ハイテクばんざい!
移動―足の不自由なひとのための自動車
斎藤 隆
足の不自由なひとがクルマを運転するためには、手動の運転補助装置付きのクルマが必要になります。近年の規制緩和により比較的容易にこの装置を取り付けることができるようになりましたが、障害の程度にあわせた装置の選択・調整や、車両購入に際してさまざまな手続きやフォローが必要なため、一般のクルマのオプションのような具合にはいかないのが現況です。購入されたクルマに、専門の改造業者に運転補助装置を「後づけ対応」してもらうという形で提供されているのが大部分です。
しかし、自動車メーカーとしてもこの状況を座視しているわけではなく、自動車メーカーならではの装置を開発し普及を図ろうとしています。
運転補助装置
1 手動装置
足の不自由なひとは、左手でアクセルとブレーキの操作を行うことになります。オートマチック車をベースとして、手動の運転補助装置が取り付けられます。コントロールアームの操作によりリンクあるいはワイヤを介してアクセルペダル、ブレーキペダルを動かすわけです。最近、当社で開発したワイヤ式補助装置は、基本的な構成部分を大きく変えずに種々の車両に対応できるように計画されています。
さらに手掌部の機能、下肢の障害状況、身体のバランス保持機能のレベル等により、細かい調整が加えられます。運転中は両手がふさがるため、各種のスイッチは左手の指先で操作できるようコントロールアームに配置されています。
2 ステアリング
運転をスムースにするには、ハンドル操作力の軽減が必要です。パワーステアリング(PS)が標準仕様として装備されている車両を使うことになりますが、さらにトーションバーのセッティングに工夫を加え、一般PS車の約40%減の操作力(45→30kg /cm)を実現しています。
3 専用シート
障害があるひとの運転の安全性の確保はいかに残存機能を引き出し維持するかにかかっており、その鍵を握るのが運転シートです。ここで紹介する専用シートは、以下の特徴をもちます。
①車いすからの移乗性の向上
- 可倒式サイドサポートを外側に倒し、車いすからシートへの乗り移りを容易にします。
②運転の操作性の向上
- パワーシートにより適切なシートポジションがとれ、運転の操作性を向上させます。
③安定した運転姿勢の確保
- 大腿部を支持する高めのサイドサポート、中折れ式シートバック、ショルダーサポートにより運転姿勢をしっかりサポートします。足でふんばりの利かない下肢障害のあるひとにとって体幹(トルソー)を安定的に支えることが重要なのです。
④床ずれ防止・脱着可能なクッション
- 足のふんばりが利かないため、尻部に床ずれが生じやすいので、シートクッションにシリコンパッドを採用し床ずれ防止を図っています。また、シートクッションは洗濯がしやすいように脱着可能にしています。
図1 中折れ式シートバック
図2 脱着シートクッション
4 車いすの格納装置
車いすをどのように自動車の中に格納するか、その操作軽減はこのような自動車にとって重要な要素となります。後席床に格納しやすくするために、運転席側から助手席を前方に移動しシートバックを前傾させる機構(ウォークイン機構)を組み込んでいます。
腕の力が弱く自力で車いすを格納することができないひとのためには、電動式の格納装置があります。リアドアを電動式のスライドドアとし、後部席に電動クレーンを装備して、容易に車いすを出し入れする装置です。
以上、紹介したものは車いすから乗り移って運転するタイプですが、車いすのまま乗り込んで運転したいという要請があり、いくつかの試みが行われています。しかし、ベースとなる車両の構造上の問題が障害となり理想的な形にはなっていないのが現況です。車両の床面がフラットで低いことが条件であり、低床FF車の登場が待たれます。最近、電動車いすに乗ったまま乗車し、ジョイスティックで運転するタイプのクルマが紹介され話題をよんでいます。
ここで、海外の事例も紹介しておきましょう。ローテクのものとしては、ステッキでペダルを操作するまったく素朴で単純なものと、電子制御のハイテク駆使のものと両極があります。
図3 車いすの格納
モビリティセンター
ローテクとかハイテクを論ずる前に、英国のモビリティセンターを紹介しましょう。私が訪ねたのは、ロンドン郊外の障害者のためのドライビング教習所。障害者側にたったすばらしい組織であり施設です。
8名の専任スタッフとPT、ドクター、ソーシャルワーカーなど三十数名のパートタイムスタッフをかかえ、障害者のモビリティに関係する情報提供、障害者の機能評価、運転教習、調査を行っています。
補助機器紹介室、車いす搭載検討、教習車(十数台)、教習コース、機能判定機など充実した設備をもっています。ここで見たのは、必ずしもハイテクではなくとも、一人ひとりの機能に応じた対応のしかたがあること、技術側面ではなくソフトの部分(組織と運営)の重要性です。また、運転教習という視点だけではなく、モビリティという視点から障害者の生活全般にかかわっていく姿勢に感銘を受けました。
ハイテク考
ハイテク(コンピューター駆使)によれば、どんなことでもできると考えている方が多いかもしれませんが、私はそうは考えていません。コストという制約、交通システムや自動車の安全システムといった上位のシステムとの調和を考える必要がありますし、必ずしもハイテクに頼らなくてもよい解決策があるはずだと考えています。
何をどうサポートするか、ポイントをおさえた技術(テクニカルエイド)が優先するわけで、ハイテク案もいろいろの案のひとつだと考えています。ただハイテク案の最大の課題は、フェールセイフです。自動車の運転操作でいえば、エンジンのオーバーラン、ブレーキの失陥などの基本性能が失われるようなことが万に一つもあってはならないのです。それを保証するために人工知能的なシステムを導入しようとすると、ばく大な費用がかかります。
また、いくらシステムを高度化し緻密にしても、取り扱うのは生身の人間であり、その知覚、判断力、動作の機敏性に負うところが大きいわけです。そしてなにより、一般道路を走るわけですから、他人への影響を考えなければなりません。障害があるひとの機能をどれだけ補うことができて、全体の交通システムを乱すことなく自動車をコントロールすることができるかという判定も大事な要素となります。さらに、コストという現実的な問題も絡んできます。そういった意味で先に紹介したモビリティセンターの活動が大変参考になったのです。
利用者の声
専用シート、軽操作のステアリングなどいずれも利用者からは好評ですが、設定車種が限られていることに多くの不満がよせられています。設定車種の拡大につとめますが、専門の改造業者とタイアップして対応幅を広げていきたいと考えています。また、車いすとのかかわりが大切なわけで、車いすのまま乗り込むタイプのクルマや車いすの格納装置、乗り込むためのサポート装置などの要望があります。私どもメーカーとしても、これらの要求の実現にむけて努力を約束して本文を終えます。
(さいとうたかし トヨタ自動車㈱第三開発センター)
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年2月号(第18巻 通巻199号)48頁~51頁