に始められたばかりで、障害の種類・程度、地域も限定されているのが現状で、実際の活動の中から学ぶべき点も多い。今後、より重度の身障者への対応や対象地域の拡大も視野に入れた幅広い支援体制の確立が急務である。

まとめ

 リハビリテーションとのかかわりをもち、人生を豊かにするための身障者スポーツの動向について述べた。
 近年では、パラリンピックに代表される競技スポーツに対する注目が高まっているが、その一方で、高齢者や重度の身障者が生涯スポーツを獲得・定着していくための支援も忘れることはできない。障害者スポーツ環境の整備や生涯スポーツ・プログラムの確立、重度の身障者への対応など、まだ多くの課題を残してはいるが、これらを取り囲む現状を、社会の理解と協力を得ながら具体的かつ実践的に進めていく必要があると思われる。

(まつむらひろし 障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」)

〈引用・参考文献〉
1 畑田和男:リハビリテーションにおけるスポーツと今後の課題、総合リハ、5号:363~367、1983、医学書院
2 初山泰弘:障害者スポーツ、総合リハ、9号:817~822、1997、医学書院
3 宮地秀行:リハビリテーション・スポーツの意義と効果、ノーマライゼーション、7号、1996、日本障害者リハビリテーション協会
4 澤村誠志:地域リハビリテーションの動向と今後の発展、公衆衛生、59巻9号:588~592、1995、医学書院
5 日本身体障害者スポーツ協会(編):身体障害者スポーツの歴史と現状、1997
6 日本身体障害者スポーツ協会(編):重度障害者に対するスポーツの適応について、1991


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年1月号(第18巻 通巻198号)8頁~11頁