音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

特集/障害者プラン推進・厚生省予算

リハビリテーション どこまできたか日本の現状

工学

野村 歓

 「社会的・家庭的・経済的に恵まれない高齢者や障害者は施設に収容し……」といった考えの基に進められてきた頃の社会福祉施設の建築環境は、厳しい状況下にあった。これに憂慮した日本大学の木下茂徳教授が、福祉施設といえども人間らしい生活環境を整えるべきではないかといった考えを世に問うたのは、昭和30年代のはじめである。これが工学分野からの最初のアプローチであった。一方で、東大工学部建築学科の吉武泰水教授がアメリカ合衆国保健福祉省から出版された『多種類の身体障害のためのリハビリテーション施設の設計』という小冊子の翻訳を行ったのが、リハビリテーション施設に関する建築設計資料の最初ではなかったか。
 このように、リハビリテーション分野に対する工学関係からのアプローチは建築分野から始まった。とはいえ、昭和40年代のはじめに木下教授が東京都から都立心身障害者福祉センターの設計を委託されたときに、参考になるような建築設計資料は国内には一切なく、外国の資料を基に手探りの状態で設計を行ったことを思い出す。また、当時東大病院中央診療部リハビリテーションセンターにおられた上田敏先生と都の住宅改造費補助事業の単価を決めるための模擬改造案を検討したり、車いす使用者用公衆トイレの標準設計はどのような設計をしたらよいかなどと、それこそマニュアルづくりに一生懸命であったのはわずか30年前のことである。
 さて、現状はどうか。リハビリテーション工学は、建築から道路・交通、さらには社会システム工学へと拡がり、また、エレクトロニクス技術のめざましい発展によって福祉機器の世界は非常に広範な世界へと拡がってきた。
 しかし、現状を見ていて、このままでよいのだろうかとしばしば思い悩む。1つはリハビリテーション工学が、本当に障害者や高齢者の日常生活を支援し、生活の質を向上する方向に進んでいるのだろうか、ややもするとリハビリテーション工学の技術開発の原点が技術者の単なる思いつきではないだろうか、と思ってしまうことがあるからである。技術をもってすればすべての問題が解決され得るといった思い上がりが技術者にしばしば見られるが、本来ならば高齢者や障害者の生活内容に開発思想の原点があることに基本姿勢を置くべきであるのはいうまでもない。もう1つは当初、何の資料もなく設計に苦労したことに比べ、現在はいろいろな分野に設計マニュアルがあふれている。そしてマニュアルを参考にすれば設計ができてしまう時代である。しかし、マニュアルとは基本思想しか伝えきらないのである。個々の配慮は、場面に応じて対応していくべきなのに、それをしない技術者が次第に多くなってきたのではないか。
 工学に携わる者としてこの事実を謙虚に受け止め、さらに研鑽を重ねたい。

(のむらかん 日本大学理工学部教授)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年3月号(第18巻 通巻200号)22頁