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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載8

カナダ・ブリティッシュコロンビア州における
権利擁護とサービスの質に関するシステムの全体像

北野誠一

1 はじめに

 図は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の障害者・高齢者の権利擁護システムの全体像を示したものである。主に筆者が調査した主要なシステムを中心にまとめたものであり、すべてを網羅しているわけではない。

図 カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州の障害者権利擁護システム

図 カナダ・プリティッシュ・コロンビア州の障害者権利擁護システム

 図の上部は公立もしくは公的権限を委任されたアドボカシーシステムであり、下部は主に当事者による民間のアドボカシーシステムである。また図の左側は、市民全体に対する権利擁護システムであり、右側は障害者・高齢者対象のシステムである。障害者、高齢者は知的障害者、精神障害者、身体障害者、要援護高齢者に分けられている。一見して分かるように、カナダもアメリカと同様、身体障害者と要援護高齢者はパーソナルケアを必要とする人として、特段分けてとらえられていない。
 アメリカのカリフォルニア州と比較した場合のカナダ・ブリティッシュコロンビア州の特徴は、次の3点である。
(1)公立の権利擁護機関としてオンブズマンと人権委員会(HRC)が存在する。
(2)民間のオンブズマン機関が数多くある。
(3)知的障害者の施設解体が完了しており、もはやサービスの質のチェックはグループホームを中心になされている。
 次にそれぞれについて見てみよう。

2 ブリティッシュコロンビア州の権利擁護システムの特徴

1.公立の権利擁護機関の中心としてのオンブズマンと人権委員会(HRC)

 障害者の権利侵害は一般的な人権侵害の一つとして、公共サービスにおける権利侵害については州オンブズマン制度において、また民間のサービスにおける権利侵害については州人権委員会(Human Rights Commission)において権利擁護がなされる。
 詳しくは次回以降に考察することになるが、カナダにおいては、アメリカのADA(障害をもつアメリカ人法)のような障害者に対する差別を全体として禁止する法がないために、就労における差別やバリアフリーに関する差別に対する追求が甘い、というのが関係者の一般的見解である。それでも1994年度の人権委員会の年次報告によれば、1年間の不服申し立ての2,382件のうち、性差別(41%)に次いで、障害者差別(身体障害者25%、知的・精神障害者8%)の訴えがあり、次いで人種・民族差別(19%)となっている(注1)。

2.民間オンブズマン機関の多種多様性

 ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアの自立生活センターを訪問したとき、やや驚いたのが、ビクトリア自立生活センターでは権利擁護が主な業務ではなかったことである。スタッフの説明では、歴史も伝統もある多くの障害者のための権利擁護機関があるので、権利擁護の相談は主にその内容に基づいて、それぞれの専門のアドボカシー機関に送致しているとのことであった。
 ビクトリア自立生活センターの主な業務は、障害者の日常生活に必要な各種の情報を収集・整理して、検索しやすい形でコンピューターに入れておき、問い合わせに応じる情報提供とサービスコーディネーションである。実際、私の訪問中にも何度も電話による問い合わせがあり、その週末に開かれる障害者が参加できるイベント等を、すぐに検索して紹介する力量はかなりのものである。
 アメリカのように、行政手続上の不服申し立てシステムが整っていて、だれもが一定のノウハウをもてば、その不服申し立てを一定のレベルまで支援できるところでは、自立生活センターのピアアドボカシーは有効に作動するが、そのような仕組みのないところでは、逆に内容別のより専門性の高いアドボカシー機関が必要とも言えなくはない。
 それでもそのような機関に依存しすぎると、障害者自身の社会制度を変えていくためのシステムアドボカシーの力量が高まらない可能性もあり、障害者のエンパワメントにとっては問題もありそうである。

3.知的障害者の施設解体の完了とそれに続くグループホームの質の問題

 ブリティッシュコロンビア州は世界で初めて、知的障害者の施設を全廃したところである。1981年には三つの州立施設に1,541人の知的障害者が入所していたが、1997年には三つの施設はすべて閉鎖されている。
 ちなみに1996年度の統計によれば、知的障害者6,894人の居住形態は、入所施設20人(0%)、グループホーム2,730人(40%)、自立生活458人(6%)、家族と同居3,199人(47%)、その他507人(7%)となっている。
 私は1996年から97年にかけて、この州のバンクーバー市の南にあるニューウエストミンスター市に住んでいたが、私の住まいから歩いて30分ほどのところにあるWoodlandsについては、初め何も知らずにいた。それほどにそこは、町外れの孤立した木々に囲まれた一画にあった。そのWoodlandsこそがまさに解体を終えんとする最後の州立施設だった。私は州の関係者を通して、そこを訪れる機会を得た。林の中に大きな建物がいくつも建っている中で、Willow Clinicという名の一つの建物だけに20人の人たちを残していた。私にはそこに残っている20人の人たちが特別に重度の人たちとは思えなかった。職員によれば、その人たちは家族が地域で暮らすことに同意しなかった人たちであり、そのような人たちはどんどんよい条件のところから外れていくために、タイミングを失ったとのことであった。
 それでも施設解体は州政府の公約に基づく政策であり、今年度末には完全にWoodlandsは閉鎖されるとのことであった。今も、久しぶりに積もった12月の雪道をざくざくと踏んで、そこだけがまるで時間が眠ってしまったように感じられるWoodlandsに迷い込んだ日のことが、鮮明に思い出される。
 ブリティッシュコロンビア州は、施設解体と平行して、施設利用者の地域生活支援システムを構築していった。それは州政府とサービス利用者とその家族と職員組合との、何年にもわたる努力と英知の賜である。私はグループホームやデイプログラムを中心とするそれらの地域生活支援システムを、たくさん訪問させてもらったが、予想どおりそこにはかなり重度の障害者も暮らしていた。
 グループホームは民間のNPOが運営するものが多く、1人のスーパーバイザーと平均4~5人の常勤職員と何人かのパート職員が働いていた。ほとんどのグループホームは、私たちからみればうらやましいほどの設備と熱心なスタッフによって運営されていたが、たまたま私を紹介してくれた人とうまく連絡が取れなくなり、ボランティア学生か何かと間違えられたグループホームでは、グループホームの日常をかいまみることができた。職員の質やトレーニングにもよるのであろうが、そのグループホームでは明らかに職員が主人公のような顔をしており、食事の場面では職員2人が薬のことでぺちゃくちゃしゃべっていて、利用者が口をはさむと、この話題はおまえとは無関係だから口をはさむなと言う始末であった。そこには利用者と職員の写真が貼ってあった。職員がよく辞めて入れ替わりが激しいために、利用者にも職員にも(スーパーバイザーにも?)写真が必要なのだというスーパーバイザーの説明であった。
 表は、ブリティッシュコロンビア州で二つ目に閉鎖されたTranquille施設の利用者が、地域のグループホームに移って4年後の追跡調査に基づいたものである。一部のグループホームがもはやかつての施設のようになり始めていることに対して、望ましいグループホームとの相違をいくつかの項目に基づいて整理したものである(注2)。

表 望ましいグループホームと施設的なグループホームの比較表

(J.LordとA.Pedlarの“Life in the Community”1990より)

  望ましいグループホーム 施設的なグループホーム
グループホームにおける生活 ●ホームの理想と実践の一致
●ホームの入居者とスタッフ間の高いレベルでの尊重し合った相互関係
●入居者間の連帯協同性
●食事の準備等日常生活の活動に普通に入居者が参加
●ホームの理想と実践の矛盾
●ホームの入居者とスタッフ間の尊重し合った相互関係が非常に限られている
●連帯協同性の欠如あるいは緊張感がある
●入居者の行動がコントロールされている(日常生活の活動の参加が制限されている、あるいは参加させない)
地域生活への参加 ●入居者が地域住民と知り合いになったり、付き合うことが支援されている
●仕事を含む日中のプログラムに非障害者市民と交わる機会がつくられている
●地域へ出るときはスタッフや家族やボランティアが1対1の割合でホームの入居者と一緒に行動
●家族やスタッフが地域の住民や地域のいろいろな場所を入居者に紹介する
●社会的な参加(相互関係)が要求されるような経験をも含めた地域生活の広がりが尊重され、支援される
●入居者(とスタッフ)が地域住民から孤立している
●日中のプログラムが地域から隔離(分断)されたものになっている
●スタッフが3~4人の入居者をいっせいに連れてグループとして外出
●支援の必要な入居者が地域の住民と出会えるように調整する者がいない
●地域生活が“スタッフが設定”したものになる傾向があり、社会的参加がないか、非常に限られている
社会的ネットワークと支援 ●入居者の生活に家族がかかわっている
●兄弟姉妹を含む家族のかかわりが奨励される、あるいは快く迎えられる
●入居者の人間関係の広がりの必要性をスタッフが認識している
●入居者がいろいろな人間関係をつくっていけるよう援助するボランティアやアドボケイト(権利擁護者)を、ホーム(関係機関)が積極的に探す
●ホームが入居者とスタッフとの“友情的”な、そして建設的な人間関係を受け入れている
●家族のかかわりがないか非常に限られている
●ホームが家族と連絡をとろうとしないか、家族の参加を拒んでいるようである
●入居者の人間関係の広がりの価値を認識していない
●ホーム(関係機関)が、ボランティアやアドボケイト(権利擁護者)とのかかわりをもとうとしない
●ホームの規則で、スタッフと入居者との友情的な関係を禁止し、認めない
満足感 ●スタッフが固定、あるいは安定している
●スタッフの希望や入居者との折り合いに注意が払われ、入居者やスタッフの希望が尊重される
●スタッフには技術も自信もあると家族に感じとれる
●物理的な環境が入居者の必要性に十分に“見合って”いる(たとえばプライバシー、空間等)
●スタッフの人事異動が頻繁に起こる
●入居者とスタッフの人間関係に注意が払われない
●家族がスタッフに対して確信がもてなかったり、相反する感情がある
●物理的環境が入居者の必要性に見合っていない


 一読すれば分かるように、利用者の自己決定・自己選択や生活の質(QOL)は、施設の規模だけが規定するものではないことが明白である。さらに言えば、それが自宅での一人暮らしであっても、介助者にコントロールされて低いQOLに追い込まれる可能性も十分考えられる。
 特に利用者と職員との協同関係と、利用者間の連帯関係、家族や地域住民やボランティアとのオープンな関係、一人ひとりの利用者のプライバシーや希望や意見の最大限の尊重などがポイントのようである。さらに言えば、前回学んだ障害者本人の目標や希望に基づく“本人自立生活支援計画(IPP)”に基づく支援であるかどうかが問われているのだ。本人の希望や目標に基づかなければ、それがいかに地域社会の真ん中の普通の住居としてのグループホームであっても、それは「小さな施設」にしかすぎない。
 グループホームの展開が、今後の日本の知的障害者の地域生活支援の最大のポイントであるだけに、カナダのような先進の国々の経緯から学ぶことは多い。

(きたのせいいち 桃山学院大学教授)


(注1)British Columbia Council of Human Rights Annual Report 1994-1995 pp.8-9
(注2)BC州のTranquille施設の解体のプロセスについては、J.LordとC.Hearn“Return to the Community”(1987)、グループホームについては、J.LordとA.Pedlar“Life in the Community”(Center for Research and Education in Human Services, Ontario 1990)を参照。