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日本社会福祉士会における
後見人養成研修のねらいと現状
1 後見研修のねらい

池田恵利子

 成年後見制度は何のために必要なのでしょうか。財産を管理し、少しでも財産を多く子孫に残すためなのでしょうか。
 いえ、判断能力や意思能力が低下しても、介護や福祉のサービスの契約を法律行為として結び、本人にとって最良の生活を送れるよう、その生活が成り立つように財産を使うことができるようにするものです。
 後見人には以上のことを考えたとき、まず、家族がどこの国でも一番多くその役割を担っています。しかし、その次はダントツにソーシャルワーカーです。
 その理由は、本人が権利主体として当たり前に存在する国々では本人の自己決定に基づく自己実現の権利が人権の基本であり、自治体の福祉部のソーシャルワークであっても、他者による決定への否定があります。しかし、とは言っても本人が決められない以上、生活の代行決定の部分はその生活を一番よく理解し、代弁する者が必要とされるわけです。

2 後見人の研修内容

 では、これら後見人に求められることは何でしょう。会では以下に集約できると思っています。
1.本人の意思の尊重であること。たとえ本人が決定できなくても、本人の生活観、価値観を含めて、本人の立場と感情と希望を理解し、その利益と権利を護る立場に立っての代弁であること。
2.またそれとともに、生命等への影響等を考慮して、これも必要があれば本人の保護のために事務を行わなくてはならないかもしれないので、その的確な判断ができること。
3.その際、ソーシャルワーカーとしての視点は生かすことがあっても、法的な権限を正確に理解し、決して権利侵害をしない自己規制ができること。
 会の研修は、以上のための知識と技術の習得と、本人の最善の利益を優先するソーシャルワーカー、国家資格としての社会福祉士の秘密保持等の倫理綱領の徹底が基本となります。
 どんなに知識が豊富でも、どんなに社会的な信用のある立派な人であっても、本人である被後見人の本来もっている願いや希望を無視して決めたり、必要に応じて動けなかったり、またあるいは必要以上のことをしすぎたりでは、本人への権利侵害になります。このことが一番分かっていそうでいないのが、日本の福祉関係者の現状である可能性は高いのです。
 バターナリスティック(干渉的)なかかわりではなく、専門性をもちながら権利主体である本人支援に徹していく新しい福祉専門職のあり方を、まず後見人の研修から学びたいと私たちは思っています。

3 後見研修の現状と課題

 現在、1年半かかって第1期生約300人が養成研修修了となりました。第2期生350人も今秋には1年の研修期間を終了します。そして3期生がこの春研修に入ります。しかし、全員合わせてもまだ1000人です。必要な人数には足りないかもしれませんが、あわてて増やすことはできません。その理由は前項で書いたとおり、福祉関係者だからこそ大きな根本的な反省をしてからでなくては、踏み込めないと考えているからです。
 成年後見人は、「だれが人生の主役か」と考えたとき、「間違いなく本人である被後見人自身である」と言えるような支援が求められています。そのことを十分理解できることがまず何よりの研修の目的です。
 課題としては、こうして養成した社会福祉士の後見人の今後の活動態勢づくりでしょう。しかし、会では、社会福祉士のためにこの研修を考えたわけではありません。使命観をもって「だれでも、不利なく、平等に」今後の福祉改革の波の中で、判断能力や意思能力の低下した方々への権利保障として、有効に成年後見制度が利用されるよう願ってのことです。そのためには、まだまだ先行順位としてやらなくてはならないことがあると考えています。公的役割として、国家後見の考え方をしっかりもってもらえるような働きかけも、その一つと考えています。

(いけだえりこ 日本社会福祉士会副会長)