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シリーズ 働く 46

「ハスの実の家」を訪ねて

山元菜穂子

 「ハスの実の家」は、福井県北部の石川県に隣接する芦原町と金津町にあります。ここは緑豊かな温泉のある町です。ここでは、障害をもつ人の地域に根ざした自立生活を実現するために、さまざまな活動を行っています。
 芦原町には「知的障害者入所更生施設 ハスの実の家」、金津町には「知的障害者通所更生分場施設 ハスの実パン工房」があります。現在、両施設合わせて37人が在籍しており(入所利用者32人、通所利用者5人)、その大半の方は最重度の障害のある人です。また、重複障害の人もいます。

市民の手でつくられたハスの実の家

 ハスの実の家は、昭和40年、重度の障害のある娘さんをもつ現理事長の青木ご夫妻と市民の協力により、「どんなに重い障害をもっていても人間らしく生きる場を!」との願いを込めて、初めは福井市内にある青木氏の自宅の敷地内に造られました。当時、県内には、県立の障害児施設がたった一つ、また障害児教育もようやく始まったばかりの段階で、障害者の生活や教育の場がほとんどない状況でした。そんな状況の中で、2歳児からお年寄りまで、15人ほどの仲間がハスの実の家で生活することになりました。
 その後、次第に障害児教育が充実し、学齢期は学校で過ごす人が増加するのに伴い、卒業後の行き場を充実させることが必要になってきました。そこで、昭和53年、ハスの実の家から徒歩5分の所に「ハスの実作業所」が開設されました。
 約10年の長い無認可の期間を経て、昭和63年4月、社会福祉法人として認可されました。これを機会に場所を芦原町に移し、「入所更生施設 ハスの実の家」として誕生したのです。

障害が重くても働くことを中心に

 入所利用者は「食品加工班」「農耕班」「のびのび班」の三つの班に分かれて作業を行ってきました。
 「食品加工班」はひえや国産小麦粉を材料にしたパンやクッキー作り、「農耕班」は借地の4反の畑で無農薬の野菜作りを行い、時には入所利用者の食卓を賑わせています。「のびのび班」は健康維持を第一に、畑作りや屋内での紙すき等の作業に取り組んでいます。それぞれのもつ力を十分に発揮できるよう、班分けがなされています。 

地域の中で働きたい!

 「24時間同じ場所(施設)で暮らすのではなく、生活の場と働く場を分けて、もっとメリハリのある日常生活をおくりたい(おくってほしい)」
 利用者や職員にそんな気持ちが芽生え、次第に大きくなっていきました。
 そこで、「食品加工班のパン作りの仕事を施設から離れた地域の中にもっていこう」→「そうだ、パン工房を作ろう」という発想が生まれました。そして、家族・後援会の方々・利用者を中心とした開設準備会が設置され、構想が練られていきました。そのうちに、準備会だけではなく、より多くの方人からの支援やアイデアを取り入れ、さらに計画を進めていきたいという案が出て、ワークショップが開催されることになりました。ワークショップは3回行われ、「安心して食べられるパン屋さんがほしい」と考える地域の方々も参加し、店の内装や外観、PRの方法等についてさまざまな意見が飛び交い、パン工房開設に向けての準備に加速がつきました。

ハスの実パン工房オープン

 平成9年8月。たくさんの人の思いが詰まった「ハスの実パン工房」が開設されました。木で作られたログハウス風の、明るくてかわいい工房です。店舗が併設され、「火曜日から金曜日まで、午前中パンを作り、午後に販売する」という形式を採っています。
 パンは、天然酵母、国産小麦、天然塩、有機栽培のくるみやレーズン、ハスの実の家で収穫された無農薬野菜などの材料を使用し、おいしくかつ安心して食べられるものとなっています。食パン・調理パン・菓子パンと、種類も豊富です。私もいくつか試食したところ、どれも自然で深みのある味わいがあり、とてもおいしくいただきました。
 ここでは現在5人の通所利用者と、10人の入所利用者(実習生として)が働いています。たくさんのボランティアもかかわっていて、重度の障害をもつ人が多い中で、工程を細分化し、役割分担を決めています。中には、パン作りに直接携わるのが難しいため、鉄板洗いや袋詰め、清掃等の仕事をしている人もいます。このように、ここでもハスの実の家の作業と同様、それぞれのもつ力を発揮できるよう工夫がなされています。
 開設から、約2年。限られた営業時間ですが、個人のお客さんだけでなく、保育園から定期購入の注文がきたり、病院の売店やドライブインに置いてもらえるようになったり、徐々に地域にファンが増えてきています。また、パンの製造と販売の部署だけでなく、ほかの部署にも地域の人が気軽に入れ代わり立ち代わりボランティアに来てくれるようになり、そのおかげでお客さんの輪が広がったり、いろいろな情報が寄せられたりして、地域の交流の場、情報発信の場にもなっています。それは、開設前の予想をはるかに越えるものです。

生活もできるだけ自分たちで

 ハスの実の家は、働く場だけではありません。生活の場でも、個人を重んじ、自立に向けた取り組みがなされています。
 もともと国の入所施設の設置基準である居室一人当たり2畳分の「雑居生活」を少しでも改善し、人間らしい生活環境をめざすため、1部屋当たりの人数をできるだけ少なくしたり、利用者からなる「仲間の会」をつくり自主的な活動を促すなど、できるだけ快適で自立に向けた生活づくりに取り組んでいました。
 平成5年、「仲間の力で生活を切り盛りし、もっと手応えのある快適な生活を」との願いから、施設の目の前にあった空き家を手に入れ、「七草ハウス」と名付けて開設しました。そこに6人の仲間が移り、現在に至るまで自立に向けた生活をおくっています。
 また、今年の10月にはパン工房の近くにグループホーム(ハスの実ホーム友歌里)ができ、七草ハウスから4人が移り、そこからパン工房に通っています。

最後に

 渡辺所長の「どんなに重度の障害をもった人でも、ステップを踏めば自立できる。“本人たちはこんなことを望んでいるのでは”という職員の考えと、本人たちの実際の思いは違うことも多いと気付いた」と語っていた言葉が耳に強く残りました。少しずつではありますが、それぞれの中に自主性が芽生えてきて、それなりに自己主張のみられる場面が増えてきています。
 今後は、農耕班とのびのび班についても、食品加工班のように、地域の中に活動の場を広げていきたいとのことです。
 パン工房のいっそうの発展も含め、ハスの実の家は、これからも利用者一人ひとりのもつ力や気持ちを尊重しながら、地域の中での自立に向けて歩み続けて行くことでしょう。

 (やまもとなおこ 福井障害者職業センター)