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リハビリテーションから
「言語療法」が欠落した介護保険法

三輪順康

 前書きは省略して、基本的な問題点をあげておく。
 一つは、失語症を負う脳卒中者(脳血管障害者)と要介護者との関連である。脳卒中発症者のケアでは、急性期-回復期-維持期と続くリハビリテーションが暮らしの大半を占めることになるが、要介護状態になる人が非常に多い。厚生省の報告(注1)でも、「全国で脳卒中の患者数は173万人と推計され(中略)、約3分の1が要介助となる。寝たきり老人の約4割が脳卒中患者であり、(中略)、訪問看護利用者の約4割を占めるのも脳卒中患者である」と言われている。
 また、脳卒中患者の20%から25%(注2)は脳の中の言語中枢をつかさどる部分が侵され、日常生活を送るうえで重要な言語の理解と表現の障害を負っていると言われる。これから類推すると要介助者の8%、寝たきり老人の10%が失語症(言語障害)を負った者となる。
 次に特筆すべきは、失語症などの言語障害の症状は極めて理解しがたいことである。「品物の名前を言って指差してください」と言えば、間違いなく指差す。だが「言葉にして言ってください」と頼むと言えない(換語困難)。カメラのことをタメラと言って平気な顔をしている(錯語)。以前話したことを、全く聞いていないと頑張る(感覚性失語かと考えられるが痴呆でも健忘でもない)。「太陽は西から出て、東に沈みます」という文章の間違ったところが全く分からない。漢字は読めるが、ひらがなやカタカナが読めない。数字を言われても、3ケタまでは頭に残るが、電話番号のように4ケタになると分からない。失語症は、このように人間関係の根幹をなす言葉(コミュニケーション活動)が阻害される障害である。
 また、音声をつかさどる器官の神経マヒによる「構音障害」がある。会話がしどろもどろであるので、失語症と間違えられやすいが、この人たちの判断力は通常の人と変わらないので、障害の内実は失語症と異なる。
 分かりにくさの背景には「換語」とか「錯語」の概念が日常生活にはないことがある。失語症者が言葉遣いを間違えても、一般の人は「学習上の誤り」として片付け、障害のためだとは思わないかもしれない。「換語」などの言葉は家庭にある国語辞典にはない。
 このような失語症の予備知識がない人が、失語症の要介護者を相手に認定作業やケアプランの作成を行っても如何なものかと、私たちにはいつも不安がつきまとう。介護保険制度のスタートにあたって拭いきれない疑問であり、適用にあたって失語症(言語障害)を負う要介護者への対応が適正に運用されていくのか疑問がわく。
 それ以前の問題として、介護保険法自体に基本的な欠落がある。法ではリハビリテーションの重要性が指摘されて、居宅サービスでもリハビリテーションが顔を出す。だが残念ながら、言語障害者のリハビリテーション(言語療法)は、除外されている。
 「訪問リハビリテーション」や「通所リハビリテーション」は「要介護者(中略)について、その心身の機能の維持回復を図り、日常生活の自立を助けるために行われる理学療法、作業療法その他必要なリハビリテーション」(注3)と規定しているが、「言語療法」は欠落している。
 さまざまな経緯がこの結果をもたらしたものと思うが、このように「言語療法」が欠落していたのでは、失語症の要介護者のことは置き去りにされていると思われても致し方ない。リハビリテーションの範疇に「言語療法」が含まれることを明記すべきである。前掲の厚生省の報告でも、脳卒中のリハビリテーションは「看護、理学療法、作業療法、言語療法を含めた総合的なチーム医療が必要」と述べられているが、リハビリテーションに係る施策には「言語療法」を忘れずにお願いしたい。
 最近の動きに敷衍しておくと、いつまでも行政に頼ってはおれないとの意気込みで、活発に展開されている当事者活動がある。全国で130を超えるNPOの団体が、法人化されているいないにかかわらず、当事者とその家族で運営され、言語障害者のためのリハビリテーションが行われている。これらは言葉のリハビリテーションを退院後も継続し、心身の機能の維持回復を図り、日常生活の自立を助けるための立派な活動である。また、外出不可能な(要介護状態の)言語障害者の家庭に言語聴覚士を派遣して、言語訓練を実施する「ST派遣事業」もNPOレベルで行われている。これらの理念はまさしく介護保険法の「通所リハビリテーション」であり、「訪問リハビリテーション」である。
 本来「言葉のリハビリテーション」は、当事者が運営する家庭的な雰囲気の中で行われるのが効果的である。これら当事者活動は、高齢者を支える介護保険法の理念に合致する。NPOも法の枠組みを懸け橋として社会に貢献し得る方策を模索中であるが、同時にこの法の運用にあたっては、失語症などの障害にも理解が求められる。

(みわよりやす 全国失語症友の会連合会理事)


注1 厚生省保健医療局生活習慣病対策室「脳卒中に関する検討会中間報告」平成11年9月
注2 平成8年2月27日参議院厚生委員会会議録第2号
注3 介護保険法第7条9項・12項