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各国のセルフヘルプグループ

ドイツ・イギリス事情

中田智恵海

▼ドイツ

 フランクフルトから約70キロの小さな村ヒュッテンベルグにその事務所はあった。「口唇口蓋裂のためのセルフヘルプソサイアティ―ウォルフガング・ローゼンタール協会―(WRG)」。所長は自身も口唇口蓋裂があるソーシャルワーカーのレジナ・テゥット。彼女からもらったリーフレット(写真1 略)には、「家族」と題して子どもが父母に抱かれるようにしてすっくと立つブロンズ像がグループの象徴として映っている。このブロンズ像は医師ルードヴィッヒ・ライツ博士の作で、さらにグループの副名「ウォルフガング・ローゼンタール協会」のローゼンタールも医師の名前である。設立は1981年であるが、それ以前1920年代からローゼンタール博士は口唇口蓋裂やそれに関連する疾病や障害、例えば両眼隔離症(目と目の間が離れている)、ピエールロバン症候群(顎骨の発育不全)などの治療には形成外科の他に顎顔外科・口腔外科・矯正歯科・耳鼻科・小児科・言語聴覚士など種々のチーム医療が必要であることを説いたことを記念して、グループの副名に彼の名を冠している。専門職の色彩の濃いグループらしい。
 しかし、その一方で「セルフヘルプ」という用語を主題に用いている珍しいグループである。たいていこうしたグループにはセルフヘルプという認識はない。ただ、共通の状況にある人々が医療や社会サービスの情報を求めたり、同じ状況にある他の親はどのように苦悩や絶望と対峙しているのかを知りたい、私の思いを分かってもらいたい、というやむにやまれない思いで集まってくる。自分たちのしている活動がセルフヘルプなのだと気づかないまま続けていくうちに、だれが言うともなくそれは「セルフヘルプ」なのだと知って、初めて自分たちの活動を明確に把握することが多い。このグループが自分たちの活動を初めからセルフヘルプであると認識したうえで、活動の意義や援助の機能を全面に打ち出していることは強みである。次はこのグループの概要である。

設立:1981年

会員:口唇口蓋裂児の親と本人の約1800名

会費:年48ドイツマルク

 政府からの補助金は受けない。原則として会費と健康保険や国立保健センターからの若干の寄付のみで運営

組織:全国に102の支部を有し、各支部には無給のコンタクトパースンと称する支部長を置き、支部内のあらゆる活動を担う。支部長には医師を含む専門職が約1割いる。本部には有給の専任で所長が常駐して総括する。

活動内容:

①口唇口蓋裂児の出産直後の親への心理的サポート、授乳の方法や医療についての情報提供。医師でさえも口唇口蓋裂について専門的医療も知らず、出生直後に哺乳瓶での授乳が可能であるにもかかわらず、鼻腔栄養にしてしまうケースも多いから、医師に対しても教育や広報をする。このように出生直後の親の支援を主たる活動とする。
②その後も親や本人の支え合いの場や学習の場として、週末に定期的に医療講演会や会員の交流会を開いて学習し、体験談を共有している。
③『口唇口蓋裂フォーラム』というA4版約30ページの冊子を年3回発行。医師の記事、親の体験談、本人の作文などを掲載。広告はスイスの口唇口蓋裂児用の哺乳瓶を製造する会社だけを掲載し、この会社が発行する乳房からの授乳法を記した冊子も会員に配布している。
④年1回の医療祭りには会員から代表を送る。

 テゥットさんは大変に温かい人柄を全身で表しながら言う。「イギリスのこうしたグループ『CLAPA』とも交流しているのです。日本の方とも交流できれば嬉しい」と。

▼イギリス

 イギリスの口唇口蓋裂協会(The Cleft Lip And Palate Association : CLAPA)は事務所をロンドンの中心部に置き、全国に支部は43か所。会員数ではおそらく世界最大であろう。各支部長が地区の会員に会報を発送するが、会報の発送部数からみると会員は約1万人だという。「このビルはもうすぐ建て直すので、それまでの約束で安く借りられた」と自身も口唇口蓋裂のある所長のギャレス・デイビス(写真2 略)。彼はCLAPAが政府から年間2万5000ポンドを1996年から2000年まで5年間助成されることが決まった1995年秋に採用された有給の職員。38歳で妻アンナとの間に3人の子どもがいる。「口唇口蓋裂の子どもが生まれたってかまわないと思っていたけれど、みんな健常な子どもだった。大学では経済学を専攻したから非営利の経営に関心があって、これまでアムネスティ・インターナショナルやホームレスの生活困窮者のための慈善団体で働いていた。ここは口唇口蓋裂のある自分には待ち望んだ仕事場だよ。助成金の切れる2000年のその後は何のめどもついていないが、その時にはまた考えるさ」と歯切れがいい。
 1979年、グループの発足を呼びかけた母親の一人であるサイ・サーラウェイは代表者として、あるいは理事としてグループの中心にいたが、助成金を獲得できたことを機に他の数人の中心人物と共に退会した。助成金は組織の変革をもたらしたのである。ちなみに彼女は1991年、他の慈善団体の代表者らと共にエリザベス女王主催のお茶会に招待されている。王室がこうした形でグループを支援することが活動を維持、推進することにつながっている。
 このグループのユニークな特徴は会費をとらないことにある。会費をとれば払えない者は会員になれない。同じ口唇口蓋裂同士でも「あなたは会員ですか」で会話が始まるから、同じ障害をもつ仲間同士が会員と非会員に分裂するのは望ましくない、との観点に立っている。仲間同士の結びつきや分かち合いを何よりも大切にしているのである。会費をとらないで会報や冊子を発行し、仲間が医療や障害に対する考え方を学習し、親たちの交流会をする資金を得るための努力は惜しまない。
 さらに、もう1点のユニークさは専門職への支援である。寄付を募って逆に医療機関や専門職らに資金援助をしたり、専門職の研究にはグループをあげて協力していることにある。例えば、
 エセックス支部 : 口唇口蓋裂手術用のマイクロレーザーナイフを治療チームに寄付するために3万ポンド集めよう。国際ライオンズクラブから2万ポンドの寄付を得られた。
 ロンドン南西部支部 : クイーンメアリー病院が口唇口蓋裂児用の母子の部屋を作りたいと希望している。そのための基金づくりのチャリティーダンスパーティー、マラソン大会、イースターには喫茶店とバザーを開催し、1000ポンド以上が集まった(1990年報告書から)。また、臨床心理学のビッキー・コクレイン博士が口唇口蓋裂をもったことが心理的にどのような影響を与えるかについて研究したいので協力しよう(1994年会報)、と記されている。デイビス氏は「専門職と対等な関係をもつためには、こういうことも必要なんです」と強調する。
 ちなみに寄付や基金集めの総額は1994年は3万5714ポンド、1995年は3万8839ポンドといった具合である。CLAPAのロゴの入ったクリスマスカード、Tシャツ、マグカップ、シャープペンシルや口唇口蓋裂児用の哺乳瓶を販売する。バザーやパーティーを開いて会費を得るなど、極めて活発である。また、イギリスではこうした民間団体は企業や慈善団体に寄付を募る際にチャリティーナンバーをもらっていれば政府からの承認を得ている証拠となり、募金は集まりやすい。CLAPAもその1つである。基金を獲得するエネルギーは他に類をみないだろう。
 また、病院によっては、院内に口唇口蓋裂児の親の会をつくり、支え合っているところもある。Nottingham Cleft Lip and Palate Support GroupやCleft Lip & Palate Unit Guy's Hospitalなどがその1つであるが、こうしたグループもCLAPAに登録して資金上の援助を得ている。
 口唇口蓋裂の場合、普通から逸れている要件は容貌の異型に止まることが多い。もちろん言語障害が残るためにコミュニケーションが阻害され、社会生活に大きく影響することもないわけではないが、医療が進歩したおかげで言語障害もなく、咀嚼障害もない、機能上の障害は全くないことも多い。ではこの先天異常の何が苦悩の根拠となるのか、といえば容貌の異型だけにすぎない。何でもないではないか、というのが大方の考え方である。そしてそのとおりに人生を歩む子どもたちも多い。しかし、そのわずかな異型が結婚という時期を迎えて一変する。たちまち、口唇口蓋裂による異型を理由にその選択の機会は狭められる。このことを恐れて親たちは子どもに真実を告げず、口唇口蓋裂であることを隠そうとする場合もいまだに多い。このことがじわじわと本人や親たちの気持ちをむしばんでいく。程度の差こそあれ、この思いは世界に共通するらしい。
 しかし、1992年、エセックス支部の口唇口蓋裂をもつ12歳のルーシーが海祭りの女王に選ばれ、さらに1996年早期教育センターのポスターに2歳の口唇口蓋裂児の上半身が「ジャック、君は絵のように美しい」と題して掲載された。この事実は容貌の異型を否定して、何とかもう少し普通に近づけないか、と常にこころを傷め、手術に期待を寄せている親や本人たちをどれほど励ましたことであろうか。会報には「海祭り協会はこれを機にCLAPAの賛助団体として名を連ねることになった」「口唇口蓋裂児を取り上げた早期教育センターに感謝する。そして口唇口蓋裂があることは何も恥ずかしいことではないことをこの1枚のポスターは物語っている」とある。また、「口唇口蓋裂をカモフラージュする化粧も大切にちがいないが、普通の顔に近づくことがすべてなのではない。口唇口蓋裂の子どもをあるがままに受け入れることこそ、大切なのだ」と訴えている。そしてこのように親を教育し、社会にこの障害を受け入れる土壌を醸成することも、グループの役割だと捉えている。

 ドイツの協会もこのイギリスの協会も全国を総括するリーダーは当事者本人である。このことがセルフヘルプグループによる援助の特性を遺憾なく発揮することにつながっている。口唇口蓋裂児を出産した親はそれだけで子どものすべてを判断して希望を失いがちであるが、成人して立派にグループの総括を務める人を見ただけで、それを自分の子どもの将来のモデルとして安心する。共感や受容といった援助の技術など必要ない。当事者本人がそこにいるだけで、絶望する親は十分に生きる力や育てる希望が育まれる。このようにグループの最高責任者として当事者が存在することの意義は大きい。
 会報やリーフレットに手術前の口唇口蓋裂児の赤ちゃんの写真を堂々と掲載している点ではアメリカとも共通している。これもいまだ日本では難しいし、いまだ日本には全国組織はなく、各地域でそれぞれに活動しているだけである。またグループのリーダーは当事者ではあってもその親たちである。この2つの国のグループのあり方はわが国の今後のあり方に大きな示唆を与えるだろう。
 次回は、アジアを含めた日本の事情について述べよう。

(なかだちえみ 武庫川女子大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年5月号(第18巻 通巻202号)51頁~55頁