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インタビュー

ヨーク大学社会政策研究所(SPRU)
主任研究員
パトリシア・ソーントンさんに聞く

聞き手 松井亮輔

 ソーントンさんは、昨年10月4日から2週間、日本障害者リハビリテーション協会(以下、リハ協という)の障害保健福祉総合研究推進事業の一環として招かれ、東京、札幌および大阪で障害者雇用の国際的動向について講演等をされた。同氏は、障害者雇用に関する研究分野でヨーロッパにおける第一人者であり、彼女が中心となって1997年にとりまとめた「18か国における障害者雇用施策:レビュー」(日本語版は、リハ協の協力でDINF(注)で公開されている)は、国際的にも高く評価されている。ソーントンさんが札幌を訪問された際、研究テーマとして取り組んでこられた障害者雇用施策などについてうかがった。

まず、ソーントンさんが現在、仕事をされているSPRUの概要についてご説明ください。

 SPRUは、1973年にヨーク大学社会政策・社会福祉学部ならびに社会科学研究所の一部として設立された研究所で、主に政府機関(保健、社会保障、教育・雇用および環境省等)、ヨーロッパ連合(EU)、地方自治体、民間団体等から委託を受け、保健、地域ケアおよび社会保障を含む、社会政策の主要領域に関する調査・研究を約30人の研究員が分担して行っています。研究所の運営は、基本的には独立採算制ですから、各研究員はそれぞれの調査・研究委託先からよい評価が得られるよう最大限の努力を払っています。

障害者雇用施策の研究に関心をもたれるようになったのは、どうしてですか。

 1992年にSPRUが英国雇用省(現・教育雇用省)から当時のEU加盟12か国および英国と関係の深い、米国、カナダ、オーストラリアの3か国を加えた15か国における障害者雇用施策とサービスに関する調査を委託されましたが、その調査を担当することになったのが直接のきっかけです。この調査報告書『障害者雇用施策:15か国における法制とサービスのレビュー』が英国雇用省の研究シリーズNo.16として1993年に出版されました。その報告書がきわめて好評だったことから、1996年に国際労働事務局(ILO)およびEUからその改訂版をとりまとめるよう依頼があり、その成果が1997年にSPRUから出版された『18か国における障害者雇用施策:レビュー』です。この調査では、1993年の報告書以降EUに加盟した英国、スウェーデンおよびフィンランドを加えた18か国における障害者雇用・就労施策と実態について多角度からの詳細なレビューを試みました。

今回の調査でとくに苦労されたのは、どのようなことですか。

 障害者についての定義が各国で異なっているのをはじめ、各国において全国的なレベルで障害者の実態調査が定期的に行われていないため、その実態把握が、雇用施策の効果も含め、必ずしも明らかではないことです。また、ご存知のように、各国政府の障害者施策の所管が医療・保健、教育、労働および福祉等の部局に分かれており、しかもそれぞれの分野でも公共セクターと民間セクターの役割分担が明確ではないなど、その全体像を把握することは決して容易ではないということです。障害者雇用だけに限定しても、より重度の障害者の特別ニーズに対応する部門と、一般サービスを提供する部門間の役割分担は必ずしも明確ではありません。そうした制約の中で、いかにして18か国の障害者雇用施策の実態をできるだけ客観的かつ分かりやすく提示するかに苦慮しました。結果的には「レビューの対象となったいずれの国も単一の首尾一貫した障害者雇用施策はなく、施策の目的は概して不明確となっている」という結論になりました。

障害者雇用施策の国際的動向をどのように見ておられますか。

 1997年の報告書で取り上げた18か国は、1.包括的な障害者差別禁止法を導入している米国、カナダ、オーストラリアおよび英国、2.日本と同様、障害者の雇用率制度と納付金制度を設けているドイツ、フランスおよびオーストリア、3.一般の雇用対策の一環として障害者雇用施策をすすめているデンマークおよびスウェーデン、ならびに4.その他の諸国、の四つに大別されます。しかし、最近の動きとしては雇用率制度をもつドイツや、障害者を対象とした特別の雇用制度をもたないスウェーデンなどにおいても、障害者差別禁止法制定への関心が高まってきており、その結果、これらのグループ間の差異は、次第に縮小していくことが予想されます。

障害者差別禁止法制により障害者雇用面でどのような実効があがっているのでしょうか。

 たとえば、英国では1995年に「障害者差別禁止法(DDA)」が制定され、それに伴って従来の「障害者(雇用)法」にあった雇用率制度が廃止されましたが、いままでのところ、DDAの障害者雇用へのインパクトは明らかではありません。しかし、同法制定以降、社会一般の障害者に対する態度が肯定的になってきたことは事実です。

今後、障害者雇用をさらにすすめるうえでの課題は何でしょうか。

 現在英国政府は、社会保障経費軽減策の一環として、「福祉」から「就業」への移行を奨励する対策をすすめていますが、それを実効有らしめるには、社会保障給付制度を現行の「全額」か「ゼロ」かという方式から、収入の増加に応じて段階的に給付を減額するといった方式に転換する必要があります。そのためにも社会保障給付制度と雇用対策をリンクさせることが必要という認識がILOや欧米諸国で広まってきています。その現れが、ILOのイニシアチブで1997年以来取り組まれてきた「障害労働者の雇用維持と職場復帰戦略に関する国際研究プロジェクト」です。
 また、障害者の雇用を改善するためのアプローチとして注目すべきなのは、スウェーデンやノルウェーが取り組んでいるような、職場を障害者や高齢者にとって働きやすいものにする職場改善です。これは障害者や高齢者ばかりではなく、すべての労働者にとってメリットがあると思われます。
 現在、各国でもっとも取り組みが遅れている、精神障害など症状が変化する慢性疾患をもつ人々については、必要に応じて治療を受けながら就労し得るような柔軟な対応と、こうした人々が治療で休職中も継続的な支援を提供し得るような仕組みをつくることが必要でしょう。

来日中、日本関係者との意見交換等を通じて日本の障害者雇用への取り組みをどのようにご覧になりましたか。

 1998年にILOからの依頼で、雇用率制度と納付金制度をもつ各国の状況を取りまとめた際、日本の制度についても資料を通してある程度知識を得ましたが、今回関係者の方々から直接話をうかがい、さまざまな取り組みがなされていることを知りました。その中には他の国にとっても参考になることが少なくないので、次回の国際比較研究にはぜひ日本の関係者のご協力を得て、日本も含めた研究をしたいと思います。
 今回は直接話をお聞きする機会はありませんでしたが、雇用サービスを利用している当事者の方々が日本の制度をどのように評価されているのか、関心があります。それは、これからは、各種サービスとそれらのサービスが対象とする人々への効果を、私自身の研究課題としたいと考えているからです。その効果を評価するには、当事者自身がサービスをどのように見ているかが重要なポイントとなります。その意味では、今後の障害者施策の推進には、当事者と専門家の協力がますます重要になってくると考えます。

ソーントンさんの略歴

 1949年生まれ。リバプール大学の行政学修士課程修了後、リード大学社会政策学部研究員等を経て、1987年からヨーク大学社会政策研究所に研究員として勤務。主として、高齢者の地域ケアおよび障害者の雇用施策等の研究に従事。全英エッジ・コンサーン(Age Concern)評議会委員としても活躍されている。家族は、ヨーク大学教授(言語学者)である夫と娘、息子の4人。趣味は、自然散策、サイクリングなど。