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ワールドナウ

メキシコ
障害をもつ子どもの権利と社会環境

勝間靖

障害をもつ子どもの権利

 メキシコは「子どもの権利条約」を1990年に批准した。その第2条は、「子どもの権利条約」が定めるすべての権利について、障害をもつ子どもにも保障するよう国家に義務づけている。さらに第23条は、自助を促進し、社会における活発な参加を容易にする環境づくりの必要を認めている。また、基礎的社会サービスへの効果的なアクセスを確保するような支援に重点を置いた、特別なケアヘの権利を定めている。
 障害をもつ子どもの権利保障にとって、もう一つ重要な国際文書は、「障害者の機会均等化に関する標準規則」である。これは、「国連・障害者の十年」のほぼ中間点にあたる1987年の「障害者に関する世界行動計画(82年)」見直し専門家会議における勧告に基づき、経済社会理事会の社会開発委員会によって作業が進められた結果、93年の国連総会で採択された。さらに、その翌年には、標準規則の実施を監視する目的で、社会開発委員会への特別報告者が設置されている。96年の報告書によると、まだまだ多くの国において、障害をもつ子ども、さらには障害分野一般において、機会均等化へのいっそうの努力が必要とされている。メキシコも例外ではない。

メキシコ市における障害者のアクセス

 「子どもの権利条約」の批准国であるメキシコでは、障害者の権利がどのように実現されつつあるのだろうか。99年6月、障害をもつ人々が、メキシコの社会環境によって大きなハンディキャップを負わされていると感じる出来事があった。南アフリカの人権委員会のメンバーが、人権オンブズマン制度の視察のために、メキシコを訪問したときのことである。同行したユニセフの南アフリカ事務所の職員が、車いすを使っていたからである。
 彼女と一緒にメキシコ市にある政府組織やNGO(民間公益組織)を訪問するなかで、それまで私が気づいていなかった社会環境における「アクセス」の問題を強く感じるようになった。階段や幅の狭いドアを通るたび、彼女だけでなく私も、いらだちを次第に隠せなくなった。一緒に仕事をしている同僚のなかで彼女だけが、無配慮な建物などの社会環境によってハンディキャップを背負わされてしまっている、という理不尽さへの憤りであった。障害者への配慮が行き届いているという評判のチェーン店である「サン・ボーン」のレストランでは、トイレの中には設備が整っているというのに、トイレの入口のドアが狭すぎて車いすで入れなかった。設計段階において障害者の参加がなかったことは明白である。
 唯一の救いは、ストリートチルドレンを引き取って基礎教育と職業訓練を行うNGOを訪問した際に、元ストリートチルドレンだったという入れ墨をした若者たちが、誇らしげに、かつ繊細さをもって、私の同僚をごく自然にサポートしてくれたことだった。彼らこそ、この街が時には冷たくて暮らしにくいことをよく知っているからこそ、ほかの社会的弱者に対して優しくなれるのかもしれないと思った。
 この出来事をきっかけとして、メキシコにおける障害の予防、教育などの基礎的社会サービスへのアクセス、リハビリテーション、社会参加はどうなっているのだろう、という疑問が私の頭をかけめぐった。

障害分野の政策と行動プログラム

 1994年5月、障害者組織は、まだ選挙運動中だった現大統領エルネスト・セディーリョ氏と会合を持ち、障害分野への取り組みについて公約を取りつけた。そして、95年1月、政府プログラムである「家族の統合的発展のためのシステム」の主導により、障害者組織、障害者支援組織、政府機関、他の連邦行政機関の幅広い参加による会議が開催された。ここで、全国調整委員会が設置され、「障害者の福利と開発への統合のための全国プログラム」が作成された。これは、「健康、福利、社会保障」「教育」「リハビリテーション、訓練、仕事」「文化的レクリエーションとスポーツ」「アクセス、通信、交通」「コミュニケーション」「立法と人権」「障害者に関する全国情報システム」の各分野における全国行動プログラムを策定している。
 ところで、国連の推定によれば、世界には5億人の障害者がいる。1995年の「社会開発のための世界サミット」に提出された報告書は、障害の原因について、栄養不良が20%、事故・外傷・戦争が16%、感染症が11%、非感染症が20%、先天性が20%としている。従って、予防可能な障害も多くあるという訳である。
 メキシコでは、1996年時点で、212万人の子どもが障害者登録されていた。貧困を起因とする栄養不良は大きな原因の一つである。同年、村落地域の5歳未満の低体重は17%であったが、先住民コミュニティでは28%にも達した。さらに、90年の「子どものための世界サミット」で指摘されたように、とくに途上国では、鉄分、ヨウ素、ビタミンAの欠乏が、子どもの健全な発育を阻害している。日本ではヨウ素の欠乏はほとんど問題とされないが、他のほとんどの国では大きな問題となっており、ユニセフは食塩へのヨウ素添加を促進している。このほか、ポリオについては91年より根絶されているが、交通事故、チアパス州などでの紛争、過酷な児童労働、性的虐待を原因とした障害はかなりあるとみられる。
 教育へのアクセスをみると、障害をもつ子どもが通常の学校制度から排除される場合が多い。学校側が障害者を受け入れない場合も含め、制度的及び非制度的な壁がまだまだある。「障害者の機会均等化に関する標準規則」は、その規則6において、均等な参加を実現するための重要な分野として教育を取り上げている。さらに、1994年には、ユネスコとスペイン政府によって開催された「特別なニーズ教育に関する世界会議」が採択した「サラマンカ声明と行動の枠組み」は、障害をもつ子どもは通常の学校へのアクセスをもたなければならないと強調したうえで、すべての政府に対して、政策と予算において学校制度の改善を優先するよう求めた。これらの国際的な動きに対応して、メキシコでは、全国行動プログラムに従い、教育基本法の改正を含め、この分野での改善が徐々に進められている。その点で、制度的な壁は低くなってきたといえるが、偏見などの非制度的な障壁による排除は依然として残っている。
 障害をもつ子どものリハビリテーションについては、「家族の統合的発展のためのシステム」が活動を行っている。全国で56のリハビリテーションセンターと、328の簡易施設を運営しており、1998年には、69,000人以上の障害をもつ子どもへサービスを供与した。しかし、これらの特別な施設が、社会参加と社会への統合に貢献しているかどうかに関しては、議論の分かれるところである。

NGOが支援する代替的なプログラム

 特別な施設によるサービスではなく、より障害者の参加を促進する、地域社会に根ざしたリハビリテーション(CBR:Community Based Rehabilitation)をめざすNGOにも注目が集まりつつある。『障害をもつ村の子どもたち』や『障害者のための、障害者による、革新的な技術の開発』などの著者であるデヴィッド・ワーナー氏を理事とする米国カリフォルニア州のヘルス・ライツ(http://www.healthwrights.org)が支援しているメキシコのPROJIMOもその一つである。マサトラン市から離れた村で、障害をもつ村人たちの運営により、家具やおもちゃ作り、車いすや義肢の製作、外国人へのスペイン語教育などが行われている。機会があれば、さらに詳しく報告したい。

(かつまやすし 国連児童基金メキシコ事務所・社会政策担当)