八日目
渡辺勧持
この映画は、なによりも、パスカル・デュケンヌの熱演で成り立っている、と言っていい。彼は、この演技で1996年カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。彼自身、ダウン症の青年である。
監督が彼の演技について、「パスカルは、“ふつうの”俳優にはできない演技をする」と言っているように、演技というよりは、彼自身の存在のすばらしさが、そのまま映画の中で生き生きと伝わってくる。役柄のジョルジュなのか、パスカル自身なのか。観客は最後まで半信半疑のまま、映画の中に引き込まれてしまうのである。これは、共演者のダニエル・オートゥイユにしても同じではなかったのだろうか。迫真の演技、という意味では、パスカルは、この名優を凌いでいる。
しかし、ジョルジュはいわゆる純真無垢の知的障害者として描かれているのではない。弱い立場の者特有の、自己中心的な狡猾さも持ち合わせているし、ナタリーという恋人とセックスもする現代青年である。猛烈社員であるアリーはひょんなことから、こんなジョルジュと知り合い、そのかかわりの中でこれまでの自分の来し方を考えさせられるようになる。しょうがないから助けてやろう、見捨てるわけにもいくまい、そう思った相手から自分を見つめ直す、重大なきっかけを与えられるのである。
そう言えば、ロンドンの地下鉄の構内で見た大きなポスターを思い出した。ダウン症の青年がにっこりと笑い、「僕の医者は、僕をダウン症候群という。心理学者は、僕を○○という。けれども、僕の友達は僕をジョンと呼んでくれる」というのである。
Center on Human Policy(アメリカのシラキューズ大学教育学部にある有名な障害者の研究所)では、「ラベルはびんに貼ってください。人間に貼らないでください」というコピーのポスターやTシャツを売っている。
映画、ポスター、インターネット等々、いろいろなメディアで、障害のある人もない人も一緒に暮らすことの大切さを伝えることによって、私たちがそんな社会を大事に思えるようになることを願っている。
(わたなべかんじ 愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所社会福祉学部)
八日目
(1996年、ベルギー)
監督/ジャコ・ヴァン・ドルマル
主演/ダニエル・オートゥイユ
パスカル・デュケンヌ
ストーリー
ダウン症のジョルジュは母親に会いたくて、犬と一緒に施設から抜け出す。一方、仕事一筋の会社員アリーは、妻と2人の娘に愛想を尽かされて家を飛び出されてしまう。そんな中2人は出会い、次第に心を寄せ始めるようになるのだが…。