音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

動き始めた著作権法
-障害者の情報アクセス権と著作権の調和を求めて-

河村宏

著作権法の問題点

 自分の作品を許可なく勝手に出版されたり放送されたりということがないように著作者の権利を守る法律が著作権法です。著作者の権利を保護するのは、文化の発展のために著作権を保護することが著作権法第1条に明記されています。
 著作物は、作者と作品を鑑賞する人との間にコミュニケーションが成立しなければ意味をもちません。全盲の人は墨字で印刷された百科事典を手にしても全く読むことができませんし、聴覚障害の人には字幕や手話がなければテレビのアナウンサーが呼びかける災害警報は伝わりません。文章の読みが困難な学習障害、知的障害、あるいは脳外傷の人々の中には、誰かが文章を読み上げることで劇的に理解が進む場合があると言われます。自分でページをめくることができない身体障害をもつ人々は、録音図書やコンピューターの画面に表示して読む本を求めています。
 ところで、日本の著作権法は、視覚、聴覚、認知、知能、モビリティなどに障害のある人々の文化を享受する権利とそれを保障する方法について十分考慮することなく今日まで改訂を繰り返してきました。30年も前に制定された視覚障害者のための点字と録音による情報提供に関する条文はありますが、さまざまな障害をもつ人々の文化を享受する権利あるいは情報アクセス権の保障には事実上何の考慮も払われませんでした。
 日本国憲法や世界人権宣言はすべての人に文化を享受する権利を保障しています。障害をもつ人々の情報アクセス権を具体的かつ包括的に保障するための仕組みづくりは、紀元2000年を起点に著作権法改正から始まろうとしています。2000年1月から始まる通常国会で成立をめざす障害者の情報アクセス権を保障するための著作権法改正は、大きな仕組みづくりに向けた小さな一歩として注目されます。

障害者放送協議会

 1998年10月に障害にかかわる16団体が結成した障害者放送協議会は、その目的の一つに「著作権等の制度・施策について調査研究、提言を行う」を掲げ、同協議会の三つの専門委員会の一つである放送研究委員会を発足させました。
 放送研究委員会は、まず過去に積み重ねられた国内外の著作権問題の取り組みの経験を総括することから活動を始めました。その中で、1982年にパリで開催されたユネスコとWIPO共催のシンポジウムにおける字幕についての誤った認識が未だに国際的に通説とされていること、1988年の障害者の著作物利用を円滑にすることを求めた国会決議が無視されてきたこと、1994年に開催された「視聴覚障害者の情報アクセス権と著作権を考えるシンポジウム」の決議を基礎に要求を整理できることなどが確認されました。
 さらにリアルタイム字幕やデイジー(DAISY:ディジタル音声情報システム)などのマルチメディアとコンピューターネットワークにかかわる新しい技術の活用を妨げている著作権問題を加えて要求をまとめ、「障害者の情報アクセスと著作権法改正を考えるシンポジウム(1999年6月4日)」の結果を踏まえてそれを改訂したうえで、文部大臣および著作権審議会会長に対して16団体の名前で正式に要望書を提出しました。
 その後、文化庁著作権課とは平均して月1回のペースで協議を行っています。この取り組みを進めるに当たって、まず放送研究委員会の委員自身が合計12回に及ぶ委員会の中でさまざまな障害分野の多岐にわたる問題点の認識を深め、また新しい技術や国際動向にも注目しながら障害者の情報アクセスがどのように保障されていないのかを改めて学び、理論的な整理を行ってきました。そのうえで、文化庁との協議の場では、せっかくのボランティア活動や新しい情報技術の利用が著作権法における配慮の欠如のためにどのように妨げられているかを具体的に自信をもって示してきました。
 文化庁側は著作権課長を中心に常に真摯な姿勢で協議に応じてくれ、率直な意見交換の積み重ねの中で次に示すような双方の認識の一致をみることができました。

文化庁との一致点

 現在、文化庁と放送協議会の間では概ね次のような認識の一致が得られています。
1 著作権は文化の発展にとって欠かせない重要な権利であり障害者放送協議会もこれを尊重し発展させる立場である。
2 情報アクセスの保障は文化の享受に不可欠であり、著作権法は障害をもつ人々の、情報にアクセスする権利と著作者の権利との調和を図りながら発展させなければならない。
3 障害をもつ人々の情報アクセスを保障するために必要な場合は、著作権者の合意を得て権利を制限する。
4 緊急性が高く著作権者の合意が比較的容易に得られ、なおかつ現行法の枠組みを変える必要のない問題から直ちに着手して、障害をもつ人々の著作権にかかわる情報アクセス環境の改善を図る。
5 障害者放送協議会との協議を継続し、著作権者との合意を形成しながら、さらに著作権にかかわる障害者の情報アクセス問題に取り組む。

著作権審議会第1小委員会『審議のまとめ』

 1999年12月に発表された『審議のまとめ』は、「近年、デジタル化・ネットワーク化の進展により、障害者の著作物等の利用形態も多様化が進んでいることから、著作権制度の見直しに当たっては、著作権等の保護のみならず、著作物等の公正な利用の観点にも配慮し、障害者による著作物利用がより円滑に進められるよう配慮すべきとの要望が高まっている」として、著作物を鑑賞し享受する権利が障害者と高齢者を含むすべての人にあることを初めて著作権審議会自らが明確にした点で画期的です。
 『審議のまとめ』はさらに、「障害者福祉と著作権保護のバランス」あるいは「政府全体として、障害者向けの情報提供の充実等の措置を含めた障害者の社会活動への参加を促進する取り組み」にも言及し、「障害者のより適切公正な著作物等の利用のための権利制限規定の見直し」を検討したと述べています。
 結論として、障害者放送協議会が文化庁との協議の中で要求し説明した、著作権法の整備なくしては解決できない障害者の情報アクセスにかかわる諸問題を「障害者の要求」として受け止め、それを早急に法改正が必要な問題と、今後引き続き関係者の協議に委ねるべき課題とに整理しています。
 早急な法改正が必要な問題として、「聴覚障害者のための放送番組等の字幕又は手話によるリアルタイム送信」(リアルタイム字幕等)と、「点字データのコンピュータへの蓄積及びコンピュータネットワークを通じた送信」とが挙げられていますので、関係者の合意が得られれば、通常国会が終了する2000年6月までに法改正が実現することも夢ではありません。

これからの取り組み

 放送研究委員会は、『審議のまとめ』が提案している2点に絞った速やかな著作権法改正に賛成する立場です。もちろん残された重要な課題がたくさんありますが、日本の著作権行政が初めて障害者の情報アクセスと著作権の調和ある発展を求めて動き出す転換点にさしかかっていることを重視して、まず関係者が合意して法改正の一歩を踏み出すことが重要と考えます。
 具体的な事例をもとに協議を続けることによって、正確な理解に基づいた合意が形成されます。たとえば、「手話通訳は翻案権あるいは同一性保持権を侵害しないので著作権を根拠に手話通訳を妨げられることは無い」という文化庁の権限ある解釈は、放送研究委員会との協議の中で得られました。
 従来から著作権法37条で認められてきた「点字による複製」について、文化庁はパソコン点訳する際の「点訳の過程におけるコンピュータヘの蓄積」とナイーブネットなどで行っている「ネットワークを通じた点字データの提供」を許しているわけではないと解釈しています。つまり違法状態という解釈です。
 これに対して放送研究委員会は、コンピューターもネットワークもない時代に認められた「点字による複製」は、その後「技術の進展に対応した延長的な利用形態」として拡張されてこなかったことが問題だと認識しています。技術の進展に対応して著作権者の権利を発展させる時に、障害者の情報アクセスとの調和が図られなかったことが問題なのです。たとえば「公衆送信権」を新しくつくった時に、点字利用者とすでに運用されていた点字情報ネットワークの関係者とに「公衆送信権に権利制限規定を設けないと現在行っているサービスが違法になりますが何か要求がありますか」という問いかけをしたうえで著作権者の権利拡張をするべきだったのです。特に「公衆送信権」は先に述べた国会決議以後に設定されたものであり、それだけ問題が深刻だと言えます。
 この問題について、私たちは文化庁との協議の中で、前向きに解決を図ることで合意しました。つまり文化庁の法律の解釈を受け入れる代わりに、違法状態を速やかに解消するために法律を改定することを要求しました。これを受けて文化庁は速やかな著作権法改正にむけて努力することになります。
 リアルタイム字幕も、法案化までに、実施主体をめぐる関係者の協議と指針づくりなどの重要な課題が残されています。放送研究委員会は、この要求に関しては、一歩進んで、どのようにそれを実現するかについて関係者の合意を形成して提案する段階に達したと言えます。

(かわむらひろし 障害者放送協議会放送研究委員会委員長、日本障害者リハビリテーション協会)