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ワールド・ナウ

イギリス

ケア・マネジメントはどう機能しているか

立岩真也

「ケア・マネジメント」って?

 「公的介護保険」との絡みで「ケア・マネジメント」という言葉がよく聞かれるようになった。内容はというと、まずユーザー(利用者)にどういうニーズがあるのか調べるアセスメントをし、どんなサービスをどう組み合わせて提供するかプランを作る。そしてサービスが提供されると、それがうまくいっているかどうかを調べ、直すべきところを直す。これが「ケア・マネジメント」である。それを行う人が「ケア・マネージャー」と呼ばれ、「障害者福祉」の領域でも導入が検討されている。
 さて、「人のマネジ」でなく「ケアのマネジ」なのだと言われても、だれしもマネジ(管理)されるのはあまりありがたくないのではないかと思うが、どうだろうか。それを研究するプロジェクトが日本財団の助成を得て始まり、私もその一員としてイギリスへ視察に出かけた。
 イギリスの「コミュニティ・ケア」の中にケア・マネジメントが位置づけられていて、日本のケア・マネジメントのモデルになっている。車いすの人が4人、総勢10人で、昨年の8月27日から9月4日までの日程でロンドンへ出かけた。
 休みは日曜日だけ、他の日はたいてい朝の10時から夕方の5時まで窓もない1室でひたすら話を聞く、それが終わるとホテルに帰ってミーティングというなかなかハードな旅だった。話をするイギリス人はだれもが皆、質問攻めに会った。日本人の「研修」は、実際には観光旅行に近いおざなりなものが多くて残念だ、という話を今回の旅を手伝ってくれた現地の人がしていたが、今回はそうではなかった。

イギリスの現状

 お話をうかがったのは、ジョン・キープさん(40年間地方自治体で福祉・医療行政に携わり、現在は王立リハビリテーション協会の事務局長、国の予算を使い自治体の社会サービス部門で働く人たちに対する訓練プログラムを行っている)、ジェリー・ニューマンさん、ジュディ・ウィルキンソンさん(2人はランベス自立生活センターの所長、マネージャー)、ジェーン・キャンベルさん、フランシス・ハスラーさん(ともに全国自立生活センター協議会共同ディレクター、このセンターは日本の全国自立生活センター協議会のような各地の自立生活センター=CILの協議機関ではなく、政府から支給される介助料を使い介助者を利用者が雇用する「直接給付」―96年に法律化された―を全国に広げる活動を国からの資金提供を受けて行っている)、ビック・フィンケルステインさん(通信制の大学オープン・ユニバーシティの教授、元DPI世界評議員、WHOによる障害の定義にも関与した)など。
 全員が障害をもちサービスの利用者でもあるが、政策の立案、法律の制定、サービス提供の側の現場にも関わりをもつ人が多い。むしろ、キープさんなどは基本的にソーシャル・ワーカーのサイドからの話をした。他方、ランベス自立生活センターの2人には、運動のリーダーとしての話とともに、「普通の」利用者(といっても、比較すれば恵まれた立場にいるのだが)としてのお話をうかがうことができた。
 お聞きしたことすべてをここに紹介するのはとても無理なので、ここでは1つだけ。要するに「コミュニティ・ケア」「ケア・マネジメント」はどうだったか。
 やはりうまくいっていないようだ。イギリスという国は、予算がない予算がないと思っている国で、カットできるところはカットしたい。そこで、ケア・マネージャーは予算を削減したい自治体行政当局の「尖兵」になってしまう。実際、サービスの利用者はそのように受け止めていた。例えばランベスCILの2人の女性は、マネージャーが利用者本人にとってかなり恐い存在であることを語った。基準がないから、その年々の自治体の予算と、それを受けたマネージャーの采配が生活を左右し、またそのマネージャー=ソーシャルワーカーがどういう人であるかという偶然にも左右される。利用者もマネージャーに対して文句を言えない。ニーズの再評価はしばしばサービスの切り下げにつながり、それでも彼女らの場合はまだいいほうで、自分で情報をもっているから主張もできる。またケア・マネージャーの来訪時に仲間に同席してもらい自らの説明を補ってもらうなどサポートを得ているという(これは禁止されてもいないが、法律的に保障されてもいない)。こういう環境にいない大多数の利用者はもっときびしい、とも言っていた。
 多くのケア・マネージャーが利用者と一緒にサービスを組み立てていくという立場に立てていないことは、マネージャーの大多数は真剣に仕事に取り組んでいるのだと力説していたキープさんも述べていた。例えば、ケア・プラン(の写し)を利用者に渡そうとしないことが多いという。不服申し立ての制度はあるが、十分には機能していない。そして、マネージャーが利用者の立場に立とうとするなら、その人は、今度は利用者との間で「板挟み」になって悩んでしまい、ジレンマに陥ってしまうという。このこともキープさんは指摘した。
 これらのことは、最近日本で何冊も出されている概説書には書かれていない。しかし、このシステムについて少し冷静に考えてみれば、当然ありうることである。キープさんは盛んに利用者とマネージャー=ソーシャルワーカーとの間の「信頼」の大切さを強調していたが、問題はそうした関係が確保されるようなシステムになっていないことである。ケア・マネジメントが利用者に対して抑圧的に働いてしまう、そういう位置にケア・マネジメントが位置づけられ、ケア・マネージャーが位置づけられてしまっているのである。だから「信頼」は一種の願望としてしか語られない。現実にその信頼が育まれているわけでないことは、ケア・マネジメントを推進しようとしている人たちも認めざるをえないのである。

別のシステムがありうるのではないか

 だから別のシステムを作ったほうがよいのではないか。そう考えるのは自然の成り行きである。まだ詰められてはいないが、概略以下のような対案を現在検討中である。
 ケア・マネジメント、ケア・マネージャーの代わりに、はっきり利用者の側に立って相談を受ける、情報を提供する、一緒になってどんなサービスをどう組み合わせるか考える、そういうサービスをする、そういうサービスをする人を置く。世の中には、経営コンサルタント、結婚式場コンサルタント、さまざまいる。弁護士といった仕事もある。そういう仕事をする人が医療・福祉にもいてよいのではないか。マネージャーではなくて、コンサルタント、代理人・代弁者(アドヴォケイト)といったものをこの業界でも置くのである。
 こういう仕事は民間でやるほうがうまくいくだろう。そして自身も障害をもっている人がこの仕事に適任なこともあるだろう。仕事は民間でやるが、お金は税金を使うのがよい。時には役所にたてつく仕事に役所からお金が出るのはおかしいのではないか、と思う人もいるかもしれないが、おかしくはない。まず税金は「役所のお金」ではない。そして文句を言う権利、たてつく権利も権利の1つである。国選弁護人というものもあるではないか。実は、昨年から始まっている「市町村障害者生活支援事業」が、私たちの考える方向で使える事業である。この事業と別に「マネジメント」を立てるより、この事業を拡張していくほうがよいのではないか。
 他方で、行政サイドにはサービスの原則と基準をはっきりさせることが重要である。これがはっきりしないままでは、本来調整もなにもあったものではない。原則・基準があってはじめてそれに基づいた調整が行われる。イギリスには「コミュニティ・ケア」の原則とそのシステムはあるのだが、それにはまずい点がある。まず家族がかなりあてにされている。施設でのケアからコミュニティでのケアへという理念も最初はかなりはっきりしていたのだが、次第にそのあたりが曖昧になり、小規模(といっても何十人か)の施設でのケアもコミュニティ・ケアということになってきている。また、「行革」の一環としても、サービス給付に民間組織を使うことに積極的なのだが、行政が1番値段を安くした組織と一括契約してしまう方法だと、価格面での競争だけになってしまい、競争による質の向上にはつながらない(向上させるためには、複数の供給主体があった上で、利用者=消費者が直接選択できるようにすべきだ)。そして、実際の供給の場面でどれだけのサービスを提供するかというはっきりした基準がない。
 日本の『ケア・ガイドライン』はさらに曖昧である。ある種の「心構え」が語られた後、マネジメントの手統きが書いてあるだけなのだ。だから原則を立て、基準を作る必要があるし、それはイギリスのものよりもよいものでなくてはならない。地域で暮らすために必要な量のサービスを供給することをはっきりさせ、どういう場合にどれだけのサービスを提供するかを設定させる。
 もちろん、それが実際に十分なものであることは最初からは期待できないが、少なくとも、どこに問題があるのか、問題の所在ははっきりする。攻守の立場がはっきりする。それに対し、ケア・マネージャーが曖昧に間に入ると、結局、「○○がないので、残念ですがご要望には沿いかねます」と、今まで通りのことが起こり、しかも、その責任主体はどこなのか、といったことが曖昧にされてしまう。これではいけない。
 サービス供給の責任主体(実際の供給主体ではなくその費用に責任をもつ主体)=行政、サービスの利用者、複数あるサービスの供給主体、そこから利用者が個人のニーズに基づいてサービスを選ぶ。その選択を助け、サービスの量について行政とかけあったりするのをサポートする人や組織がやる。このようなシステムがよりよいシステムではないか。
 今回の視察については、今年度中には報告書が作成されるはずであり、次に、そこに示される案を具体的に肉付けしていく作業が続くはずである。また、2月上旬に報告会が行われる(於・日本財団)。
 報告書・報告会に関心をもたれる方はヒューマンケア協会(TEL 0426-46-4877、FAX 0426-46-4876)にお問い合わせ願いたい(ホームページhttp://itass01.shinshu-u.ac.jp:76/TATEIWA/1.HTMでも情報を提供する予定です)。

(たていわしんや 信州大学医療技術短期大学部助教授)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年1月号(第18巻 通巻198号)74頁~77頁