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ハイテクばんざい!

知的障害者に夢と希望をもたらす
「キャッシュ・デスク・プログラム」の可能性について

佐藤忠弘

知的障害者とハイテク機器

 便利なハイテク機器に囲まれた私たちの生活。携帯電話や電子レンジ、パソコン等があれば、人里離れた小屋でも1人で生活することは苦にならないでしょう。しかし、それらの機器が事故等で使えなくなってしまったら? 心細く社会から見捨てられた気持ちになるでしょう。障害のある人たちはまさにそうした状態に置かれています。今日のハイテク社会から置き去りにされてきた一群の人たち、それが知的障害者です。
 知的障害者は、さまざまな機器により機能代償できることがわかってきました。これらのことはスウェーデンで1992~1994年までの3か年計画で実行された「MENTEK-PROJECT」で明らかにされ、実証もされました。その内容は、主に軽度・中度の方を対象として自立した生活・就労等を支援するためのニューテクノロジーシステムです。その中の一つに「キャッシュ・デスク・プログラム」という知的障害者にとって大変扱いやすいレジスターのシステムがあります。

スウェーデンでの体験

 私たちは、96年3月初旬にスウェーデンを視察した時に、ストックホルム市内のとあるデイセンターを訪問しました。そして、偶然にもこのシステムを利用しているレストランで食事をしました。この店はまずレジでお金を支払うシステムになっていました。
 若い女性のレジ係の人がパソコンの前に悠然と座っている。日本のようにせかせかしないでゆったりと時が流れるが如く、自分の注文したものをディスプレー上の絵を指先でドラッグして枠の外へ移動させると、金額がカスタマーディスプレーに表示される。手持ちのお札を出すと、それと同じ画面の絵をドラッグして商品と同様に枠の外へ移動させる。そして、レジの絵をタッチするとおつりのお金が画面上に現れる。この画面を見ながら、ドロワーから必要なつり銭を出し、つり銭と一緒に自分の頼んだ料理が分かるカラーカードを渡してくれる。そして、このカードを席に着いてからウエイター(この人もレジの女性と同様の障害をもつ若者)の人に渡すと、しばらくしてその料理を上にかざしながら先ほどのウエイターが大声を張り上げながらキョロキョロして、その料理の行き先を探している。言葉は分からないが何となく自分のものと察して手をあげると、テーブルの上にボリューム満点のおいしそうなランチがドンと置かれた。
 このような手順で、万事スローテンポではあるが、すべてを理解した人たちがそれぞれ思いおもいの食事とお茶の時間を楽しんでいる様子が、不自然なものは何もない、当たり前の光景として記憶に残ったのは、この国の環境と空気によるものかもしれません。
 この体験に先立ち、国立ハンディキャップ研究所(SHI)のグニラ・ハマーショルドさんから、実はスウェーデンも知的障害分野への取り組みが遅れ、他の分野と比べて知的障害者が取り残されていることに気付き、その対策として国家プロジェクトのMENTEK-PROJECTを推進し、大きな成果につながりました。さらに今後の課題は、コンピュータを中心としたニューテクノロジーシステムと知的障害者への支援技術が重要なテーマ、と聞いていましたので、まさに「目から鱗がおちた」思いでした。

コンピュータを中心とした支援技術

 このような体験から始まった思いが私の福祉機器開発の考え方を根底から変えてしまいました。一般的に言われるところの「メカ屋」である私たちの領域が、コンピュータを中心とした支援技術に生まれ変わったのです。そして「日本版メンテック-プロジェクト」のフロンティアとして、さまざまな形で技術支援プログラムの開発と実用化に向けた取り組みをするため、財団法人テクノエイド協会から97年から3か年計画で研究開発助成をいただき、この3月で終了しました。特に「キャッシュ・デスク・プログラム」は、横浜市総合リハビリテーションセンターとの共同研究開発テーマとして多大なご支援を得られたことが、この成果につながっています。
 次に「キャッシュ・デスク・プログラム」のスウェーデンにおけるバックグラウンドと理論について説明します。
 知的障害者は、抽象的な思考に大きな困難があります。最も抽象的なことの一つがお金です。これは彼らがキャッシャーとして働く資格のないことを意味します。スウェーデンではキャッシャーとして働く場合は、アシスタントのヘルプを要します。アシスタントは障害者が判断できないことをヘルプします。これらの人々の障害レベル(注)は、Cの上です。このシステムはレベルB-1を目標としています。A-3レベルで使っている人もいます。
 このシステムの最大の目的は、障害者をできるだけ自立させることです。自分で操作ができるようになればたいへん大きな自信と自尊心を得ることができます。障害者が商品やお金を数える必要はありません。画面上のもの(商品やお金)を画面外の実際のものと合わせるだけでよいのです。この比較ができれば使えるのです。

技術と構成について

 レジスターは普通のコンピュータにキャッシュドロワー、レシートプリンター、カスタマーディスプレーを標準として構成されています。さらに必要に応じて、タッチスクリーン(障害者がBの初期またはそれ以上のレベルなら最もよい補助具となります。商品数もあまり多くなってはいけません)、フレキシボードはタッチスクリーンの代わり、または補完するものとして使用します。レベルCの障害者に使用できます。これはA3のオーバーレイシートを利用するので、商品とお金は大きくレイアウトすることが可能です。バーコードスキャナを利用すれば、スーパーのレジと同様に、商品がどんなものであっても多くの種類に適応できます。画面はお金と商品が同じ量と種類であることを確認する手段として利用します。
 このシステムがどのような成果をもたらしているのか、そして将来の可能性については、「体験」で吉澤さんが触れていますので、ここでは省略します。

広がる可能性

 「キャッシュ・デスク・プログラム」の今後については、障害者雇用の動機を与え、それがよい結果をもたらし障害者雇用に大きな役割を果たす可能性があるシステムの一つに違いないでしょう。より広い分野で利用していただくために、商品の写真だけでなく、たとえば計量器と連動して100グラム210円で500グラムの肉を売れば1,050円。また、1メートルで500円の布地を6メートル売れば3,000円というようにコンピュータ機能を備えた小型の電子レジスターや、お弁当などを外に売り歩ける携帯型モバイルに発展させていく必要もでてくるでしょう。このようにシステムを発展させ、利便性を上げることが不可欠と思います。これらが定着する時には、もはや障害者のお店という特別な扱いはなくなり、スウェーデンで感じた自然で当たり前の光景が、日本でも当たり前の風景になっていくことを願ってやみません。

(さとうただひろ 五大エンボディ株式会社)


(注)
 スウェーデンでは特殊教育の区分にストックホルムにあるフィカロジー大学の工学博士グンナ・キレンが1983年に作ったシステムを用いています。A=重度、B=中度、C=軽度、D=健常。このうち重度はA-1、A-2、A-3という三つのグループ分けができます。