成年後見制度の概要
法務省民事局付検事 原司
1.法定後見制度の概要
成年後見制度は、判断能力の不十分な者を保護するための制度であり、これまでは、禁治産・準禁治産の制度(法定後見制度)が設けられていた。
今回の改正においては、高齢社会への対応及び知的障害者・精神障害者等の福祉の充実の観点から、自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーション等の新しい理念と従来の本人の保護の理念との調和を旨として、柔軟かつ弾力的な利用しやすい成年後見制度を構築するための検討が行われた。
1 禁治産・準禁治産の制度の改正
各人の多様な判断能力及び保護の必要性の程度に応じた柔軟かつ弾力的な措置を可能とするため、民法中の禁治産・準禁治産の制度を補助・保佐・後見の制度に改めている。
1.補助(新設)
精神上の障害(痴呆・知的障害・精神障害・自閉症等)により事理を弁識する能力(判断能力)が不十分な者のうち、後述の2または3の要件の程度に至らない軽度の状態にある者を対象とする。
当事者の申立てにより、家庭裁判所が「補助開始の審判」をするとともに「被補助人」のために「補助人」を選任し、当事者が申立てにより選択した「特定の法律行為」について、審判により補助人に代理権または同意権(取消権)の一方または双方を付与する。これらの審判をするためには、自己決定の尊重の観点から、本人の申立てまたは同意がなければならない。
なお、代理権・同意権の必要性がなくなれば、その付与の審判の取消しを求めることができ、すべての代理権・同意権の付与の審判が取り消されれば、補助開始の審判も取り消されるなど、柔軟な制度とされている。
2.保佐(準禁治産の改正)
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者のうち、後述の3の要件の程度に至らない状態にある者を対象とする。
当事者の申立てにより、家庭裁判所が「保佐開始の審判」をするとともに「被保佐人」のために「保佐人」を選任し、新たに、保佐人に同意権の対象行為について取消権を付与したうえで、当事者が申立てにより選択した「特定の法律行為」について審判により保佐人に代理権を付与することも可能にしている。この代理権の付与の審判をするためには、自己決定の尊重の観点から、本人の申立てまたは同意がなければならない。
3.後見(禁治産の改正)
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況に在る者を対象とする。
当事者の申立てにより、家庭裁判所が「後見開始の審判」をするとともに「成年被後見人」のために「成年後見人」を選任し、成年後見人は広範な代理権・取消権を付与されるが、新たに、自己決定の尊重の観点から、日用品の購入その他日常生活に関する行為を本人の判断にゆだねて取消権の対象から除外した。
2 後見体制・監督体制の充実
1.配偶者法定後見人制度の廃止
禁治産者等の配偶者が法律上当然に後見人等となる旧規定を削除して、家庭裁判所が個々の事案に応じて適任者を成年後見人・保佐人・補助人(以下「成年後見人等」という)に選任することができるものとされた。
2.複数成年後見人制度の導入及び法人成年後見人制度の明文化
複数の成年後見人等を選任することができるようにするため、後見人の人数を1人に制限していた旧規定の対象を未成年後見人に限定し、成年後見人等が数人ある場合の権限の調整規定が設けられたほか、法人を成年後見人等に選任することができることが明確化された。
3.成年後見人等の選任の考慮事情の明文化
本人との利益相反のおそれのない信頼性の高い個人または法人が成年後見人等に選任されることを手続的に担保するため、成年後見人等の選任に当たって家庭裁判所が考慮すべき事情として、成年後見人等となる者の本人との利害関係の有無(成年後見人等となる者が法人である時は、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と本人との利害関係の有無)、本人の意見等の事情が法文上明示された。
4.身上配慮義務及び本人の意思の尊重等
自己決定の尊重及び身上監護の重要性を考慮して、成年後見人等は、その事務を行うに当たっては、本人の意思を尊重し、かつ、本人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨の一般的な規定を創設し、また、身上監護に関する個別的規定として、成年後見人等による本人の居住用不動産の処分について、家庭裁判所の許可を要するものとされた。
5.監督体制の充実
成年後見監督人に加えて、保佐監督人・補助監督人の制度を新設し、成年後見人等を選任する場合と同様の考慮事情(前記3)を規定し、法人を成年後見監督人・保佐監督人・補助監督人(以下「成年後見監督人等」という)に選任することができることを法文上明らかにするなど、所要の規定の整備を行っている。
2.任意後見制度の概要
任意後見契約に関する法律により、任意後見制度(公的機関の監督を伴う任意代理制度)を創設した。
1 任意後見契約の締結・方式
本人は、自ら選んだ任意後見人に対し、精神上の障害により判断能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産管理に関する事務の全部または一部について代理権を付与する委任契約を締結し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から契約の効力が発生する旨の特約を付すことにより、任意後見契約を締結することができる(任意後見監督人の選任前の受任者を「任意後見受任者」という)。
任意後見契約は、公証人の関与により適法かつ有効な契約の締結を担保する等の観点から、公証人の作成する公正証書によることを要する。
2 家庭裁判所による任意後見監督人の選任
任意後見契約が登記されている場合において、精神上の障害により本人の判断能力が不十分な状況にある時は、任意後見受任者に不適任な事由がある場合等を除き、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者の申立てにより、任意後見監督人を選任する。自己決定の尊重の観点から、任意後見監督人の選任は、本人がその意思を表示することができない場合を除き、本人の申立てまたは同意を要件とする。
3 任意後見監督人の職務等及び任意後見人の解任
1.任意後見監督人は、任意後見人の事務を監督し、その事務に関し家庭裁判所に定期的に報告をすること等を職務とし、家庭裁判所は、必要があると認める時は、任意後見監督人に対し、必要な処分を命ずることができる。
2.任意後見人に不正な行為、著しい不行跡その他その任務に適しない事由がある時は、家庭裁判所は、任意後見監督人、本人、その親族または検察官の請求により、任意後見人を解任することができる。
4 法定後見との関係の調整
任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、本人の利益のため特に必要があると認める時に限り、法定後見開始の審判をすることができる。
その開始の審判の申立ては、法定後見開始の審判の申立権者のほか、任意後見受任者、任意後見人または任意後見監督人もすることができ、任意後見監督人の選任後に法定後見の開始の審判がされた時は、任意後見契約は終了する。
〈補助・保佐・後見の制度の概要〉
補助開始の審判 | 補佐開始の審判 | 後見開始の審判 | ||
---|---|---|---|---|
要件 | 〈対象者〉〈判断能力〉 | 精神上の障害(痴呆・知的障害・精神障害等)により事理を弁識する能力が不十分な者 | 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者 | 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況に在る者 |
開始の手続 | 申立権者 | 本人、配偶者、四親等内の親族、検察官等 任意後見受任者、任意後見人、任意後見監督人 市町村長 |
||
本人の同意 | 必要 | 不要 | 不要 | |
機関の名称 | 本人 | 被補助人 | 被保佐人 | 成年被後見人 |
保護者 | 補助人 | 保佐人 | 成年後見人 | |
監督人 | 補助監督人 | 保佐監督人 | 成年後見監督人 | |
同意権 ・取消権 | 付与の対象 | 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」 | 民法12条1項各号所定の行為 | 日常生活に関する行為以外の行為 |
付与の手続 | 補助開始の審判 +同意権付与の審判 +本人の同意 |
保佐開始の審判 | 後見開始の審判 | |
取消権者 | 本人・補助人 | 本人・保佐人 | 本人・成年後見人 | |
代理権 | 付与の対象 | 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」 | 同左 | 財産に関するすべての法律行為 |
付与の手続 | 補助開始の審判 +代理権付与の審判 +本人の同意 |
保佐開始の審判 +代理権付与の審判 +本人の同意 |
後見開始の審判 | |
本人の同意 | 必要 | 必要 | 不要 | |
責務 | 身上配慮義務 | 本人の心身の状態及び生活の状況に配慮する義務 | 同左 |
同左 |
3.民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(整備法)による整備等の概要
民法の一部を改正する法律の施行に伴い、「禁治産」「準禁治産」等の用語の整理のほか、身寄りのない痴呆性高齢者・知的障害者・精神障害者等に対する適切な法定後見の開始を制度的に担保する観点から、老人福祉法・知的障害者福祉法・精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の中に、補助・保佐・後見の開始の申立権を市町村長に付与する旨の規定を設け、現行法律中の禁治産者・準禁治産者に関する欠格条項の見直しなどを行った。
4.成年後見登記制度の概要
後見登記等に関する法律により、戸籍記載に代わる新しい登記制度を創設し、原則として裁判所書記官または公証人の嘱託により、登記所に備える登記ファイルに法定後見及び任意後見契約についての所要の登記事項を記録するとともに、代理権等の公示の要請とプライバシー保護の要請との調和の観点から、本人、成年後見人等、成年後見監督人等、任意後見受任者、任意後見人、任意後見監督人その他一定の者に請求権者を限定したうえで登記事項証明書を交付する。
(はらつかさ)