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列島縦断ネットワーキング

東京
35都道府県からの参加者が学んだ
「第1回パソコン要約筆記指導者養成講座」

太田晴康

難聴者・中途失聴者の多様なニーズ

 聴覚障害者のコミュニケーション手段といえば、一般には手話がよく知られています。しかし、難聴者・中途失聴者の中には、手話よりも補聴器や文字などを活用したコミュニケーションを望む人がたくさんいます。また、たとえ手話ができなくても不自由しない環境の実現こそが、ノーマライゼーションに基づく社会であることはいうまでもありません。
 話しことばを即時に要約して伝える「要約筆記」は、1981年、社会参加促進事業の一つとして「要約筆記奉仕員養成事業」と明記されて以来、全国各地で講習会が開かれるようになり、昨年11月には『広辞苑』(第5版)に初めて掲載されるなど、社会的にも知られるようになりました。そうした中で、手書きの部分を一般に市販されているパソコンキーボードに置き換えたパソコン要約筆記は、先端技術を活用することによって、難聴者・中途失聴者の多様なニーズに応えるコミュニケーション支援の方法として注目されています。いわば手書き要約筆記の伝統の上に花開いたハイテク「情報保障」といえます。一方で、その担い手はまだまだ少ないのが実情です。

利用者と担い手が共に作る講座

 去る3月6日、7日の両日、社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)が主催し、全国要約筆記問題研究会(全要研)が協力する形で開かれた第1回パソコン要約筆記指導者養成講座(全国労働者共済協同組合連合会助成事業)は、全国各地で試みられているパソコン要約筆記の方法を体系的に学び、専門技術及び専門知識の習得、聴覚障害者を理解し支援するための基本的な知識の習得などを通じて、地域におけるパソコン要約筆記講習会の企画運営指導にかかわる担い手を養成することを目的とするものでした。
 とはいえ、本邦初の試みということもあり、講座内容については、利用者である難聴者・中途失聴者と要約筆記の担い手が、講師や講義内容について、共に知恵を出し合って作っていきました。最近は、全国各地でボランティア主導によるパソコン要約筆記講座も開かれているようですが、重要なことは、企画段階から利用者が共に参加することであると思います。たとえば企画会議でのコミュニケーション手段はどうするのか、OHPを使った地域の要約筆記サークルの協力を得る、視聴覚障害者情報提供施設などから磁気誘導ループを借用するといった環境作りから講座は始まります。
 今回開かれた指導者養成講座の意図もその点にありました。パソコンを使った社会福祉援助技術ともいえるパソコン要約筆記の担い手を育てるにあたっては、その利用者である難聴者・中途失聴者にも積極的に応援してほしい、この講座で得たノウハウを地域における担い手の養成につなげてほしい、そして、健聴者と共にパートナーとして講習会の企画運営指導にあたってほしいという狙いがありました。

専門技術と専門知識の習得をめざす

 講座の内容は次の通りです(肩書きは開催当時)。

●「聴覚障害者の社会参加ツールとしてのパソコン」(日本聴覚障害者コンピュータ協会副会長 平川美穂子)

●「パソコン要約筆記と日本語の特徴」(全国要約筆記問題研究会代議員 兼子宗也)

●「パソコン要約筆記の機材とLANシステム」(東京理科大学理学部応用物理学科助手 藤平威尚)

●「入力速度の向上と辞書活用のノウハウ」(キャプショナー 大場美晴)

●「2人入力の方法と練習の仕方」(パソコン要約筆記練習会「はまかぜ」代表 浜本麻里)

●「パソコン要約筆記講習会の企画と運営」(東京都登録要約筆記奉仕員)

 いずれも現時点でのパソコン要約筆記の到達点ともいえる内容です。
 受講者は全国から134人の申し込みがあり、会場の定員の関係でやむなく35都道府県81人に絞らせていただきました。そのうち、22人は各地の難聴者協会からの参加者でした。会場の情報保障は手書きのOHP、パソコン要約筆記、手話通訳、磁気誘導ループの4通りを用意し、利用者が自らの聞こえの状態に合った方法を選択できるようにしました。
 当日の熱気についてはいうまでもありませんが、缶詰状態ともいえる、せまい教室での2日間にわたる連続講義を真剣に聴講された皆さんの姿勢には、企画運営側の1人として本当に頭が下がります。聞こえる聞こえないといった医学的事情を問わず、共に机を並べて受講したわけですが、こうした光景が全国の教育機関、企業などでもごく自然に見られることをめざしたいと思ったものでした。その実現のためにも、音声を伝えるさまざまな方法がごく当たり前に社会資本として用意される環境をつくっていきたいとも思います。

今後の展開

 本年4月、全国の障害者保健福祉主管部(局)長宛てに、厚生省大臣官房障害保健福祉部企画課長名で「要約筆記奉仕員の養成カリキュラム等について」が通達されました。
 同カリキュラムは、「障害者の明るいくらし促進事業実施要綱」「市町村障害者社会参加促進事業実施要綱」において別途通知するとされている内容で、基礎32時間、応用20時間の2課程で構成されています。両課程とも、手書きコースとパソコンコースのいずれかを受講生が選択できます。
 今後、全国約3300の市町村で要約筆記奉仕員養成講習会が開かれる際には、当然、多くの指導者が必要となります。さらに優秀な指導者が求められるだけに、全難聴と全要研では、今回の指導者養成基礎講座をきっかけとして、第2回、第3回と引き続き、リーダーの養成を継続的な活動として実施していきたいと考えています。
 朱鷺のヒナが自ら卵の殻を内側からつつくことを「はし打ち」というそうですが、今年初めてカリキュラムが策定された要約筆記もまた、自ら「はし打ち」を通じて殻を被り、新たな成長を遂げる時期にさしかかっているのではないでしょうか。

(おおたはるやす 全国要約筆記問題研究会副会長)