音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載7

IPP(本人自立生活支援計画)と権利擁護

北野誠一

1 はじめに

 主に65歳以上の高齢者をターゲットとする日本の介護保険制度は、65歳以下の障害者の分野にもさまざまな影響を与えつつある。社会福祉基礎構造改革による措置制度から利用契約制度への移行や、地域福祉権利擁護事業等がそのひとつである。そして障害者支援に最も大きな影響を与えそうなのが、モデル事業が格上げされたケアマネジメント事業である。
 歴史的に言えば、イギリスのケアマネジメントの前身であるアメリカのケースマネジメントの主たるターゲットが知的障害者や精神障害者であることを知っている者にとっては、それは別段目新しいものではない。さらに言えば、知的障害者を中心とするケースマネジメントは1990年代に至って、本人自立生活支援計画(PC-IPP)を中心とする仕組みへと大きな変革を遂げてしまっており、なぜ今頃障害者支援の世界にケアマネジメントやケースマネジメントなのかと首をかしげざるを得ない。
 筆者は高齢者のケースマネジメントやケアマネジメントの欧米における歴史的展開に疎いが、現在の日本で提起されているいくつかの団体のケアマネジメントやケアプランを見る限り、それは身体障害者や知的障害者が批判的に総括してきた“医療リハビリテーションモデル”や“教育訓練モデル”の域を超えないように思われる。
 そこで、今回はカリフォルニア州における権利擁護システムの報告の最終回として、まずIPPの定義と訳語について検討し、次にカリフォルニア州の知的障害者のIPP(本人自立生活支援計画)の歴史的展開とその実態について考察し、それが本人のサービスの質の保証と権利擁護にいかにリンクしているのかを見ておきたいと思う。

2 IPPの定義と訳語について(注1)

 高齢者のケアマネジメントの中心であるケアプランに当たるものが、知的障害者のIPP(本人自立生活支援計画)である。
 ここではまず、IPP(Individual Program Plan)の訳語について考えてみたいと思う。これは直訳すれば個人プログラム計画である(個別プログラム計画という訳は誤訳である。個別と訳してしまうと、各サービス提供者による個別のサービス計画ではなく、それらを全体として包括する個人の希望に基づく基本的な計画というニュアンスが失われてしまう)。
 この直訳では、全くその中身を表現し得ない。そこでその意味を踏まえて、まずは本人自立支援計画と訳してみた。個人を本人と置き換えたのには意味がある。それはカリフォルニア州のIPPは1992年のランターマン法の改正で、PC-IPP(Person Centered IPP)に変更され、本人中心計画に変更されたのである。そのこともあり、また日本ではどうしても専門家や家族が出しゃばりすぎることもあって、本人と訳したのである。さらに自立支援計画と訳したのは、本人が希望する地域での自立した生活を支援するためにつくられる計画だからである。特に1992年の法改正後は、本人の選択と地域統合が強調されている。
 ところが日本では介護保険等で、できる限り本人のもっている身辺機能や残存機能をリハビリ訓練等によって高め、かつての生活状態に近づけるという意味での自立支援が、最近とみに強調されるに及んで、本人自立支援計画がリハ訓練計画等と混同される恐れが出てきた。そこで、もともと本人自立生活支援計画をやや長すぎるために縮めたこともあり、今回からもう一度IPP(本人自立生活支援計画)と訳し直したのである。
 自立生活支援とは、言うまでもなく本人の自立や自己決定を支援することに主眼があるのではなく、自立生活、つまり本人が希望するあたりまえの日常生活を支援することが中心である。そこでは、「本人の選択した生活において、通常は本人がする(はずの)ことを、障害があるために他人が直接援助すること」と定義される広い意味での「介助」が支援のメインである。
 もちろん、本人が希望する目標(goal)に向けた実行課題(objective)の中には、ゴールに向けた準備活動(トレーニング)もまた含まれる。
 だとすれば、それもやはり一種の医療リハビリテーションモデルや教育訓練モデルではないかとの反論もあろう。
 私たちの人生は畢竟おのれの目的や目標に向かっての我慢の積み重ねだと言える。人生の我慢の積み重ねを代償できるのは、おのれ自身が納得できる目標や目的だけである。いつ終わるともしれない入所施設や病院での生活訓練や、就職とも自分の夢とも無縁の通所施設や作業所の単純作業(訓練)なるものが、本人にとってどのような人生の目的や目標と関係しているというのであろうか。
 その意味で、知的障害者の支援に1990年代以降PCP(本人中心計画)やPFP(本人将来計画)が登場したことには必然性がある。「地域のさまざまな社会資源が、本人の人生の希望や選択をできる限り支援できるように、本人を中心に組み立てられた計画」がIPP(本人自立生活支援計画)なのである。

3 カリフォルニア州のIPP(本人自立生活支援計画)

 カリフォルニア州のランターマン法が1992年に改正され、IPPがPCーIPPとなったことは述べた。ここではその歴史的背景を踏まえて、なぜ改正されたのかを考えてみたい。実はマサチューセッツ州においても、さまざまな委員会での議論を踏まえて、1998年に個人サービス計画(Individual Service Plan)が本人支援計画(Individual Support Plan)に改革された(注2)。
 これら1990年代の改革には主に三つの背景と方向性が見られるので、それぞれについて見ておきたいと思う。

1.本人が計画の作成からモニタリングに至るすべてのプログラムの中心であることが明確にされたこと

 知的障害者は精神障害者の中の1カテゴリーとして、精神医療の対象とされてきたが、次第に特殊教育の対象に位置付けられた。そのために身体障害者や精神障害者と比べれば、比較的に知的障害者は〈医療リハビリテーションモデル〉から自由であった。つまり、医療から病人や患者としてカテゴライズされなかったことが、歴史的背景としてまずある。
 続いて、アメリカの公民権運動や消費者運動は、教育における統合化と、すべての障害児に権利としてのIEP(Individual Educational Plan=本人教育計画)を確立させ、それが卒業後のIPPへと展開していったわけである。
 さらに重度身体障害者の自立生活運動や知的障害者のピープルファースト運動が、IPPとPC-IPPへと推し進めた。ここで大切なことは、知的障害者像の変革が起こっていることである。地域で自立して生きる生活主体者としての知的障害者のビジョンが生まれつつあるのだ。
 私はカリフォルニア州に1990年と96年の二度滞在したが、その間IPPの内容が大きく改革されたことに驚きを禁じ得なかった。今、私の手元にある1990年のIPPと1994年のIPP(図)とを見比べればそれは歴然としている。1990年のKさんのそれは、目標(goal)を六つの恣意的で専門的な領域に分けている。

G地域センター

K.O.個人計画(IPP)

アイデンティティ番号:
生年月日:19ⅩⅩ年Ⅹ月Ⅹ日
個人計画(IPP)日時:1994年Ⅹ月Ⅹ日
個人計画(IPP)会議場所:Creative Growth(CG)
会議出席者:
 K.O.利用者自身
 G.C.本人のいとこ
 M.A.デイプログラムCGの所長
 B.B.G地域センターの本人担当の利用者権利擁護者
 (CRA)
 J.B.G地域センターの本人担当のケースマネジャー
 (ソーシャルワーカー)
目標:
デイプログラムの近くに住むこと
創作活動プログラムを続けること
友達とつきあうこと
余暇活動プログラムに参加すること
目標への第1段階 どのような支援が必要か
利用者、家族、友人、地域社会から 支援サービス機関から
1.私は、自分のデイプログラムの近くで暮らすために空きがあれば、Claussen House(グループホーム)に住みたい。 ・GはCHでの欠員チェックを続ける。
・Gと私は、CHの空きがあるまで、私のデイプログラムの近くで住めそうなグループホームを訪問する。
1.2 G地域センターのソーシャルワーカーはKとGに、East Bay地域のグループホーム等の選択肢を提供する。
2.私は敷物や陶器造りを続けたいので、CG(デイプログラム)に来続けたい。 ・私は両親といっしょにバート(地下鉄)の定期を買い、それを使ってデイプログラムにひとりで行き帰りをする。 2.1 G地域センターのソーシャルワーカーは、G地域センターに95年1月1日から95年12月31日までの毎月23日間CG(デイプログラム)に費用を払うことを求める

2.2 CGのスタッフは個人サービス計画を展開し、実行する
3.私は友人達と出かけたい。そしてできれば次の誕生日までにだれかとデートがしたい。 ・私の友人のBは、私を食事に連れて行くことを続ける。
・毎朝仕事の前に、CGの朝食クラブに参加して、コーヒーを飲んで、おしゃべりをする。
・友人のJやV、R及びAHの他の友人達と近所の散歩を続ける。
 
4.私がお金を管理するのを、私のスタッフに手伝ってほしい。スタッフは1日2ドルを私に渡すこと。 ・Gは私の毎日の費用として、私の補足保障給付(SSI)から、月に60ドルを私のケア付きホームに渡す。 4.1 G地域センターのソーシャルワーカーは、G地域センターに95年1月1日から95年12月31までの間、補助SSIを使ってレベル2のケア付ホーム第2AHに費用を払うことを求める。

4.2 私のホームのスタッフは、私に毎日の費用として1日2ドルを渡す。
カウンセラー:
 J.B.,MSW(マスターソーシャルワーカー)
署名     日付
スーパーバイザー:
S.R.,LCSW(ライセンスド・クリニカル・ソーシャルワーカー)
署名      日付
見直し予定
年1回


 1.家族
 2.レクリエーション
 3.就労・雇用
 4.地域社会
 5.コミュニケーション
 6.社会性・行動問題
 たとえば、地域社会のところをみると、目標(goal)として「Kさんは1990年10月までに○○の行き帰りに、信号のない交差点を車が止まってから横断歩道をわたる」とあり、実行課題(objective)には「3週間のうち毎週火曜日は、A通りとC通り交差点で車が止まってくれた時、4回に3回は、1ブロック離れたところにいるKさんのトレーナーの合図を見て、交差点を横切る」とある。
 ところが1994年のOさんの本人自立生活支援計画には、目標(goal)が四つ書かれており、まず最初の一行で私は感動してしまった。そこにはこう書かれてあった。

 1.I want to live at C.H.,when an opening is available,to be near my program.

 本人中心計画は確かに本人が中心だとは思っていたが、まさかI wantで始まるとは夢にも思っていなかったのである。
 どうやら私は、医者のカルテや学校の通知票の世界にあまりに順応しすぎていて、本人中心計画は本人のI wantで始まって当然、という感覚を喪失していたようである。図を見れば分かるように、それは、1.本人がどこでだれと暮らしたいのか、2.日中どんな活動をしたいのか、3.週末やアフターファイブには何をしたいのか、という私たちの生活の3大要素についての本人の希望と目標が書かれてあり、次にインフォーマルな社会資源とフォーマルな社会資源それぞれの支援の内容が書かれているのである。もうひとつ書かれているのは、本人が大きなお金の管理が難しいので、それをスタッフにしてほしいという依頼である。その一文もまた気持ちのいい一文である。もう若くはないOさんに金銭管理の訓練プログラムを立てるのではなく、OさんができることはOさんがして、できないところはスタッフに依頼している。お金は管理ができないが、だからといって職員が本人を管理したり訓練するのではなく、本人は管理などされずに、本人から職員に依頼することによって自分自身を自分で管理しているのだ。これこそが本人の自立生活と自立生活支援の典型的な形である。

2.本人の日常生活の目標や希望を中心とするために、本人のできないことに焦点を当てるのではなく、本人のできることにできる限り焦点を当てること

 〈医療リハビリテーションモデル〉から脱却できた最大のメリットはここにある。
 〈医療リハビリテーションモデル〉は必然的に本人の病理的部分やできないことに焦点を当てざるを得ない。悪い部分、できない部分に焦点を当てることは、本人が今の状態では豊かな日常生活の目標や希望をもち得ないことを意味する。
 もちろん、できることだけを考慮に入れればよいというのではない。これはミネソタ州のPFP(本人将来計画)に関するテキストにおいても(注3)述べられていることだが、高すぎる希望や非現実的な目標を立てることによって、かえって日々の行動目標を見失う可能性もある。本人のできることに焦点を当てることは、できないことを言い訳にして安全と防衛の枠に障害者を追い込まずに、本人の希望や目標と現実を結ぶ回路を常に見失わないことを意味している。

3.個々のサービス提供者(たとえばデイサービス、グループホーム、遊びのプログラム、移動プログラム等)は、すべて本人自立生活支援計画の目的や目標に基づかなければならないことが明確化されたこと

 実は、サービス利用者と、個々のサービス提供者と、行政と地域センターのサービスコーディネーター(ケースマネジャー)との関係はそれほど簡単ではない。
 日本の措置制度においては、措置権者である行政と措置を委託された施設との間に措置委託契約が結ばれるだけで、サービス利用者には明確な法的権利が存在しない。
 カリフォルニア州においては、州政府から全権委任された地域センターの責任担当者がサービス利用者本人とIPPにおいて契約を交わすことになる。(その意味において、図のIPPは本人の署名欄が抜けており、不備である)。
 そして、その契約に明記されたサービスについては、地域センターの担当者が責任をもってPOS(サービス購入)する義務を負うことになる(一部サービス利用者がバウチャーシステムによって、自分で選んで購入するサービスは、サービス利用者が雇用主となって雇用契約する)。
 問題は、日本の介護保険である。そこでは市町村は措置権をなくして、権利も義務も喪失しており、一方、ケアマネジメント機関である居宅介護支援事業者は、カリフォルニア州の地域センターのような全権委任もなく、また独立機関としてのシステムももたず、ほとんどサービス利用者の希望と目標に基づくケア計画を立てることが不可能な状況に置かれていると言えよう。

(きたのせいいち 桃山学院大学)


(注1)IPPについての資料は、カリフォルニア州発達障害局(DDS)とカリフォルニア権利援護・擁護機関(PAI)と、いくつかの地域センター(RC)から入手した。その一部はホームページwww.dds.ca.gov及びwww.pai.ca.orgでも手に入る。
(注2)マサチューセッツ州の資料については、www.dmr.state.ma.usで手に入る。
(注3)ベス・マウント、ケイ・ズウェルニク『さあはじめよう、知的障害者のためのネットワーク』117~119頁、明石書店、1997

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1999年11月号(第19巻 通巻220号)