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列島縦断ネットワーキング

埼玉・市民の声が生かされた新しい市役所

武井英子

 昨年11月14日、新座市役所内の会議室は、拍手で沸き返っていました。この日、市内障害者団体とその関係者が集まり、建て替え工事中の市役所第二庁舎の見学会が行われました。拍手は、市管財契約課の中村、平沢両氏に贈られたものでした(第二庁舎は、昨年12月末にできあがりました)。
 一昨年7月、市内各障害者団体のネットワーク的な役割を果たしている「キャベツの会」で行った「公共施設の点検活動」で、市内の公民館、コミュニティーセンター、市民総合体育館、分庁舎、市民会館、中央図書館、商工会館、市役所の点検をした際、一緒に参加してくださったのが中村さんでした。車いすを利用しているMさんと市役所の車いす用トイレを点検し、実際に車いすの人がどうやってトイレを利用しているかを知り、「これから建て替える第二庁舎のトイレに生かしたいので、みなさんの意見を聞きたい」と言って、後日、設計事務所のスタッフを全員集め、私たち「キャベツの会」との話し合いの場を設けてくださいました。
 話し合いの場では、さまざまな障害者の意見や、日頃から一緒に行動したり介助もしてくれている健常者の意見がたくさん出され、それぞれが自分の立場で真剣に考えたり、自分と違う障害者の意見を初めて聞き、「そうだったのか」と驚いたりしました。
 例えば、視力障害者のための点字ブロックが、車いすの人や杖をついて歩く人にとってはその凸凹ゆえにかえって歩きづらかったり、反対に車いす用に段差をなくしてある所が、視力障害者にとっては段差があったほうが分かりやすかったりということもあります。また最近の傾向として、壁面やドアの色は同系色の淡い色で統一されていますが、弱視の人にとっては、色の強弱がないと出入口や部屋の隅などが分かりづらいという意見も出ました。トイレ1つを考えるにしても種別を超えた障害者が集まることにより、お互いを知ることにもなり、とても白熱した話し合いになりました。
 まちづくり条例にも示されていますが、障害者用トイレというのは、一般的な洋式トイレを車いすの人に合わせてスペースを広くし、手すり、手洗い等にも配慮が施されているので、健康な人はもちろん、老人や子ども、妊婦にも使いやすいものだと言えるでしょう(写真3 略)。しかし、障害者用というように掲げてしまうと、障害者(特別な人)しか使用してはいけないもののようになってしまいがちです。ほんとうの共育、共生はまず分けないことから始まり、お互いのことを知り合うことからというのが、私たちの強い思いでもありました。それを行政の方がしっかりと受け止めて、すでにできあがっていた図面を白紙に戻してくださいました。すなわち、車いす専用のトイレ1つにすべてを盛り込むのではなく、“さまざまな障害者が利用できる普通のトイレ”へと発想を変えて、5階建ての新庁舎の各階のトイレを工夫を凝らしたものとすべく、図面を作り直してくださったのです。その後も何回となく話し合いをもち、一緒に悩んだり考えたりしました。
 こうしてできあがったトイレは、想像以上のものとなりました。1階と3階のものには2人介助が必要な人のために便器を斜めに設置し(写真4 略)、また荷物を置いたり、下着を交換するための簡易ベッドを設け(写真5 略)、2階のものには市内の公共施設としては初めての電動リフトが設置され、4階と5階のものは標準的なトイレで、車いすの人も利用できる広さのものです。また、カテーテルや溲瓶、汚物洗いなどにも配慮した流しや(写真6 略)、各階女性用トイレにはベビーチェアも設置され、使用する人が使いやすいトイレを選べることが特徴です。これでも、すべての障害者が100パーセント使いやすいものにはなっていないことでしょう。
 しかし、自分にとっては不必要で使いづらいものであっても、車いすの○○さんとか、視力障害の△△さんが必要なものとして、一人ひとりの顔が浮かぶとなると、不思議と自分にとっても必要なもののように思えてくるのはなぜでしょう。
 中村さんはこの間の経過を振り返りつつ、設計は簡単だったが、実際の工事に入ると、担当の業者から、初めて手掛けるタイプのトイレに対して「ほんとうにこれでいいのか」と何度も念を押されたことや、下着の交換に配慮した簡易ベッドのメーカーがなかなか見つからず、ようやく探し当てて特注したことなどの苦労話をされたあと、最後に力強く、「たとえ失敗でもいいから、みなさんと一緒に考えることができたこと。これが結論であり、大切なことだと思います」と語られました。
 障害者の社会参加を促進する意味で、このトイレは、これから建てる公共施設のモデルになるのではないでしょうか。
 このように行政と当事者団体、市民が一体となって動き、1つテーブルを囲み、時間をかけて話し合い、何かを造り上げたという経験は、私たちにとって初めてのことであり、とても感動的なことでした。こういった感動の積み重ねが、行政や市民の財産となり、地域の人々の連携につながっていくのだと思いました。

(たけいえいこ キャベツの会)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年5月号(第18巻 通巻202号)56頁~59頁