音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

列島縦断ネットワーキング

熊本・都市交通会議・熊本

村上 博

 「使いやすい公共交通とは―どう変える日本の都市交通―」というテーマで都市交通会議・熊本が、昨年の8月9日、熊本市内で開かれました。
 この交通会議に参加するため、路面電車愛好家約50名が全国各地から駆けつけました。
 6月に全国路面電車サミットが岡山市で開催されたばかりだというのに、中には遠く北海道からの参加もありました。その理由は、なんといっても日本で初めて、8月2日から営業運行を開始したばかりのノンステップ低床電車の「試乗会」が目玉企画としてあったからにほかなりません。障害者自立支援センター「ヒューマンネットワーク・熊本」もバリアフリー研究会や地球村くまもとと共に主催の実行委員会に名を連ねました。
 午後1時半、午前中の営業運行を終え、淡いブルーがかったオフホワイトに、水前寺の湧水をイメージしたのかブルーのラインが入った9700型ノンステップ電車が交通局の車庫へ帰ってきました。三々五々集まり始めていた参加者たちが、一斉にカメラのシャッターを切り始めました。仲間とその場に居合わせた私は、蒸気機関車を撮影するSLマニアたちを特集したグラビア写真を思いだしてしまいました。
 交通局担当者の説明が始まりましたが、参加者たちは、説明より見るのが先とばかり、9700型電車の周囲を見てまわります。そこで早速、車いすのデモンストレーションを行うことにしました。この電車の最大の特徴であり、車いす乗降を可能にした低い床、乗降口や車内に階段がないノンステップの威力をアピールするためです。これは事前の実行委員会で私が強く言い張って(?)実現した企画です。普段、学校で子どもたちに講習するように、参加者の中から乗り手役と介助者役を選び、段差を介助者1人でクリアする“段差上げ”というテクニックを実際にやってもらいました。電停代わりの20センチの段差箱に、私の説明どおりに介助者役の人が車いすを見事に押し上げると、参加者から思わず感嘆のどよめきが起きました。
 9700型の床と電停代わりの段差箱との段差は僅か10センチです。このくらいの段差だと私には介助は不要です。そこで、次に私が入り口の手すりをつかみ、実際にだれの介助も受けずに乗り込んでみせました。
 次に9700型と平行に停車させてある従来型の車両に参加者の中から4~5名を介助者として、手動車いすを乗車させてもらいました。狭い扉と高いステップ。車いすを平行に保とうと下から4人が必死に支えます。しかし狭い乗降口のことです。ちょっとしたことでバランスが崩れそうになるたび、車いすが傾き、乗っている人は車いすに命がけの形相(?)でしがみつきます。
 以前、公共交通機関の現状を検証する機会に、運転士さんの戸惑いや乗客の驚きの視線を浴びながらのバスや電車の体験乗車こそありましたが、これまでこうした光景は、街中で見かけることはありませんでした。
 電動車いすの仲間が試乗会の車中でTVのインタビューに「これまで電車やバスに乗ろうという発想さえありませんでした。今日、(試乗会の日)生まれて初めて電車に乗りました」と答えていました。
 この言葉が、これまでの重度障害者のすべてを物語っています。彼らの毎日は、車の排気ガスを吸い(これがまたまともに顔面に当たるのです)、日焼けを気にしながら強い紫外線を浴び、また毛布を膝に巻き、ぶ厚い手袋やマフラーでしっかり防寒対策をとり、数十分かけて目的地へ自力走行で出かける、それが日常なのです。バスや電車に乗る、それこそ非日常だったのです。
 電車の愛好家たちは、ノスタルジックだけではない、ハイテクのかたまりと表現される最近の路面電車の知識は、実に豊富です。しかし、車いすの実演を見て、床の低さの威力に改めて驚いているようでした。
 午後2時37分、いよいよ9700型電車が滑るように動き始めました。76人の定員に参加者や報道関係者などで車内は身動きが取れない超満員状態。ブレーキのショックを感じさせないソフトな運転技術の女性運転士。静かな車内。極端に少ない揺れ。それでいて力強い加速感。ヨーロッパでは路面電車は郊外を時速80キロで走行しています。愛好家がかつての「チンチン電車」とは違う、というとおり凄い性能を秘めているそうです。
 通行人やドライバーの視線を浴びながら、終点を折り返し、大勢の人が乗り降りする熊本一の繁華街にある「通町筋」電停で全員下車。幅1メートル5センチしかないこの電停で、電動車いすの仲間たちははたしてうまい具合に降りられるでしょうか。先に降りた手動の私は、ハラハラしながら見ていました。電停の高さは18センチ。乗降口との差は12センチ。しかし、案ずるより産むがやすし。乗降口のリフトを下げて電停と同じ高さにすることもできるのですが、彼らはそのまま12センチの段差をクリアして大勢の乗降客とともに降りてきました。
 「通町筋」電停近くのホールでシンポジウムが始まりました。全国各地から参加の電車愛好家に加え、交通事業関係者や行政、議会関係者など合わせて200人ほどの参加で狭いホールは熱気に包まれました。
 熊本市交通局長や今回電車を納入したメーカーの担当者、イギリスの交通事情に詳しい研究者など6人に混じり、私たちの団体の代表も障害者代表としての意見を述べました。
 さまざまな議論が展開されましたが、全員に共通していたのは、単体としての車両の良し悪しではなく、障害者の社会参加や街づくり、高齢社会や街の活性化、環境問題など、いまの都市が抱えている課題を視野に入れ、それらを解決するための交通システムとして都市交通を考えていかなければいけないということでした。

(むらかみひろし ヒューマンネットワーク・熊本)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年1月号(第18巻 通巻198号)63頁~65頁