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ワールドナウ

フィリピン
CBR研修ツアーに参加して

城田幸子

 今年の8月22日から28日まで、ADI(アジア・ディスアビリティ・インスティテート)主催の、CBR(コミュニティ・ベースド・リハビリテーション)研修ツアーに参加した。場所はフィリピン、ネグロス島にあるバコロド市で、受け入れ機関は、同市のCBRを支援するために1982年に設立された、西ネグロス・リハビリテーション協会(NORFI)。17年たった今では、NORFIの支援するCBRは、西ネグロス州の13の市町で実施されており、WHO推薦のモデルにもなっている。

ラカルロタ市のプロジェクト

 スタディ・ツアー3日目に、NORFIが支援するプロジェクトの一つである、ラカルロタ市のCBRを見学に行った。ラカルロタ市は、バコロド市から車で南に40分ほど行ったところに位置する。そこではまず保健センターでプロジェクトに関する説明を受け、市のリハビリセンターでLS(ローカル・スーパーバイザー)と呼ばれるCBRワーカーたちから話を聞き、午後はサービスの受益者である障害者家庭を訪問した。
 NORFIのCBRプロジェクトは、主に保健センターを通じてPHC(プライマリー・ヘルス・ケア:基礎保健)と平行して行われている。それは過去の失敗例から教訓を得てのことである。
 初期の頃、ある市で市長の協力のもとに独自でCBRを始めたのだが、同市で政権争いが起こり、市長が交代してしまった。そして、それに伴う政治的混乱の中でCBRプロジェクトはつぶれてしまったのである。そのため、それ以後NORFIはプロジェクトを広げる場合、保健省の認可を受けて、保健センターの活動の一部として取り入れてもらうようにした。

ラカルロタ市のLS

 しかし、各バランガイ(注1)における、PHCの重要な担い手である助産婦は、すでに抱えている仕事で手いっぱいで、新たにCBRの仕事を覚える余裕がない。そこで、助産婦のアシスタント的仕事をしていた保健ワーカーの中の1人を(注2)、保健センターのCBRコーディネーターがLSとして選び、訓練を行うこととなった。
 訓練を受けたLSは、自分の担当地域において障害者を「探し(identify)」(障害者が家族によって隠されている場合もある)、市街地の医者に連れていって診断してもらい、それをもとに家族にリハビリの方法を教えたり、ラカルロタ市にあるリハビリセンターに通うことを勧めたりしている。
 今までに「探し出した」障害者の数が一番多いLSだと、その数は162人(バランガイの人口は約8,000人)で、今でもリハビリを行ったり、彼女が家庭を訪問している障害者は38人ほどだという。
 LSは、自分の担当する障害者の経過報告をNORFIに提出する義務があるが、あまり学歴の高くないLSにはこれが大きな負担となる。そのためNORFIでも、LSが記入しやすいように記述式をなるべく避けて、選択式の設問を多くするなど、報告書のスタイルを研究している。

LSが続ける理由

 ラカルロタ市には14のバランガイがあり、各バランガイには1人から2人、合計19人のLSがいる。年齢は33歳から上は74歳で、男性はわずか1人。ラカルロタCBRはすでに13年間続いているが、このうち7人は、設立当初からLSを続けている。
 彼女たちがLSを続けるのには、いくつかの理由がある。一つには、訓練を受け「医療の担い手」として見られることで、住民から頼られるようになり、バランガイにおける彼女たちの地位が上がることだ。また、私たちのような外国人がプロジェクトを見にきたりすることも彼女たちの地位を上げる要因になっている。中には女優並みの人気をもつほどになる人もいるという。そのため、LSの力が強くなっていくことに脅威を感じた助産婦が、自らもCBRの訓練を受けたいと言いだすこともあるという。
 二つ目には、わずかではあるが毎月の手当てが支払われることだ。多い人で月600ペソ(1ペソ=約3円)、少ない人で300ペソほどである。これは、障害者の家庭を回るための交通費という名目で支払われる。
 支払われる額は、年に一度、保健センターのCBRコーディネーターが行う評価によって決められる。評価基準は四つあり、
●リハビリセンターでの割り当てられた仕事を行ったか
●CBRに関係なく、自分のバランガイでの仕事にかかわっているか
●何人の障害者を探し出したか、どれだけ頻繁に障害者宅を訪問しているかなど、フィールドでの評価
●CBRコーディネーターによる試験の結果
である。この4点の総合結果により、評価の高い順から支給額が高くなる。
 こうした交通費や彼女たちの制服、リハビリセンターの建設費や維持費の一部は、ラカルロタ市が負担しているため、いかに地元の行政の協力を得られるかが、CBR発展のカギになると、コーディネーターは語る。

CBRの目的

 しかしNORFIのCBRは、ともすれば医療中心的な側面がある。もっとも、NORFIの発行しているパンフレットには「CBRとは、LSと呼ばれる、訓練されたPHCワーカーが、障害者に簡単なリハビリテーション・サービスと、自分たちのバランガイにおいて障害の早期発見と予防計画を行う、サービス提供プログラムである」となっている(注3)。NORFIのCBRの目的がリハビリテーションの拡大ということであれば、医療中心にすぎるという批判自体、的はずれなのかもしれない。
 けれども、「リハビリテーションは、障害をもっている人が機能面での最大限の自立を図るための手段と考えられてきた(注4)」とあるように、リハビリテーションはあくまでも「手段」であるはずだ。しかし、そのサービスのない第三世界の農村に提供しようと一生懸命になるあまり、いつしかそれ自体が「目的」になってしまっているように見える。
 LSが障害者を探すのも、本来なら家に隠されていたり、サービスの存在を知らずにアクセスできずにいた障害者に、サービスを提供するためということが目的であるはずだ。しかし、「何人障害者を探したか」ということが評価基準になってしまった場合、障害者を探すこと自体が目的になってしまう恐れもある。
 元来、CBRとは医療面でのリハビリテーションに焦点をあてるのでなく、地域の資源を統合させて社会問題を解決することを最終目的としている(注5)。リハビリテーションによって健常児に近づいた障害児が、ゴミ山に廃品回収に行けるようになったことを「解決」としてしまっていいのか、という問題意識が出発点であったはずである。
 もちろん、ひとくちに「社会問題を解決する」と言っても簡単ではない。何が問題であって、どうなればその問題が「解決した」とみなされ、そこに近づくためにはどのような道があるのかが、社会学的な視点からも吟味されなければならない。CBRは今まで「どうリハビリテーションを広げるか」に力点が置かれがちであった。しかし、原点に立ち返り、もっと包括的に社会を見ていくことが、今後さらに必要とされるであろう。

(しろたさちこ 一橋大学大学院地球社会研究専攻)


注1:バランガイとは「市」の下の行政単位で、ラカルロタ市の各バランガイの人口は、2,000人から8,000人ほどである。
注2:保健ワーカーの数は、1バランガイにつき8人から27人。バランガイの面積が広く、1件1件の間隔が離れている所は、必然的にワーカーの数が多くなる。ワーカーは、読み書きができるか、社交的でバランガイ内での人間関係がよいかなどの条件をもとに、保健センターの担当官とそのバランガイの助産婦によって選ばれる。ワーカーの手当ては毎月300ペソ。
注3:NORFI発行のパンフレット中の“Community Based Rehabilitation System”より。
注4:中西由起子、久野研二『障害者の社会開発』、明石書店、1997年、18頁より
注5:同右、19頁より