音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

フォーラム’99

パトリシア・ソーントン他著
『18か国における障害者雇用施策:レビュー』
(全訳)をDINFで紹介

松井亮輔

 本書は、欧州委員会(EC)および国際労働事務局(ILO)から助成を受け、英国ヨーク大学社会政策研究所(SPRU)のパトリシア・ソーントンおよびネイル・ラントの両氏が各国関係者等の協力を得て取りまとめたもので、1997年SPRUにより出版されるとともに、GLADNET(国際障害応用研究および情報ネットワーク)のウェブサイト(http://www.gladnet.org)で公開されています。原書は、全体で313頁(2段組)の分厚いものです。
 SPRUから本書の翻訳について了承が得られるとともに、財団法人日本障害者リハビリテーション協会から助成が受けられたので、本書の全訳が可能となりました。翻訳作業は、障害分野での経験の深いメンバー16人で分担し、全体的な翻訳の監修等は、池田勗氏(前障害者職業総合センター統括研究員)および筆者が担当しました。
 本書の日本語版は、SPRUとの約束に基づき、DINF(※)で公開されています。
 本書は、本文のまえがきにあるように、1993年に英国雇用省(現・雇用教育省)の研究シリーズとして刊行された『障害者雇用政策:15か国における法律とサービスのレビュー』の改訂版であり、1993年版には含まれていなかった英国、スウェーデンおよびフィンランドが新たに加えられています。つまり、本書ではヨーロッパ連合(EU)現加盟国(前述の3か国の他、オーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガルおよびスペインの計15か国)ならびにオーストラリア、カナダおよび米国が取り上げられています。
 全体は、目次、まえがき、はじめに、各国報告および結論からなり、各国報告は、原則として政策と制度的状況、障害の定義、統計的雇用支援サービス状況、一般雇用―法的義務と権利、啓発活動、一般雇用―財政的方策、保護雇用および新たな労働形態から構成されています。
 1993年のレビューでは「各国における障害者を労働力に統合することを目的とした法律、制度およびサービスを概観すること」がねらいとされていたのが、今回のレビューでは、各国の対策の類型を概説するとともに、法的、行政的実施の詳細に触れ、かつ、それらが目的達成のためにどの程度効果的かについても検討がなされています。
 本書で取り上げられた18か国は、次の四つのグループに大別されます。
(1) 包括的な障害者差別禁止法を導入している米国、カナダ、オーストラリアおよび英国
(2) わが国と同様、障害者雇用率制度および納付金制度を設けているドイツ、フランスおよびオーストリア
(3) 一般の雇用対策の一環として障害者対策を進めているデンマークおよびスウェーデン
(4) その他の諸国:オランダ、イタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、ルクセンブルグ、アイルランド、ベルギーおよびフィンランド
 本書の著者らは、これらのグループに共通してみられる大きな傾向として、次のようなことを指摘しています。
1.最近、雇用率制度をもつドイツや、障害者を対象とした特別の雇用制度をもたないスウェーデン等においても、障害者差別禁止法制定への関心が高まってきており、その結果、前述の各グループ間の差異は、次第に縮小していくことが予想されること。
2.障害者と雇用との関連でほとんどの政府の重点は、温情的な国の介入から自立と責任を奨励する政策に移行している。それに付随した変化は、障害者の雇用義務を(国の領域とは別の)経済領域に移行させることや、事業主、被雇用者および障害者団体間のパートナーシップを発展させる試みである。
3.際だった動きは、一般の労働市場対策の中に障害者を統合すること、また、障害給付受給者の増加とそれに伴うコスト増から、積極的労働市場対策が消極的対策への依存に取って代わってきていること。
 また、従来は雇用対策の対象とは考えられなかった重度障害者などが対象とみなされるようになり、雇用機会を求める障害者人口がいっそう多様化してきたことから、障害者の雇用ニーズの個別性への認識が高まってきている。その結果、「一律的」政策アプローチは支配的ではなくなり、個別的ニーズへの対応が強化されるようになってきたこと。
4.多くの国では、政府の障害者施策所管部門はひとつではなく、より重度の障害者の特別ニーズに対応する部門と、一般サービスを提供する部門に分かれているが、一部の国では部門横断的な施策の重要性が認識されるようになってきていること。
5.資源とサービスの提供を地方に委ねる傾向が強まるにつれ、障害者施策の一貫性や、地域間の公平さの確保が課題となってきていること。
6.一部の国では、市場志向の影響を反映し、職業リハビリテーションサービスの提供に民間セクターがますます参入する一方、障害当事者団体がサービス提供者として登場してきていること。
7.重要な国際的動向は、政策の策定および実施について障害者団体の発言力が強くなり、かつ、大きなかかわりをもつようになってきていること。しかし、障害者の利益を雇用関係団体に包含するための新たな展開は、それほど顕著ではないこと。
8.援助付き雇用や一般雇用促進への関心の高まりにもかかわらず、ヨーロッパでは保護的就労の将来についての合意はない。ほとんどのEU加盟国では、それは依然として一般雇用以外の主たる選択肢である。一般雇用への移行は各国における保護雇用対策の一応の目標ではあるが、ほとんど実現されていない。障害者に対する別立ての特別雇用対策の将来に係る議論は、重度障害者のニーズを充たす最善の方法は何かということ。
 以上のことから結論的に言えることは、このレビューの対象となったいずれの国にも単一の首尾一貫した障害者雇用施策はなく、施策の目的は概して不明確となっている、つまり、このレビューからは、障害者雇用施策は一体何のためか、という疑問への明確な回答は必ずしも得られていない、ということです。
 本書の詳細に関心のある方は、DINFをご覧ください。

※DINF
http://www.dinf.ne.jp/doc/thes/z00/z00011/z0001101.htm)

(まついりょうすけ 北星学園大学社会福祉学部教授)