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『アイ・ラヴ・ユー』

小海秀純

 これはろう者の役をろう者自身が演じ、聴者とろう者が共に監督した日本初の一般商業映画である。
 国際障害者年の頃に出版された『ちいさき神の、作りし子ら』という戯曲の中に「…プロフェッショナルな上演においては、サラ、オリン、リディアの各役は、必ずろうあもしくは聴覚障害のある俳優によって演じられること」という指定がある。当時の日本では、ろう者役を演じるろうの俳優はいなかった。後にこの戯曲は映画化され(邦題『愛は静けさの中に』)、ろうの女優マーリー・マトリンが第56回アカデミー賞主演女優賞に輝いた(1986)。
 日本でも、ろう者を描いた映画がいくつかつくられた。『遥かなる甲子園』『風の歌が聴きたい』など。いずれも聴者がろう者を演じていたので、ろう者自身が演ずる邦画が待たれていた。
 しかし、日本映画の現状は厳しい。1998年に封切られた505本のうち半数が邦画であったが、配収の7割は洋画が占めた。洋画の配収は前年比132%増、邦画は81%の減少である(映連調べ)。
 その現実の中でこの作品はつくられた。『アイ・ラヴ・ユー』。この映画は、ろうの妻と健聴の夫の関係を中心に、ろうの母と健聴の子、隣人との関係、演劇公演をめざす仲間たちの関係を、お涙ちょうだいではなく笑いをふんだんに入れて描いている。ろう者自身が演じているため、演技は自然である。映画を見ていて、思わずうなずいてしまうほどであった。これは脚本の力もあろうが、俳優や監督を含めたスタッフ全体の力である。
 過去の同様な作品では、会場に手の花が咲いていた。ところが今回は、口の花が咲いていた。一般の観客が多かったのであろう。その意味では成功と思う。現に、東京と大阪では上映期間延長が決定しているのだから(1999年12月現在)。
 ろう者が出演することが多くなると、ろうの観客は映画の内容そのもので批評するようになるだろう。これからは俳優がろう者であること自体で客を呼ぶのではなく、作品の中身で呼ぶことが必要になるだろうなあと思ったものである。そのためには多数のプロのろう者スタッフが必要である。しかし、大澤監督は次のように言う。
「ただ、残念ながら日本にはいまだろう者のプロの俳優や映画をつくるプロの技術者はいない。というより、ろう者ゆえに学ぶ場がないというのが実状である」
 当事者のさらなる奮起とともに、関係者の支援によって学ぶ場ができることを強く望みたい。私自身が次の作品を見たいからである。

(こうみひでよし 東京都聴覚障害者生活支援センター指導員)